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第1話 両雄邂逅

遅れました。

めっちゃ遅れました。

更新再開します。

 彼女に出会ったのは、長い、長い旅路の果てで、水も食料も底をつきた頃だった。


 僕はまだ幼かったし、生きるための術も十分に知っているわけではなかった。没落しかけていたとはいえ、貴族の家で帝王学を学んできた僕にとって、火打石で火を起こすのも、固い道端で野宿をするのも初めての経験だった。屋敷を逃げ出すときに預けられた財宝は――今でこそ相当な金額だったのだとわかるが――ただひたすらかさばる荷物であり、金銭に交換する方法も知らなかった僕は、旅を始めた三日後にはそこらの草むらに打ち捨ててしまった。


 とにかく、人目を避けなければいけない旅だった。もともと敵の多かった僕らの一族に、信じられる人間などいない。なにせ、僕の家は代々拷問官の家系だった。拘束されて抵抗のできない人間から情報を聞き出す術は心得ていても、他人の恨みから身を守る方法は知らない。


 没落貴族。


 そんな言葉が脳裏に浮かぶ。自分は没落したのだろうか、と考えて、たぶん、違うと思った。帝国を古くから支える十五大貴族の一角として、決して力を失ったわけではなかった。昔と比べれば勢いを失っているし、ニューランド家のような新興貴族にも足元を見らるようにはなったが、先祖たちが築いてきた権力と財産はまだまだ健在だったし、それを運営する人材が不足していたわけでもない。ただ、ずっと昔から、ちょっとずつたまってきた澱のような憎悪を抑え込んでいた権力という箍を弾き飛ばし、地位という桶がばらばらになってしまった。そんな感じだった。


 帝都にある屋敷が暴徒かに襲撃されたとき、近隣の貴族たちも、帝国の騎士団すらも助けてはくれなかった。むしろ、最初は傍観していた者たちですらハイエナのように群がって、屋敷はあっという間に簒奪の場と化した。そうなって初めて、僕は自分たちがどれほど周囲から恨まれ、疎まれてきたのかを理解し、愕然とした。自分たちの仕事は、確かにきれいな仕事とは言えない。けれど、ほかのどの貴族にも引けを取らないほど帝国に貢献していると考えていたし、少なくとも友誼を結んでいたほかの貴族たちはそれを理解してくれていると思っていた。


 それが、どうだ。


 率先して宝を奪い、逃げ惑う屋敷の者たちを嬲っているのはよく知った者たちではないか。隠れていた姉の髪をつかみ、廊下を引きずっているのは友人だと思っていた連中ではないか。


“○○、あなたは逃げなさい”


 母とともに食堂へ隠れ潜んでいると、突然母がそう言い、財宝と、いくらかの食料を渡してきた。そのまま隠し通路に押し込まれる。僕は母の名前を呼ぼうとするが、食堂へなだれ込んできた暴徒に気づき、慌てて口をつぐみ、隠し通路を走り出す。少しでも油断すると背後から聞こえる母の悲鳴に足が止まりそうになるが、それでも進み続けた。


 どれほど走っただろうか。隠し通路を通って帝都の裏路地に出た僕は、そのまま人目を忍ぶように都を出て、街道を進んだ。目指したのは、帝国で最大といわれる金山だ。大人の足でも二か月はかかる距離だが、そこでは鉱山夫として小さな子供も働いているという。手に職を持たないぼんくら貴族の子供でも雇ってくれると思った。ほとぼが冷めるまではそこで日銭を稼いでいればいいだろう。そのためにはまず、名前を変える必要があるだろう。偽名を使い、身分証も偽装する。働いてお金を稼いだら、傭兵を手に入れよう。傭兵を使って軍を興し、手柄を挙げる。幸い、この国は四方に敵を抱え、年がら年中戦いをしている。その中で活躍すれば、再び貴族として返り咲くことも難しくないだろう。事実、この国にはそうした成り上がり物の貴族がごろごろしている。貴族として返り咲いたら、周囲のものを蹴落とし、篭絡し、徐々に力をつけていく。今の皇帝は老齢だ。彼が死ぬときに反旗を翻し、この帝国を丸ごと乗っ取るのもいい。


「ふ、ふふふ、ふ」


 食料は尽き、歩く力もなくなった僕は、道端に突っ伏しながらそんな妄想をしていた。もはや指一本動かす力すら残っていない。なだらかな丘陵地帯に作られた街道には人っ子一人おらず、時折頬を伝う夜露を舐めながら、僕はひたすら真っ暗な世界を睨みつけていた。


 空は曇り、星は見えない。すぐ近くから虫が鳴く声がする。


 何も見えないのに、何を睨みつけているのか、僕自身にもわからなかった。このまま目を閉じれば、穏やかな眠りにつけるのだということもわかっていた。けれど、自分の中の怒りを、敵愾心を、睨みつけることで意思表示していなければ、すぐにも自分の心がぽっきりと折れてしまうような、そんな気がした。


「そんなに、怖い目で見ないでほしいんだがな」


 ふいに、視線の先から声がした。僕が内心で驚いていると、ぱきん、という音がして目の前に淡い光が生まれた。何者かがリン石を割ったのだ。


 そこにいたのは、胡坐をかいた女性だった。すらりと長い脚。革のマントを羽織り、分厚いブーツを履いている。彼女は肩からはぼろぼろのカバンを下げ、見たこともない黒髪を一つに結い上げていた。彼女の足元を見ると、すぐに手が届く場所に使い込まれた剣を置いている。


 彼女は、手に持った干し肉をもそもそと食べながら、僕のことを見下ろしていた。


 いったい、いつからそこにいたのか。体が動かなくなっても、僕が警戒を怠っていたわけではない。僕には、彼女が生きた人間には思えなかった。


「それとも、あれか。私に、何か用か?」


 返事をしない僕をいぶかしく思ったのか、彼女が聞いてくる。


 僕は口を開くが、声が出てこない。ここ数日、人としゃべることがなかったせいだ。


 彼女はそんな僕を見て、干し肉を一切れ、差し出してきた。


「喰うか?」


 それが、僕と彼女の出会いだった。






***********






「すっげぇ」


 ぽかん、と口を開けた俺――ハルキの口からは、思わずそんな声が漏れる。


 石造りの建物が並ぶ街並み。それだけなら、俺がこの世界で一番最初に見た街、要塞都市バレーと変わらない。しかし、この町はその規模が違った。街中を埋め尽くす人、人、人。石造りの建物は、高さを競うように天へ伸び、数えきれないほどの商店が軒を連ねている。無数の馬車が行き交い、日本の大都市にも比肩しうるほど賑わっている。


「驚いた」


 ユマが、サプライズに成功したようなしたり顔で笑う。そして両手を広げてくるりと回った。亜麻色のスカートがふわりと広がる。


「東西に5キロメルトル、南北に18キロメルトル。人口410万人。都市別税収ランキング20年連続第1位、あらゆる人とあらゆるものが集まる街。それがここ、商業都市オリツよ」


 不意に、ユマが顔を近づけてきた。俺の鼻と彼女の鼻が触れそうになる。


 彼女はふふっと笑った。


「さらに、なによりすごいのは――」


 彼女は言う。


 そう、この街が本当にすごいのは、そんなところではない。


 バレーと比べれば確かにすごいが、それでも元居た世界には、この規模の街はいくらでもあった。そんなことで俺は驚かない。


「この街が、たった一つの建物でできているということよね」


 そう。


 この街は、一つの巨大な建築物なのだ。


 その形は、まるで富士山のように、ふもとが低く、中央に行くにつれ高くなっている。今は街の真ん中あたりだが、足元の石畳の下にも、まだまだ街が広がっているのだ。


 それは、元の世界においても見たことがないほどの光景だった。


「そ、それで」


 俺はユマから目をそらして、赤くなった頬を見られないようにする。


 左の耳たぶをいじりながら、俺は話をそらした。


「商業都市に来て、何が欲しかったんだ? わざわざ身分を偽装してまでここに来たんだ。手に入れたいものがあるんだろう?」


 ここは、俺たちが属している皇后レミアの勢力とは別の勢力によって支配されているらしい。レミアのお遣いでここまで来たが、俺は何を買いに来たのか聞いていない。


「全部」


 ユマはあっけらかんと言った。


「え?」


「この都市全部、まあるごと。次のレミア様の目標は、この都市を手に入れることよ」


 弱小組織レミア軍の諜報員は、それが当たり前のことであるかのように、あっさりとそう言ってのけたのだった。

言い訳ですが、11月の後半からずっと、色々な賞に応募する原稿を書いてたんです。

つらいなぁ、なんでこんなものを書かなきゃいけないんだろう、と思いつつ、気分転換にヒーバーを書いたら……。

めっちゃ、楽!

え、この作品、こんなに執筆カロリー低かったっけ?

こんなに簡単にかけて良いんだっけ?

なんて思っていたら、何となく書くことに罪悪感を覚えてしまって、ストックが全然できなかったんです。

そんなわけで、ストックが少ないのでしばらくは、週一連載になります。

……四月が提出期限の賞もいっぱいあるみたいですし。

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