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第2話 一皿多匙

しばらくは、毎週月曜日更新としてみます。

 俺とユマが商業都市オリツでの「お遣い」を終え、レミア軍が統治している要塞都市バレーに戻ったのは一週間後の夜のことだった。とはいえ、俺はオリツにいる間じゅう宿に引きこもり、時々ぷらぷらと商店を覗きに出かけるぐらいで、せわしなく働いていたのは専らユマだった。実際に彼女が何をしていたのか、俺には知らされていなかったし、あえて聞こうとも思わなかった。


 皇后レミア、という人物が俺にはよくわからなかった。一見すると深窓の令嬢といった雰囲気なのだが、時々はっとするほど神々しく感じることがあるし、逆に目を覆いたくなるほど恐ろしいものに感じることもある。そんな彼女の気まぐれから俺は第2軍二千人の指揮を押し付けられてしまったが、出来ることなら徐々に彼女とは距離を取り、この帝国で行われている内線からもフェイドアウトしていきたいと考えている。けれどそのためにはまず、いくらかの貯えやコネクションを作り、風来坊状態を脱する必要がある。


 要塞都市バレーは、オリツより北に位置している。移動にかかった時間を考えると、5,60キロメートルは離れているようだ。


 そのため、オリツより一足先に冬が訪れたようだった。俺たちが帰ってきたころには、崖の底にある要塞都市は白く染め上げられ、かつてこの都市を支配していたバレー家の城址もすっかり雪化粧で覆われていた。


 帰ってきてすぐ、俺は軍議があるからと皇后レミアの執務室に呼ばれた。行ってみると、まだ誰も集まっておらず、ただ皇后レミアと小姓の少女がいるだけであった。


 皇后レミアは、夕餉の途中であったようで、胡乱げに俺を見つめると「お座りなさいな」と言った。


「お食べますか?」


 対面に座った俺に対し、レミアは、そう言って皿を差し出してくる。この世界にはナイフやフォークといった食器は存在していないようで、一口サイズに調理した魚や肉、あるいは野菜を爪楊枝のような金属の串に刺したものが上等な料理として供されている。


「……では、すこしだけ」


 俺は一本の串を手に取り、少しだけかじってみる。甘酸っぱい果実を煮固めた物のようで、食べなれない味だが悪くはなかった。


「ユマとのデートはいかがでしたか」


 皇后レミアが楽しそうに聞いてきた。彼女の肩に乗った双頭の亀が退屈そうに足踏みをしている。


「デートではなく、偵察任務だったはずでは?」


「ええ。ユマにはそのような命令を出しました。しかし貴方にはただ、商業都市という街を見てほしかっただけですわ」


 なるほど。道理で暇だったわけだ。


「どうせなら、ユマを押し倒してしまっても良かったのですよ」


「う」


 何を言い出すのか、この皇后さまは。


「ユマには、あなたに求められたなら応じるように命令してありましたわ。……本当に、何もなかったのですか?」


「ろくでもないな、あんた!」


 思わず怒鳴ってしまった。よほどの剣幕だったのか、皇后レミアの背後に控えていた小姓の少女が腰に下げた剣に手をかける。レミアがそれを片手で押しとどめた。


「まあ、それならそれでいいですわ。ただ、ユマとは仲良くしてあげてくださいね。彼女と、あと、親衛隊長のバーバラは、あなたに対して敵愾心を持っているようですから」


「……そうですか」


 俺はうつむいて、爪楊枝を指先でクルクルと回す。齧りかけの煮固めが、つられて独楽のように回る様子を、ぼんやりと眺めた。


 俺から見たユマは、天真爛漫な少女だった。諜報員をやっているだけあって、シビアな側面もあるが、それでも好感が持てる相手だ。そんな相手の心の内を聞いて、少しだけショックを受けた。


「そ、それにしても、他の人は遅いですね。軍議はいつ始まるのでしょう」


 俺は爪楊枝を持っていないほうの手で左の耳たぶをいじりながら、そう言った。


「軍議は、もう少し後ですわ。少し、あなたとお話がしたかったので、嘘の時間を教えたのです」


 彼女は、頬に指をあてると「ごめんなさいね」と微笑んだ。それから、手のひらで俺の持っている爪楊枝を示す。


「どうぞ、お食べになってくださいな。夕食はまだでしょう」


「ええ、頂いています」


 また、俺は少し齧った。


「それでは、話を変えましょうか。ハルキ、あなたから見て、商業都市オリツはどうでしたか? ――堕とせそう、でしたか?」


「ぱっと思いつく手段が、2,3個。ただ、俺はこの世界のことをほとんど知りませんから、俺の策には重大な欠点があるかもしれません。俺のいた世界には、魔法なんてものもありませんでしたし」


「まぁ、素晴らしいですわ」


 レミアは、両手を口に当て、驚いて見せる。


「あれだけの都市を堕とすのは、並の将に出来ることではありませんわ。それにもかかわらず、複数の策を考案できるなんて、さすがは異世界から来ただけのことはありますね!」


「天才ですから」


 大げさな彼女の誉め言葉を、さらりと流す。


「それに、まだ何かを成したわけではありません。そういった言葉は、成果を出した後に言ってください」


 こういう、煽てておけば豚も木に登るだろうと思っているような人間はあまり好きではない。彼女の言葉の端々からにじみ出る嘘くささが、一層俺を不快な気分にさせていた。


 同じ不快な相手でも、俺の姉は真っ直ぐな人間だった。知恵を巡らせて俺を陥れることはあっても、彼女は常に気高くあったし、誇り高い女性だった。


 どうにも、レミアと話していて話が弾むということはないようだ。次の話題に窮して沈黙していると、ガチャリと執務室の扉が開いた。


「おや、ハルキ殿はもういらしていたのですか」


 入ってきたのは、レミア軍最高参謀兼、第1軍軍隊長のロウだった。続いて、ぞろぞろと数人の男女が入ってくる。親衛隊長のバーバラ、ユマ、そして元第2軍軍隊長だったパペット。


「あら、全員揃ったようですわね」


 皇后レミアが言う。


「それでは、軍議を始めましょうか」

誤字脱字、たぶんあります。

ご指摘いただけたら幸いです。

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