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無謀果敢

この作品の書き方、忘れてきました。

 俺がトイレから出たところで、兵士が駆け寄ってきて緊急軍議の開催を告げてきた。

 連れていかれた先は、皇后レミアの軍幕。起き抜けらしいレミアは、ベットの上に座ったまま、お盆の上に乗せたトーストのようなものを食べながら、紅茶らしきものをすすっていた。

 集まっていたのは、皇后レミアのほかに、親衛隊長のバーバラ、参謀長のロウ、ユマ、俺の五人だけだった。パペットはいない。聞くところによると、第二軍の指揮に忙しく、こちらに来る余裕は無いとのことだった。

 彼らは、ぐるりとベッドの周りを囲むように立っていたので、俺も同じように立つ。野営用の軍幕だというのに、床には絨毯が敷かれ、奥にもいくつかの部屋が続いているようだった。


「あなたも食べますか?」


 俺がじろじろ見ていることに気が付いたレミアが、お盆の上のものを手に取って、こちらに差し出してくる。俺が首を横に振ると「でしょうね」とつぶやいて、差し出した手をひっこめた。


「でも、あなたはもう少し食べたほうがいいですわ。最近、やつれていますわよ」

「……何があったんだ?」


 彼女の話を遮るように、俺は聞く。


「敵将クツギュヌスが思ったより早く戻ってきたようです……正直、どのような手を使ったのか、理解できませんが、あと三日の距離まで近づいているようです」


 ロウが言う。

 ……なるほど。

 

「やっぱり、旧街道とやらを使ったんじゃないのか? 新街道でこの速さは無理だろう」


 俺が言うと、バーバラもうなずく。


「……そう考えるのが妥当じゃろうな。じゃが、旧街道には天達がいるはずじゃろう? まさか、数十年に渡って旧街道を占領し続けた天達が、今更になって居なくなったとは、にわかには信じられんが……」

「あり得ません!」


 突然、ロウが声を上げる。


「天達のような人知を超越した存在は……決して、変化することなどないのです。物が高いところから落ちるように、生けるものが必ず死ぬように……天達は、現象のようなものなのです! 理由もなく変化することはあり得ません!」

「ロウ。大切なのはそこではありませんわ。迫ってくるクツギュヌスに対して、どのような対策をとれるのか、わたくしたちが話し合うべきは、そのことですわ」


 皇后レミアが言い、全員を見回す。


「クツギュヌスが来るまでに、この城を落とすことは、可能ですか?」

「無理だな。実質的に俺たちの攻め手は新型の弓を持った数十人だけだし、人海戦術で城壁を破るには、兵の数も兵器の質も足りていない。そもそも攻城兵器を持ち合わせていない時点で、この城攻めが決して容易でないことはわかっていたはずだ。俺たちの強みは、城壁の内側にいる二千人の第三軍兵士の存在だが……流石に、もう少し外側からの攻撃がうまくいっていないとな。内側で兵士たちを暴れさせるだけでは、すぐに鎮圧されてしまうだろう」

「では、どうるのじゃ? お主の指揮する第二軍は、攻城戦じゃというに、土塁づくりに夢中なようじゃが」


 俺が言うと、バーバラがこちらを睨みつけてきた。

 俺は、両手を挙げて首を振る。

 ――ここ数日、第二軍は土塁づくりに邁進していた。……はっきり言ってしまえば、寄せ集めの部隊である第二軍に、それ以上の働きは期待できないのだ。多分、城壁を攻めさせれば、壁にたどり着く前に多くが射殺され、戦意を喪失する。逃亡兵も出ることだろう。そうすれば、軍隊としての体をなしていない第二軍はたちまち瓦解する。弱小レミア軍において、たとえ戦力にならなくとも、二千人の頭数がそろっていることには大きな意味がある。……少なくとも軍「隊」を名乗ることができる。

 だが、第二軍だって、決して無駄働きをしているわけではない。

 土塁づくりには、大きな意味がある。

 俺は、レミアを見つめた。

 彼女は頷いた。


「ハルキ。事ここに至った以上、話しても構いませんわ。作戦の本質を知る人間は少ないほうがいいですが、バーバラは信頼のおける人物ですもの」

「んじゃあ、遠慮なく。バーバラ親衛隊長、俺たち第二軍が土塁を作っていることは知っての通り。敵の目から見ても、俺たちの行動は奇異に見えるだろう。じゃあ、どうして土塁を作っているのか……というより、なぜ土塁を作る必要があるのか、考えたことがあるか?」

「土塁は敵の攻撃を防ぐためのものじゃろう。じゃが、敵は籠城戦を仕掛けておるのじゃ。我らが攻められる可能性は低いはずじゃ。土塁なんぞあっても、何の意味もない」

「……質問を変えよう。土塁を作るための土は、どこから持ってきていると思う」


 バーバラが首をかしげて、眉をしかめる。

 土などどこにでもあるだろう、とでも言いたげだ。

 ロウが口を開く。


「親衛隊長。逆なのですよ。土塁を作るために土を持ってきているのではないのです。土を処分する方法として……もっと言えば、土を処分しているのだと悟らせないために、土塁を作っているのです」


 バーバラは、少し考える様子を見せた後、はっとした表情でこちらを見てきた。

 どうやら、正解に行き着いたようだった。

 城攻めの方法は、いくつかある。

 例えば、物量に任せて、壁を突破してしまう方法。

 例えば、兵糧攻め。

 例えば、水攻め。

 例えば、内通者の利用。

 ――例えば、地下からの侵攻、とか。

 ――そう。


「俺たち第二軍は、敵城内に侵入するための、地下道を掘っているんだ」


 俺は、バーバラに向かって、答えを言った。



※※※※※※※※※※※



 話は要塞都市バレーで行われた、商業都市オリツ攻略軍議を終えた後まで遡る。

 すでに第二軍の惨状を目の当たりにしていた俺は、第二軍を前に、出陣前の演説を行おうとしていた。

 軍隊指揮官に必要なのは、カリスマ性と特別性だ。

 部下に「死んで来い」と命令して、それに従わせるだけの力。

 その力は――本来なら部下との信頼関係を築きながら、何年もかけて培っていくべきものだ。

 けれど、俺にもレミア軍にも、そんな時間はない。

 だから、俺には、第二軍の……部下たちの心を一瞬でつかんでしまうほどの、何かが必要だった。


「やあやあ、こんにちは、親愛なる第二軍の兵士たちよ」


 彼らの前に立った俺は、わざとらしく、胡散臭い喋り方で彼らに語り掛ける。

 三々五々、ぱらぱらと集まってきた兵士たちは、俺を値踏みするような顔で見てくる。


「君たちは、精強で死を恐れることのない最強の兵士たちだ。敵に逢っては敵を殺し、悪魔と逢っては悪魔を殺す。剣で殺し、弓で殺し、腕をもがれれば脚で蹴り、足を切り落とされたなら相手の喉笛に喰らいつく。……だから、これから行われる戦いでも、きっと君たちは大いに活躍できることだろう!」

「うぉー!」

「敵を殺せ!」

「ハルキ隊長、万歳!」


 何人か、昂ったように、こぶしを突き上げる兵士が現れる。

 その様も、嘘くさく、白々しい。

 今、声をあげているのは、アイザック達兄弟だ。

 ……つまり、俺は、またもや演説前にサクラを仕込んでおいたのだ。

 だが、前回とは少し違う。

 サクラ達には、わざと寒々しくなるように煽れ、と指示を出してある。


「どうした!? 声が小さいぞ! 応!」


 俺が大声で言って、拳を突き上げると、サクラ達が「応!」と答える。

 俺が再び、こぶしを突き上げる。


「応!」

「応!」

「応!」


 何度も繰り返しているうちに、少しずつ、声をあげる人の数が増えていき、やがてそれは、全軍に広がっていく。


「応!」

「応!」


 ついに全員の声がそろったとき、俺は両手を掲げて、彼らに鎮まるよう合図を出す。


「だが……ここで残念なお知らせだ。君たちは、次の戦いで、一人も死ぬことができない」


 顔を手で覆いながら言うと、彼らの中に困惑が広がる。

 ここで、一時的に彼らを心酔させたとしても、いざ戦場に出ればその熱は冷める。

 彼らを心の底から心酔させ、使える部下にするためには、彼らを心酔させるだけの「奇跡」が必要だった。

 ――例えば、一人の負傷者も死者も出さず、商業都市オリツを陥落させてしまうくらいの奇跡が。

 それがあれば、彼らの信頼を得ることができるだろう。

 そこで俺は、今回の作戦……すなわち、「穴を掘って相手の懐に忍び込んじゃおう大作戦」

 の概要を説明した。



※※※※※※※※※※※※



「待つのじゃ!」


 俺の説明を聞いていたバーバラが、話を遮ってくる。


「地下道を作って敵の懐に潜り込む、という作戦は理解した。じゃが、都市の内部に忍び込んだところで、そこで乱戦になれば死者だって出るじゃろう。そもそも、数日で多数の兵士が通れるほど大きな地下道が作れるわけがなかろう!? 第一、なぜ私たちレミア軍の幹部にまで秘密にしていたのじゃ!?」

「私は知っていましたが」

「私も知っていました」

「……申し訳ありません。私も知っていました」


 順番に、ロウ、レミア、ユマが答える。


「参謀であるロウとレミア皇后には話してある。あと、ユマはこの作戦において、最重要なポジションを占めている。だが、地下道の存在は、ぎりぎりまで敵にばれないようにしたかったんだ。そのためには、知る人数は少ないほうがよかった。それに――」

「そんなことよりも!」


 俺が、さらに作戦の詳細を説明しようとしたところで、ロウが口をはさんでくる。


「時間がないんです。ハルキ殿、この城を落とすまでに、あと何日かかりますか?」

「5日……できれば6日欲しい」

「わかりました」


 ロウは頷いて、レミアに向き直る。


「レミア様。クツギュヌスの迎撃は、私が行います。第一軍の兵士を500人ほど連れていく許可をください。……ハルキ殿、どうにか3日は時間を稼ぎますから、その間にオリツを陥落させておいてください」

「わかった。……だが、兵数が減るという事は、取れる戦略の幅が狭まるという事だ。だから、この作戦を確実に成功させるために、もう一押し、何か手段を講じておきたいな。……どうしようか」

「あ、じゃあさ」


 俺が顎に手を当てて考えていると、ユマが手を挙げた。


「あの人たちを頼る、っていうのはどうかな?」


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