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第5章 三苦転楽

投稿。

「こちら、今日の分の書類になります」


 パペットが机の上に置いた紙の量に、俺は頭を抱える。


 俺たちのいる小さな部屋は、四方をレンガ造りの壁に囲まれていた。窓には曇りガラスがはめ込まれ、淡い光が差し込んでいる。一方の壁には英雄譚をモチーフにした絵画がかけられていて、反対側の壁には小さな机といすが置かれている。急ごしらえの執務室だったが、最近の俺は、ここで一日のほとんどを過ごす羽目になっていた。


 皇后レミアから第二軍の指揮を押し付けられた俺は、部隊関係の指示書に加え、要塞都市バレーの行政手続きの一部まで任されている。その手続きが、今の俺にとって悩みの種だった。


 この街を支配していたバレー家が滅びてしまったので、手探り状態で事務を進めていく必要があるのだ。特に俺はこの世界の文字を知らなかったため、その勉強から始める必要があった。


 おかげで、最近は朝から晩まで机に縛り付けられる羽目になっていた。見かねたロウがパペットを俺の副官につけてくれたが、それも焼け石に水だった。


 ユマと一緒に商業都市オリツへ潜入したのはいい気分転換になったが、現実逃避をしたところで仕事が減るわけではない。むしろ、日に日に仕事量は増えているようだった。


「……これ、本当に俺の仕事?」


「すべてハルキ様の裁可が必要な書類となっております。今日は私がずっとついておりますので、逃げ出そうとは思わないようにしてください」


 パペットが毅然として言う。


 俺はちっ、と舌打ちをした。


「ハルキ様は私が目を離すとすぐに居なくなってしまうんですから。いったい、どこに行っているんですか?」


「……」


 俺はちらちらと書類の束を流し見て、そちらを大雑把に三分割した。そのうちの一つをパペットに渡す。


「こいつは俺が見なくてもいい書類。お前が代わりにやっておいてくれ。こっちの山は俺が片付ける。半日寄こせ。あと、こっちの山、これは……」


 俺は右後ろに立つアーティ・マーティにそれを渡す。


「私ですか?」


機械人形が、冷めた口調で言う。


「表記が曖昧で、精査が必要だ。数字を誤魔化したり、あえて必要な情報を省いているものもある。要点をまとめておいてくれ」


「わかりました」


 アーティ・マーティは無表情のまま受け取った。


 その時、執務室の木戸がトントンと叩かれる。アーティ・マーティが開けると、諜報員のユマが入ってきた。


 このユマという少女は、諜報員でありながら、普段はふらふらと場内を歩き回り、暇を見つけては誰彼ともなく話しかけている。一般兵からの人気も高いようで、聞くところによるとファンクラブもあるようだ。しかも、諜報任務に携わっているということも割と広く知られているらしい。それでいいのか、諜報員。


「ハルキ軍隊長、よろしいですか?」


 ユマが言う。


 俺は目くばせで、パペットに退室してもらった。


 アーティ・マーティは、当然のように部屋に残る。


 この機械人形は、俺と主従契約を結んで以来、それこそ片時も俺の側を離れたことはない。


「……ハルキ、ちょっといいかしら」


 パペットがいなくなると、ユマの口調が崩れる。


「ユマ、どうした?」


「これからまたオリツに行ってくるわ」


「そうか……気を付けろよ」


 ユマには、今回のオリツ攻略戦において最も重要な任務が任されている。それは、商業都市に潜入し、大量の武器を調達し、囚われているレミア第三軍にそれを渡す任務。それだけでなく、状況に応じては第三軍の逃走をほう助することも決まっている。


 彼女が失敗すれば、今回の作戦は瓦解する。


 どう考えても無謀な作戦だ。だが、軍議の場で彼女は事も無げに「可能です」と言ってのけた。それに、レミア軍のトップである皇后が彼女に作戦の成否を託すと決めたのだ。新参者の俺が異議を唱えることなどできない。


 俺は引き出しから小瓶を取り出すと、ユマに渡した。


「成功祈願の酒だ。持っていくと良い」


「……これ、もともと私が持っていたお酒だと思うんだけど」


 ユマが苦笑する。


 この酒に睡眠薬を混ぜられ、眠りこけてしまったのも今はいい思い出だ。


「……レミア様の事、くれぐれも頼むわよ」


 不意に、ユマが真剣な顔で言った。


「それなら、俺よりもロウやバーバラに頼んだ方がいいだろ。ユマは俺を信頼していないと聞いたが?」


 俺の言葉を聞いたユマは、少しだけ動揺し、それから悲しげに笑った。


「そうね。だけど、あなたを信じたいとは思っているわ。あなたの能力は、確かにレミア様の力になるもの」


 バレーの争乱を解決したのも、あなただしね、とユマはつづけた。


 ……。


 あなた、か。


「さぁて、それは買いかぶりかもしれないぞ。レミア軍には優秀な人間がいっぱいいる。俺の出る幕などないかもしれない」


「あら、ずいぶん弱気ね」


「そうじゃないさ。ただ、俺は余所者だからな。責任など持てないさ」


「いいえ。ハルキはもう、立派な私たちの仲間よ。だって、レミア様がそう決めたのだから」


 揺らぎのない、自信に満ちた声だった。


「ところでハルキ、第二軍の兵士たちとの顔合わせはどうだったの?」


「う」


 俺は目を逸らす。


「……まさか、まだなの!?」


「まぁ、ほら、いろいろ忙しかったし。ほら、今日もこんなにやる事があるし!」


 子供じみた言い逃れをしながら、俺は書類の山を指し示した。


「ハルキ、レミア軍に入ってから碌に外にも出ていないわよね! 引きこもってばかりだと苔が生えるわよ」


「苔は生えねぇよ、ナマケモノじゃねえんだから」


 俺は苦笑した


 ――正直なところ、第二軍関係の仕事はほとんどパペットに押し付けている。どうにも、彼らと関わることに気乗りしないのだ。軍隊を指揮する、という事がそもそも嫌だったし、喰いっぱぐれた寄せ集めで構成された第二軍をまともに運用する自信もなかった。


 なにより、彼らの命の責任を負う、という事が怖かった。


 ……いや、だからといっていつまでも先延ばしにするにも限度はある。


「だが、いい機会だ。あとで練兵場に顔を出すことにするよ」


 俺はつぶやいた。






***********








「爺さん、稽古をしなくていいのか?」


「ちょっと休憩じゃよ」


「おいおい、始めたばかりじゃねぇか……んじゃ、俺も休憩~」


「お菓子、焼いてきたけど食べる人~?」


「こら、坊主! 走りまわるんじゃねぇ!!」


「……聞きしに増して酷いな」


 俺は、練兵場の様子に愕然とした。


 軍隊とは名ばかりの難民たち。女・子供はもちろんの事、老人や乳飲み子までいる。十名ほどまともな騎士がいるようで、怒号をあげて彼らに訓練をさせようとしているが、多勢に無勢で意味をなしていない。バレーでの騒乱が起きた時にパペットの手足として動いた兵士たちは、第二軍の中でもかなりまともな部類だったらしい。


「この中に、兵士は何人いるんだ?」


「全員が正規兵です、ハルキ様」


 俺をここまで案内してきたパペットが言う。


「赤ん坊もか?」


「はい」


 話は聞かせてもらった! レミア軍は敗北する!


 ……なんて心の中でぼやいてから、俺はふと練兵場の隅に、少しだけまともに訓練をしている集団がいることに気が付いた。よく見ると、その中に見知った顔がいた。


「アイザックじゃないか! こんなところで何をしているんだ?」


 アイザックはこちらを見ると、目を見開いた。


「ハルキ様! いらしていたんですか!」


 アイザックが駆け寄ってきて、慌ててピッと姿勢を正す。


「先日入隊させていただきました。皇后軍第二軍、第十三分隊員のアイザックと申します! 兄弟ともども、ハルキ様にお仕えできることを光栄に思います!」


「お前の兄弟も入隊したのか」


「はい!」


 それを聞いた俺の頭が、目まぐるしく動き始め……慌てて思考を停止させる。


 それにしても、彼らが俺の軍に入っていたのは僥倖……いや、そうじゃない。アイザックたちが何をしていようが、俺には関係のないことだ。これで商業都市オリツを簡単に陥落させることが……だから、違う。そうじゃない。


 俺は頭をぶんぶんと振った。


「ハルキ様?」


「……いや、なんでもない」


 不審そうに首を傾げたアイザックに、俺は言葉を返す。


「聞け! 兵士たちよ!」


 パペットが声をあげる。


「第三軍隊長、ハルキ様の御成りである! 傾聴せよ!」


 兵士たちがざわつき、こちらを見る。


 俺は慌ててパペットを見た。


「え、いや……ここでなんか言わなきゃいけないの?」


「軍隊は上官が導いて初めて機能するのです。ささ、見事な演説を期待します」


 俺はパペットと、兵士たちを交互に見つめる。それから、にやりと笑って口を開いた。


「うん、無理!」

第一章ほど長くならない予感。

今、第三章までで完結にするか、第五章まで書くか悩んでいるところです。

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