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第3話 謀計策案

ストック、あと5本

 皇后レミアの執務室には、急遽大きな円卓が運び込まれて、レミア軍の主だった面々がぐるりと着席した。兵士の一人が天井から吊るされたシャンデリアのような照明器具に火を入れると、鏡の反射とガラスの屈折で部屋が昼間のように明るくなる。よくできたシステムだ。


数人の給仕が各人の前にグラスを置き、水を注いでいく。ほのかに柑橘系の香りがするところを見るに、果実水のようだ。


「僭越ながら、私が司会を務めさせていただきます」


 最高参謀のロウがそう言って、円卓の中央に大きな地図を広げた。地図には、俺たちがいる国――カイゼル帝国をはじめとして、複数の国が描かれている。


 ロウは長い指揮棒のようなもので、地図の一点を指さした。


「我々がいるのは、ここ。帝国の最北に位置する街です。そして、次の攻略目標は……ここ」


 指揮棒の先が地図上を南に移動し、バレーとは別の都市を指し示す。


「商業都市オリツ。いわずと知れた国内有数の大都市です。我々の総員――四千人で進軍するなら、移動には5日ほどかかるでしょう」


 5日か。


 一日の行軍距離がわずか約10キロというのは、やはり歩兵の遅さに影響されているのだろう。


「そのような当たり前のことはわざわざ言わなくて構いませんわ。わたくしは、難攻不落のオリツを陥落させる手段が知りたいのです。ロウ、貴方もあの都市を守っているのが誰なのか、おわかりでしょう?」


「ええ。第三王子配下の大将軍、クツギュヌスです。彼とは幾度か戦場で相対したことがありますが、二手も三手も先まで読んでくる厄介な相手です。正直に申し上げまして、我々の現存戦力だけで彼と戦うのは無謀でしょう。ですが……ユマ」


 ロウがユマの名前を呼ぶと、彼女は「はい」と返事をした。


「オリツを偵察してきた結果をご報告いたします。敵将クツギュヌスは現在、部下に商業都市オリツの守衛を任せ、西にある鉱山都市、メイトに向かっております。商業都市にいるのはわずか三千名の兵士のみ。商業都市を堕とすなら、今が好機です」


 鉱山都市? と俺が首をかしげると、それを見たロウが地図を指し示す。どうやら、バレーから見て西、オリツから見て北西に位置する街のようだった。


 ロウが口を開く。


「鉱山都市メイトは、主に金と銀の採掘で発展してきた街です。出土した貴金属の大部分は商業都市に流れ込みます。商業都市が発展したのもそういった背景があればこそです」


 なるほど。


「しかし、なぜ大将軍クツギュヌスはオリツを離れたのでしょうか? 第三王子にとってあそこは重要な拠点ではないのですか?」


 皇后レミアが聞く。


「その理由は、これです」


 ロウが円卓の下から取り出したのは、古びた鎧だった。


 俺は苦虫を噛み潰したような気分になる。バレーにおける争乱時に、武器庫だといわれて襲撃した倉庫にあったのが、その鎧だった。


「それは……おぬしが国庫を空にしてまで買い集めた鎧ですじゃ!」


 親衛隊長のバーバラが叫ぶ。


「ええ。商業都市オリツから取り寄せた鎧、数はおよそ2千領になります。これを買い集めた理由は大きく二つ。一つは、まさにバーバラ様がおっしゃったとおり、国庫を空にすること。では皆様、敵将クツギュヌスの気持ちになって考えてみてください。敵対しているレミア軍が資金のほとんどを費やして、着せる者のいない鎧を買った。彼らが今後も活動していくには、どこかで資金を手に入れなければいけない。では、どこを狙うでしょうか? 北方諸国? ……それは無謀ですね。では、商業都市オリツ? わずか4千の兵で陥落させられるような街ではありませんね。――そうなると、可能性は一つです」


 俺はハッとした。


 資金不足に陥ったレミア軍の目の前には、金銀を採掘する都市がある。そこを狙わない手はない。


「クツギュヌスがいなくても、商業都市オリツは難攻不落の都市です。もしもレミア軍がオリツを責めるなら、レミア軍が高く分厚い城壁に手を込まていている間にオリツへもどり、オリツに残る守備隊とクツギュヌス軍で挟撃すればいい……と、そう考えているでしょうね」


「では、わたくしたちは大将軍クツギュヌスが戻ってくる前にオリツを陥落させればいい、ということですね」


 レミアが楽しげに言う。


「それで、そのための策をそろそろ教えていただきたいものですわ」


「それが、鎧を買い集めた二つ目の理由です」


 ロウは、そういうと鎧の中央部を指さす。そこには5つ……いや、6つの小さな穴が開いている。


「この穴の意味が分かる方はいますか?」


 ロウが聞く。円卓に座る誰もが首をかしげるが、「……ぁ」という小さな声が、円卓の外から漏れた。レミアの後ろに控えている、小姓の少女だった。


「ラン、発言を許しますわ」


 レミアが言う。へぇ、この子、ランっていうのか。


「……赤鷲と世界樹の枝、です」


「なんじゃと! それは、第三軍の紋章……そうか! それは第三軍の鎧か!」


 バーバラが何かに気が付いたように、ばん、と円卓を叩く。


「ええ。ここには本来、第三軍の紋章がはめ込まれていました。鎧が中古品として売られる際に取り外されたのでしょう」


 俺を除く全員の顔に、喜色が現れる。


「それは朗報ですね!」


 これまで黙っていたパペットまでもが、愉快そうに手を叩く。バレーで起きたすべての罪を背負って失脚した彼だったが、ロウの監督下に置くためという名目でこうした会議にも出席している。今は第二軍の事務引継ぎということで、俺の副官のような仕事をすることが多いが、なかなか優秀な人材だ。とはいえ、彼は自分が発言を許される立場ではないと思っているのか、滅多にこうした場で声を上げることはない。


「……悪い、話についていけていない」


 俺は手を挙げて言う。


「そうでしたわね。ユマ、説明をしてくださいな」


 レミアが言う。


 ユマが俺に向き直った。


「ハルキ、私たちが帝都から北へ落ち延びてきた、という話はしたわね」


「ああ」


「帝都から逃げた私たちが最初に拠点にしたのが、商業都市オリツだったのよ。その時には現行の第1軍、第2軍のほかに、第3軍二千人の兵士も居たんだけどね、オリツの北側に帝国へ反旗を翻そうとしているレジスタンスの一群がいるという話を聞いて、レミア様は第三軍だけを残して挙兵したの。ところがレジスタンスの話はぜんぶデマ。慌てて商業都市に帰ってみると敵将クツギュヌスに街を乗っ取られていたのよ。第三軍の消息は分からなかったんだけれど、あまりに街の乗っ取りが鮮やかだったから、クツギュヌスに内通していたと考えられていたわ」


 つまり、第三軍が内通していたならば、彼らはそのままクツギュヌスの配下に入り、鎧を手放すことはない。鎧がこうして市場に流れているということは、それを着ていた兵士たちが居なくなったから、ということか。


「だが、第三軍が内通者でなかったというのが分かったとしても、その鎧は第三軍が無事でないことの証拠にもならないか」


「ハルキ、私たちが何のためにオリツへ偵察に行ったと思っているの?」


「デートのためだろ?」


 ついさっきレミアから聞いた話を口にすると、ユマは「ばっ…!」と言って耳まで真っ赤にする。


「第三軍の消息を探るために決まっているでしょ! 私は、第三軍が無事な証拠を探しに行ったのよ!」


 へぇ。そいつは初耳だ。


「それで、見つかったのか?」


「ええ。大方、殺すよりは調略して配下にしたほうがいいと考えたのでしょうね。レミア様が死ねば、忠義を尽くす先を失った軍隊が他の主人を探すのはありうる話だし。商業都市の経済力を考えれば、2千人の兵士を捕虜にしておくぐらいの余裕はあるのよ」


 そういうものか。そうなると、作戦は決まってくる。


「俺たちが外側から商業都市を攻める一方で、内側に囚われている第三軍を開放することで、内と外から同時に攻略するのか」


 俺が言うと、ロウがうなずく。


「その通りです。鉱山都市にいるクツギュヌスに我々の侵攻が始まったと伝わるまでに10日。そして、鉱山都市から商業都市まではおよそ一か月かかります」


 俺は地図を眺め、「ん?」と声を上げた。ロウの指し示す街道は、確かにグネグネと入り組んだ山道を進んでおり、鉱山都市と商業都市の間にかなりの距離があるような印象を与えている。しかし……


「この、真っ直ぐな道は使えないのか? 敵将がこの道を通ったら、ロウの言う道の三分の一くらいの距離で商業都市まで来れることになるが」


 全員が、ああ、という乾いた笑いを見せる。


「いわゆる旧街道ですね。確かに、そちらの道を通れば大軍でも十日ほどで鉱山都市と商業都市を行き来できるでしょう。ですが、それは無理です」


「何故だ?」


「街道の途中に天達がいるから、ですじゃ」


 バーバラが苦々しげに言う。


「テンダツ?」


「ハルキも会ったんでしょう、“花屋”に。あれと同じように、人間を超越した存在の一人よ。この道はもう数十年も前から天達に占拠されていて、通れないの」


 ユマが言う。


 ああ、本物の魔法使い、というやつか。


「そいつは、そんなに危険なのか?」


「危険ですよ。先代の天達は、料理がまずいという理由で国を一つ滅ぼしてしまったくらいですから。触らぬ神に祟りなしです」


 ロウが言う。


「でも、それだけ強い存在なら、早いところ身内に引き込んだほうがいいんじゃないか? 敵方に着いたら、目も当てられないぞ」


「おぬしの言うのは、地震や嵐を味方に引き入れろ、と言っているのと同じことですじゃ。異世界人にはわからんかもしれんが、人は彼らと関わらないことで、これまで何とか生き延びてきたのですじゃ」


 バーバラが言う。


「いや、俺は“花屋”と話したことがあるが、そんなに話が通じない相手には……!」


「ハルキ、そこまでですわ」


 なおも食い下がる俺に、レミアがぴしゃりと言った。


 けちょんけちょんだった。天達という存在は、彼らにとってそこまで恐ろしい存在らしい。


「話を戻します。我々が商業都市攻略に与えられた猶予は40日。しかしここは、敵将の才能を鑑みて、半分の20日と見積もりましょう。その間にオリツを陥落させれば我々の勝ち。失敗すれば我々の負けです」


 ロウは、真剣な顔でそう言ったのだった。



軍隊の行軍速度っていうのは、時代よりもその軍隊ごとの編成状況とか、土木技術に影響されているようで、五百年前の軍隊より、二千年前の軍隊の方が速く進めたり、ということがあるそうです。


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