第22話 転盤覆形
18人兄弟、久しぶりに出てきます。
アイザックは、18人兄弟の長男だった。下には16人の弟と、1人の妹がいる。両親はいない。父親は戦争で死に、母親は出稼ぎに行ったまま、帰ってこなかった。風土病で死んだのだと聞かされていたが、アイザックは貧しい生活を苦にして逃げたのだと考えていた。
18人も兄弟が居れば、生活費も馬鹿にならない。まだ幼い弟も何人かいるし、妹に至っては原因不明の病におかされて、何年も寝たきりだ。彼女を治すには、優秀な魔術師を雇って魔力を流してもらうしかない。魔力は生命力の源だ。大抵の病はそれで治る。
そのためには、莫大な金が必要だった。
この戦いで命令通りにすれば、ハルキ様は恩賞を出してくれるといっていた。そして、ハルキ様の危惧していた通り、北門城攻めは失敗し、パペットの兵士たちは再び城へ閉じこもってしまった。
アイザックたち兄弟は、その兵士たちに紛れて、無事に城内へ潜入していた。幸運にも武器庫を襲撃した時に鎧が手に入れられたおかげで、周囲の兵士たちに紛れ込むことが出来た。
“北門城の兵士は、見たところ寄せ集めだ。女や老人、子供までいる。今更数人の少年兵が増えたからと言って、悪目立ちはしないだろう”
ハルキ様は、そう言っていた。
“だからといって、簡単に紛れることは出来ないだろう。失敗すれば当然殺される。だが、成功すれば敵を内側から突き崩すことが出来る。恩賞も思いのままだ。やるか?”
アイザックも、他の兄弟たちも、迷うことなく頷いた。彼らにはいくつかの状況を想定して指示が出されていた。
例えば――。
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「パペット! 話がしたい」
俺――ハルキは、北門城の前に立つと、大きな声でそう言った。俺の右後ろにはアーティ・マーティが控えている。……そして彼女の背中にはカーラの死体が背負われている。
ばたん、と城の最上階にある窓が開いた。
「今更、何の用だ?」
そこから顔を出したパペットは、嘲笑いながら言う。
ひゅう、と城にいる兵士の一人が矢を射かけてきて、俺の側をかすめていく。
「簡単だよ、パペット。お前には二つの選択肢がある。このままこの城と心中し、皇后レミアとともにあの世へ行くか、あるいはレミア軍に勝利をもたらすか、その二つだ」
「はっ!」
パペットが鼻で笑う。
「たかがだ俗衆の暴動ごときで、レミア様が死ぬわけがないだろう。おい、雑兵、お前の兵隊は何処に行った?」
相変わらず、人を雑兵扱いするのが好きな奴だ。
「ここにはいない。その意味が解るだろう?」
「戦意を喪失して解散したか」
「いいや、南を攻めている」
「なんだと!?」
初めてパペットの声が殺気立つ。
「貴様! 密約を忘れたか!?」
「最初に契約を破ったのは貴様だ! 武器庫に武器などなかったじゃないか!」
「……」
パペットは眉をしかめる。言っている意味が解らない、と言う顔だ。
「仕方がない。南門城が民衆に攻められた程度で堕ちることはない。攻めるだけ無駄というものだ」
「レミア軍に俺の息のかかったものが無数にいるとしてもか?」
「戯言もほどほどにしろ」
「いいや、その証拠を見せてやろう」
カーン。
一回だけ鳴り響く鐘の音。
ここに来る途中、けが人の手当てをしていたビーガンの自警団を捕まえて、物見の鐘を打ち鳴らしてくれるように頼んでおいた。どうやら指示通りに動いてくれたようだ。
それにしても、ちょうどいいタイミングだった。
北門城の大門が、ぎ、ぎ、と音を立てながらゆっくりと開いていく。
「馬鹿な! ありえん!」
パペットが叫ぶが、もう遅い。
アイザックたち兄弟によって、この城の門は俺を迎え入れるべく開いたのだから。
「さぁ、交渉を開始しようか」
俺は両手を広げて叫ぶ。
「お前には二つの選択肢がある。このままこの城と心中し、皇后レミアとともにあの世へ行くか、あるいはレミア軍に勝利をもたらすか。好きな方を選ぶと良い」
もっとも、彼が選べる道など、一つしかない。俺はにやりと笑った。
今、この街で戦っている住人たちは、決して武功によって名をあげようとしているのでも、歴史に名を残そうとしているわけでもない。そんな御大層な名分がなくても、自分たちのために怒り、声を大にして叫んでいるのだ。
それに比べて自分はどうだろう。姑息な浅知恵で、彼らの心理を掌の上で弄んでいる卑劣な人間だ。しかも、弄した策はことごとく裏目に出て、それにもかかわらず、今でもまだ、つまらない謀略を巡らせようとしている。
「強くなりたいなあ」
物語の主人公のような、圧倒的な力や、強力な魔法があれば、こんなにも卑怯な人間にならなくてもよかったのに。姉や兄たちのようなカリスマ性があれば、もっと住人たちをうまくまとめて、カーラも死なずに済んだのに。
……でも、まあ。
この抗争の終わりは、ようやく見えてきた。
あと5話で第1章完結です……の、予定です。
感想、お待ちしております。




