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第24話 錦旗鷲杖

ここのシステムって、直接入力だと強調点が打てないんですかね。

調べたけどよくわからなかったので、まあ、いいや。


 中世日本において織田信長の死後、彼の葬式を挙げたのは誰だっただろうか。

 息子の信忠? いや、彼は信長と一緒に本能寺の変で殺されている。

 では、織田家の家督を継いだ秀信が喪主を務めたのか。

 これについては諸説があるが、少なくとも公式記録としては、それもまた違うとされている。

 信長の葬儀を行ったのは、豊臣秀吉だ。彼はそれにより信長の正統な後継者としての地位を内外にアピールすることに成功し、後に天下をとる布石の一つとしている。

 俺のやっているのは、その模倣に過ぎない。


 シャン。

 シャン。

 俺は、葬列の先頭に立ち、鈴を鳴らし続けている。南門城を落とそうと死闘を繰り広げている彼らからすれば、さぞかし異様な光景に見えるだろう。頭からすっぽりと黒いローブを被っているため、、周囲の様子はうっすらとしか見えないが、それでも徐々に戦いがやみ、民衆がこちらに注目し始めていることが判った。

 第一段階、民衆の鎮静化、クリア。

 第二段階、サラ・バレーとの交渉、開始。

 俺は重々しく口を開いた。


「君たちのリーダーは、誰だろうか? 少し、話をしたいのだが」


 両手を広げ、相手の回答を促す。

 手に持った鈴が、シャン、と音を立てた。




***********




「レミア様!」


 嬉々として執務室に飛び込んできたロウに、本を読んでいた皇后レミアはゆっくりと顔を上げる。レミアの後ろに控えた小姓の少女が、鬱陶しげにロウを見た。


「ついに落城しましたか?」

「いえ! 状況が変わりました! 城下を見てください」


 ロウに促され、レミアは窓から下界を見下ろす。驚いたことに、あれほど怒り狂っていた民衆が沈黙し、一点を見つめている。

 彼らの視線の先には、葬送の列があった。遠目でよく見えないが、黒ずくめの者たちが小さな棺を担いでいる。


「状況が変わったのは分かりました。……しかし、どういう状況なのかがさっぱりわからないのですが」


 レミアが小首をかしげる。


「私にもわかりません。しかしこれは奇貨です。再び彼らと交渉し、この戦いを終わらせましょう!」


 ロウが意気込む。


「では、またバーバラを交渉に向かわせるのですか? 彼らがそれを受け入れてくれるとは思いませんが」

「いえ、今回は私が行こうと思います。難しい交渉になりますから」

「それでは同じ結果だと思います」


 ロウとレミアの会話に口をはさんだものがいた。

 それまでロウとレミア・小姓の少女しかいなかった部屋に、どこからともなく新たな人影が現われる。


「ユマ、どういう意味なのかしら?」

「はい。ロウ様にしろバーバラ様にしろ、皇后の部下であるという点で違いはありません。ここはやはり、レミア様ご自身が出て行かなければ収集がつけられないと思います」

「馬鹿を言うな! レミア様のお命が危険にさらされることになるんだぞ!」


 ロウが反論するが、それをレミアは片手で押しとどめる。


「わかりました。失敗を挽回する機会が欲しい、という事ですね?」

「はい」

「いいでしょう。では、皇后レミア、あなたに交渉をお任せいたしますわ」


 レミアがそういうと、ユマが神妙に頷いた。

 レミアの執務室から退出したユマは、人目を忍ぶように化粧室へ入ると、どこからともなく小さなポーチを取り出した。中には変装に必要な道具が入っている。鬘をつけ、魔法役で瞳の色を変え、唇に薄く紅を塗ると、豪奢な衣装を着こむ。鏡に映るその姿は、皇后レミアと瓜二つだった。


「あー、あ、あ、初めまして、私はレミア・ニューランド。レミア。初めまして」


 鏡に向かって話しかけながら、少しずつ声色を調整していく。優しく、芯が通っていて、真っ直ぐな声。

 胸に手をあて、深呼吸をする。一度息を吐くごとに、自分の意識を皇后レミアに近づけていく。どこまでも奥深い瞳。いつも笑みをたたえた唇。本物のレミア様は、どこか幼く、どこか嘘くさい。そして、それこそがレミア様の魅力だ。

 息を吸って、吐いて。


「さあ、いきましょうか」


 “皇后レミア”は、呟いた。




***********




「君たちのリーダーは、誰だろうか? 少し、話をしたいのだが」


 俺――ハルキがそういうと、群衆の中から一人の女が進み出てきた。

 まるで、カーラをそのまま大人にしたかのような、とても美しい女性だった。

 彼女がサラ・バレーだろう。


「まず、そちらから名乗るのが礼儀と言うものじゃないかしら~?」


 彼女がそういうので、俺は両手の鈴を放り投げ、ローブを脱ぎ捨てた。


「俺の名前は、ハルキ。民衆の指導者にして、反乱軍の大将だ」


 民衆がざわつく。「ハルキ様だ」「生きておられたのか」という声があちこちから漏れる。死んだはずのリーダーが出現するのは、やはり相当のインパクトがあったらしい。


「ハルキ~? ……ああ! あなたがバレー家の庶子を自称する偽物ですか~」


 サラが頬に手を当て、愉しそうに言う。また民衆がざわつく。

 だが、これは想定内だ。民衆を扇動したいサラにとって、今更バレー家の血を引くと称する者が出てくるのは面倒でしかない。早々に俺を退場させようとするのは模範解答ともいえる。

 だからこそ、対策も取りやすいのだが。


「では、そちらが本物だと称するのか?」

「称するも何も、私はサラ・バレー。今となってはバレー家唯一の生き残りですもの~」


 あなたたちも、私の事はよく知っているでしょう、とサラが民衆に声をかける。数人が頷いた。


「これは異なこと。サラ・バレーといえばカーラ・バレーの実の母親だと聞いていたが、お前はカーラの死を悲しまず、葬式すらあげず、こうして無為に民衆を死なせているだけではないか!?」


 俺は大げさに息を吸い込み、吐いて見せる。


「お前たちには、ここに漂う匂いがわからないか? 戦場に本来漂うべきは血と汗のにおい。しかし、ここに漂うのは鉄と錆の匂いだ! これは滅びと死の匂いだ!」


 あまりにも人が死にすぎると、生臭い血と汗のにおいはなくなり、錆びた鉄の匂いが漂うようになる。限界点を超えた人の鼻が麻痺して、血の匂いをシャットアウトするようになるからだ。

 民衆は辺りを見回し、初めて惨状に気が付いたようだ。

 射殺された無数の死体が折り重なり、城下が血に染まり、折れた武器が地面に突き刺さっている。ひしゃげた死体を見るに、レミア軍は投石も行ったのだろう。生きている者たちの中にも、刀傷を受けた者、耳を切り落とされた者……身体に矢が突き刺さったままの者もいる。


「よそ者に何がわかる~! 我らは~、我らの意地と名誉を守るために戦っている! お前たちが持っているカーラの死体は単なる血と肉の塊に過ぎない! 我らにとって本当に大切なのは~、カーラの名誉を守ることだ!」


 サラが声を張り上げるが、民衆たちの反応は少し鈍い。それはそうだ。一度冷静になってしまったら、再び燃え上がるのは難しい。


「では、私がカーラにより大きな名誉を与えましょう」


 その時、第三者の声が城下に響いた。

 よく澄んだその声は、城門の方から聞こえていた。

 そこにいたのは、豪奢な衣装を身にまとった女性だった。手には錫杖を持ち、きらびやかな女性騎士団を引き連れてしずしずと俺たちの方へ歩いてくる。

 初対面の俺ですら、一目でそれが誰なのか理解できた。

 皇后レミア、その人だ。

 その威光に照らされて、街の住人が数人、本能的に片膝をつき、慌てて周囲の者に引き起こされていた。それほどまでに、強烈なオーラを放つ女性だった。

 彼女は、俺たちの前で立ち止まった。


「カーラ・バレーを皇后の権限で国葬に致します。彼女は今後永遠に、国家の英霊として語り継がれていくことでしょう」


 皇后レミアがそういうと、民衆が今日一番のざわめきを見せる。


「馬鹿なことを言わないでくれるかしら~? あなたはカーラを殺させた張本人じゃない~。戦争をしている相手から弔いを受けるなんで、カーラにとって恥でしかないわ~!」


 サラが言う。

 レミアの瞳が見開かれ、唇が吊り上った。


「まあ!? 戦争!? あなた方は戦争をしていたつもりだったのですか? てっきり私は領民が君主にじゃれついているだけだと思っておりました! ……それは失礼。でしたら、真面目に相手をしなければいけませんでしたね」


 皇后レミアが指をぱちんと鳴らすと、城壁の上に無数の兵士が姿を現す。予め潜んでいたのであろう彼らは、全員が細長い鉄の筒を持っていた。

 民衆の中から、悲鳴が上がる。

 それが何なのか、どれほどの威力を持っているのか、先ほど目の当たりにしていた民衆にはすぐにわかっただろう。


「もっとも、私が合図をした瞬間にみなさん死んでしまいますから、戦争とは呼べないのかもしれませんけれど」


 俺はごくりと唾をのんだ。

 およそ500の銃口が広場にいる住人を狙っている。レミアがその気になれば、城下はたちどころに屠殺場へと変貌するだろう。


「それと、わたくし共がカーラを殺したと考えているなら、それは大間違いですわ。そのような卑怯な手を取らずとも、わたくし共は正々堂々、敵を殲滅する手段を持っているんですもの」


 レミアは悠々とそう言った。

 がしゃん、と誰かが武器を取り落した。それが合図だった。民衆は次々に武器を取り落し、タイミング良く城内から出てきた兵士に取り押さえられていく。


「ちっ! まだよ!」


 サラ・バレーが懐から包みを取り出し、火をつける。「爆弾だ」と誰かが叫ぶが、サラがそれをレミアに投げつける方が早い。

そこからは、まるでスローモーションの様だった。

 皇后レミアは、その風貌に見合わないほどの速さで、後ろに控えた女騎士の腰から剣を引き抜き、一振りで爆弾の火をかき消す。そのままサラの元に走り寄り、剣の柄で彼女の頭を殴りつけると、腕をねじりあげ、押し倒した。


「ふふん」


 レミアは、愉しげに笑う。

 その瞬間をもって、要塞都市バレーにおける騒乱は終わりを告げたのだった。

 


あと2話で1章完結です。

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