第23話 先先祖祖
そろそろ、第2章のプロットを立てなくちゃいけない時期です。
サラ・バレーという女は元々、名門として知られた伯爵家の一人娘だった。幼少の頃から蝶よ花よと大切に育てられた彼女にとって、自分の望んだものがすべて手に入ることも、自分の願いが完璧に叶えられるのも当然の事であり、その事に疑問すら抱かなかった。
そんなさらに転機が訪れたのは、当主である祖父が死んだ時だった。
「父上、お出かけになるのですか~?」
当時、16になったばかりのサラは、いつになくきっちりと礼服を着こんだ父親に、そう問いかけた。どこか間延びしたような声になるのは、このころから彼女の癖だった。
「ああ。家督を継ぐことを領主様に報告しなければならないからな。ハンス! まだ準備が出来ないのか! ……まったく、あの愚弟は」
サラの父親は、落ち着きなく首元のタイをいじりながら答える。
サラの実家は、伯爵家と言っても王の直臣ではない。ニューランド家と言う公爵家の家臣であった。だから、家督相続の際にもニューランド家に挨拶をしなければいけない。本来ならば次期当主となる者が一人で行くのが通例であったが、今回は公爵様から直々に、兄弟であいさつに来るように、という言いつけがあったらしい。
「お戻りはいつごろになられるでしょうか~」
「行きに一日。公爵様のお屋敷で一泊して、帰るのにも一日と言ったところだろう。……ハンス! あまりもたもたしていると先に行くぞ!」
ハンスはサラにとって叔父にあたる。しかしサラはハンスの事を軽んじていた。それは、彼が庶子の出であったからだし、父や祖父がハンスを下男のように扱っている様子を、小さいころから見てきたからでもあった。
「今行きますよ、兄さん」
そう言って階段を下りてきたハンスは、金髪を短く刈り上げた、ガタイのいい美丈夫であった。家庭内に居場所のなかった彼は、若いうちから侯爵家の兵士として転戦しており、現公爵からの覚えもめでたい。そのためか、兄の事を小馬鹿にした態度を示すときもあった。
「まったく、愚図め。早くしろ。……それじゃあ、サラ、行ってくるよ」
サラの父親は、弟を罵った後、一転して優しい口調でサラに声をかけると、彼女の額にキスをして出かけて行った。
そして三日後、彼は真っ青な顔で戻ってきた。
「お父様~……っ! どうなされたのですか!?」
サラが慌てて駆け寄る。いつもは頼りがいのある父親だが、ふらふらと足取りすらおぼつかず、この数日で頬すらもこけていた。
「……公爵様が、ハンスを次期当主に指名した」
サラは、父親の言葉を聞いて、呆気にとられる。
家督相続と言うのは、家の内政だ。いくら主君とはいえ、そこに口を出すという事は異例だった。
サラは父の後ろから悠々と歩いてくるハンスを睨みつける。この男は、公爵様の威光をかさに着て、父から家督を奪い去ったのだ。到底許されることではない。
「父上~! いくら公爵様のお言葉と言え、そのような無体に従う必要はありません!」
「ああ、そうだな……いや、しかし、公爵様の言葉は絶対だ」
「ええ、その通りですとも、兄上」
ハンスが、厭味ったらしく後ろから声をかけてくる。
「今日から、私がこの家の主です。兄上には、そうですねぇ、領地の外れに、人手不足で閉鎖した修道院がありましたから、そこの運営でもお任せいたしますよ」
ハンスの一言で、サラの父親は出家させられ、修道僧としてつつましやかに数年ほど過ごした後、流行病でぽっくりと他界した。名門伯爵家の一人娘として、ゆくゆくは同じ名門貴族に嫁ぐ予定であったサラも、厄介払いのように辺境の顔役に嫁がされることになった。
“絶対に許さない”
それ以来、サラの中では怒りの炎がくすぶっていた。叔父に対する怒り、そしてそれ以上に、父を冷遇したニューランド家への怒り。
そんな彼女に、ニューランド家に反旗を翻そうとする、「とある組織」から声がかかるのはある意味では必然であった。嬉々としてその組織に入ったサラは、魔術師たちを集め、自ら導師と名乗って彼らの研究を指揮し、その組織へ多大な貢献をするようになったのだった。
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南門城は、今まさに、陥落しようとしていた。
カーラを殺された民衆は城へ押し寄せ、城門を打ち破らんとしている。一度は大門の横の通用門を破り、城内への進入に成功したが、レミア軍が必死の抵抗をして押し戻した。とはいえ、死兵と化した民衆は、サラの指揮で2度、3度とその通用門へ押し寄せる。その度に多くの者が死に、屍が積み重なっていっているが、そんなことはサラの知ったことではない。
“絶対に許さない、……レミア・ニューランド!!”
ニューランド家に対するサラの怒りは、ニューランド家の血を引く皇后レミアにも向いていた。ここでどれだけの民衆を犠牲にしても、レミアに一矢報いることが出来れば、サラはそれでよかった。
レミアがこの街に来たのは幸運だった。おかげでサラは彼女を手にかけることが出来る。全ての状況が、まるで彼女の味方をするかのようにうまく運んだ。サラの脳裏には、レミアを城から引きずり出し、自分の前にひざまずかれる光景がありありと見えていた。レミアに自分が受けた以上の屈辱を与えたとき、初めて自分は救われるのだ、とサラは考えていた。
「下がっては駄目よ~! 敵が弱っている今こそ、全力で攻めなさい~!」
サラは民衆を鼓舞しながら、ほくそ笑む。バレー家という看板は、大したブランドだ。あれだけ住民たちから煙たがられていながら、いざバレー家の人間が殺されると、彼らはこんなにも怒り狂うのだから。それだけでも、カーラの存在に価値はあった。
その時、不意にシャン、と言う鈴の音が響き渡る。
シャン。
シャン。
シャン。
だんだんと近づき、大きくなってくるその音に――戦場に似つかわしくない、その音に、民衆が一人、また一人と足を止め、音の出どころを見る。
この鈴の音は、バレーの住民が葬式の時に鳴らすものだ。
棒に無数の鈴がついていて、その小ささに見合わず、周囲に音を響き渡らせる。
サラもまた、その音に気が付き、音を鳴らしている存在を見る。
そこにいたのは、まさに葬列の一団だった。20人ほどが全身を黒い布で覆い、二列になって歩きながら、両手に持った鈴を鳴らしている。
そして彼らは、高々と棺を抱えていた。その棺に入っていたのは、齢10歳にも満たない金髪の少女の遺体――カーラ・バレーの亡骸だった。
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「話は分かった。ハルキ・アーバンクレー、貴様の提案を受け入れてやろう」
俺達が北門城への侵入を果たした後。
パペットはすぐに俺たちを自分の執務室に案内した。俺はそこで、アーティ・マーティから聞いた南門城の現状と、俺の立てた作戦を話しパペットに条件を飲ませることに成功した。
「欲張りなことは言わないさ。お前に用意してもらいたいのは、葬列に必要な人員だけだ。この国の葬送儀礼がどんなものかわからないから、細かいところは任せる。ああ、棺は立派なものを用意してくれ。出来るだけ派手にしたいから、そのあたりも頼む。あと、念のために俺の護身用の武器と防具。それから、南門城まで行くための馬――馬ってこの世界にいる? ああ、いるのか――じゃあ馬も用意してほしい」
「要求が多すぎだろ!」
パペットが耐え切れなくなったようで突っ込んできた。
「対価は皇后の命だ。どれだけ要求を増やしても、天秤が安定することはないだろう」
俺がぴしゃりというと、パペットは納得がいかないという表情をしながら、「いいだろう」と頷いた。
「ああ、それから――」
「まだあるのか!」
「ディナーの用意をしてほしい。フルコースで、6人分」
最後に出した要求に、パペットは奇妙そうに片眉を上げた。
サラは「レミア・ニューランド」と言っていますが、結婚しているのでレミアの苗字は変わっています。
でも、個人的にお気に入りの名前なので、もうちょっと使いたいな、と思います。
誤字指摘、感想、お待ちしております。




