第21話 克己解迷
あれ?
短くなるはずだったのに、いつもと同じ長さになっちゃったぞ。
俺――ハルキは、ぴちゃぴちゃと音を立てながら水の中を歩き、洞窟の中を進んでいく。予言者にもらったクリスタルの光を頼りに、あてどなく進んでいくうちに、少しだけ開けた空間にたどり着いた。
このクリスタルには、死者を遠ざける効果があるようで、遠目にこちらを窺うだけで、彼らは近づこうとはしない。こちらが近づくと、走り去っていく。
けれど、この空間にはもともと死者が居ないようだった。
一種のセーフティースポットか、あるいは、ここにもクリスタルのようなものがあるのか。
クリスタルの様なものは、無かった。
ただ、広場の中央で、一人の少女が水に浮かんでいただけで。
「カーラ?」
いつの間にか髪を短く切りそろえているようだったが、そこにいたのは紛れもなく俺がよく知る少女だった。
彼女の周囲の水は、真っ赤に染まっている。
「カーラ!」
俺は慌てて駆け寄って、彼女を抱き起す。しかし彼女は既にこと切れていた。
「アーティ・マーティ! これはどういう事だ! 何があった!?」
俺は、カーラの右隣に座っているメイドを問いただす。
メイドは驚愕の表情を浮かべた。これまでどんな時でも、それこそ死者と会った時ですらほとんど表情を変えなかった彼女が、初めて見せる顔だった。
「驚きました。私の事に気が付くなんて」
「はぁ? お前は何を言っている? そんなことより、いったい何があったのか説明しろ!」
メイドは、ぽつり、ぽつりとこれまでの経緯を話し始める。
眠り薬の効果が切れ、目が覚めた後のカーラがとった行動のこと。
俺の立てた作戦が失敗し、メダホが死んだこと。
カーラの母親――サラ・バレーが生きていたこと。
レミア軍と交渉し――もう少しで全てが丸く収まりそうなとき、カーラが狙撃されたこと。
すべてを聞き終えた俺は、岩壁にもたれかかり、天を仰ぐ。
思考する。
どこで間違ってしまったのか。
思考する。
これから、どのような策を立てるべきか。
「なあ、アーちゃん」
「……」
「……」
「……」
「なあ、アーティ・マーティ」
言い直してみることにした。
「なんでしょうか」
「この世界には、死人を生き返らせる方法とか、あるのか?」
「そんなもの、人の御業では出来ません」
「だよなぁ」
なら、もういいか。
カーラは死んだ。約束を果たすべき相手はもういない。
ユマは……ユマも、もう死んでいるんだろうな。死んでいないとしても、もうこの戦いをとめることは出来ない。頑張れるだけ頑張ったんだから、もう義理は果たしたようなもんだろう。
“そこが、お前の限界だよ”
あの姉の言葉が脳裏に響く。
あの万能超人なら、こんな困難を覆すことが出来たかもしれない。けれど、俺には無理だ。
「じゃあ、もういいかぁ」
俺はそうぼやいて、ぼんやりとカーラの死体を見つめた。
ぐい、と不意に右の耳たぶを引っ張られる。俺が驚いて見ると、メイドが顔を俯かせ、俺の耳をつまんでいた。
「何をするんだ」
ぐい、と再び無言で引っ張られる。
「ちょ、痛いって!」
「お願いします。カーラ様が守ろうとしたこの街を、救ってください」
ぐい。
相変わらず、機械人形の目は無表情だ。しかし、真一文字に結んだその唇が、耳たぶ越しに伝わる彼女の熱が、その心を雄弁に語っている。
しかし、俺は首を振った。
「悪いな。ここが俺の限界だ」
指揮できる組織もなく、守るべきものもなく、自身の誇りや意地がかかっているわけでもない。俺は、もはやこの戦いを続ける意義を見出せなかった。
そもそも、この街での出来事は他人事だったのだ。巻き込まれさえしなければ、傍観者としてすら関わりたくなかった。カーラが死んだのは、手を引くのに丁度いいタイミングだった。
だから、頼むから、そんな無表情な目で俺を見ないでくれ。
「あなたは、全部を救おうとしていらっしゃるようです」
メイドは、見透かしたように言う。どきり、とした。その通りだった。俺はいつもそうだった。レミア軍を守り、街の人を守り、カーラを守り、魔術師たちが関わってこない様にして……誰一人傷つかない様に、この戦いを終わらせようとしていた。その結果がこのざまだ。
「もしも、ここにいるのが俺ではなく、俺の姉だったなら、出来た筈なんだ」
俺は呟いた。
「あの姉が居れば、カーラは死なずに済んだし、そもそも戦いなんて起きなかった。すごいんだぜ、あの人は」
「そうですか、ではそのお姉さまとやらを連れてきてください」
「姉はここにはいないんだ!」
「では、あなたが何とかしてください」
淡々と、それでいて厳しい口調だった。
俺は、うっ、と言葉に詰まる。
メイドがまたもや、俺の耳たぶを引っ張った。
「ハルキ様。私はすべてを救ってくれなどとは一言も言っていません。ただ、この街と、そこに住む人たちを守ってくれと言っているだけなんです。それが無理なお願いでしょうか」
「……」
「カーラ様の力になってくれるとおっしゃっていましたよね。カーラ様の望みをかなえるために、あなたの力をお借りしたいのです。お願いいたします」
メイドに頭を下げられて、俺は諦めた。いや、踏ん切りがついたと言ったほうがいいかもしれない。カーラを死なせてしまった罪悪感で悲観的になっていた俺は、誰かに背中を押してほしくなっていたのだ。
「もうちょっと、強く引っ張ってくれないかな」
「! はい!」
右の耳たぶが引っ張られる。“馬鹿かお前は!”という姉の声が、今にも聞こえてきそうな気がする。
今何が起きているかは、メイドから聞いた。
情報はすべてそろった……というわけでは無いが、充分に出揃っている。
まだ使える手段はあるか、まだ検討していない可能性はないか。
考えれば考えるほど、新たな選択肢が見えてくる。それを一つ一つ精査して、より成功率の高い作戦を練り上げていく。
「……なぁ、アーティ・マーティ。カーラは、この戦いを終わらせるために、その身を辱めることになっても許してくれるだろうか」
「辱める必要があるのですか?」
「ある」
「でしたら、許していただけるのではないかと」
作戦がまとまった。
「きひっ」
変な笑い声が漏れた。
「アーティ・マーティ、この地下洞窟から出ることは出来るか?」
「はい……それでは?」
「ああ。――反撃開始だ!」
***********
「ぁ……お」
“死者”が呻き、よたよたと水の中を歩く。時折振り返り、こちらがちゃんとついて来ているのかを伺う。俺達の姿を確認すると、またよたよたと歩きだすが、突然体が崩れ、ぴしゃんと水に還る。しかしすぐに水中から新しい“死者”が姿を現し、俺たちの前を歩きだす。
とても恐ろしく、奇妙な光景だった。
「すごいな、これは」
俺は素直な感想を呟く。
この“死者”たちは、アーティ・マーティの命令に従ってこうして俺たちを道案内しているのだ。アーティ・マーティがなぜ彼らを従えることが出来るのか聞いたら、「伊達に長生きはしていませんから」というよくわからない答えが返ってきた。とはいえ、この洞窟は“死者”たちを水に変換するための魔法陣だけあって、彼らの姿は安定せず、少し時間が経つとこうして人の形が保てなくなってしまう。
「だんだん、身体が崩れ落ちるまでの時間が短くなってきています。つまり、この魔法陣の中心部が近いという事です」
メイドが言う。
魔法陣の中心――つまりは、崩れ去ってしまったバレー城の真下に当たる。そこには水をくみ上げるための穴が開いていて、梯子を伝って地上へ登れるようになっているらしい。
やがて、死者たちはほんの数秒すらその形を保てなくなっていく。
そして不意に、上から光が差しこむ場所に出た。
「おめでとうございます。ここが奈落の出口でございます」
メイドが淡々と言った。
アーティ・マーティは無表情がデフォです。
動揺しているときも、驚いているときも、口の端だけで感情表現して、目が笑っていないタイプでしょう。
機械人形ですからね。
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