【番外(後編)】私はお前と一緒にいられて幸せだったぞ、バーカ
番外編、1話で終わらせようとしたのに前後編になってしまった……
しかもやたらと長い。3話にしてもよかったかもしれない。
翌日。
すっかり熱の下がったカーラと機械人形――アーティ・マーティは、人々でにぎわう繁華街を歩いていた。エイは休暇を取っているため、同伴していない。
要塞都市バレーで最大の繁華街は、衣類、雑貨、武具、食材などあらゆるものが行き交い、威勢のいい客引きと、熱のこもった交渉の声で騒がしい。サンドイッチを売る屋台も出ており、パンをあぶる香ばしい香りが、すきっ腹を抱えたカーラの鼻孔をくすぐる。
雨上がりで、少しだけ空気が湿っているものの、空は青く澄み渡っていた。
「2246番マスター様」
アーティ・マーティが呼びかける。
「まて、何だ、その呼び方は」
カーラが聞き返す。
小憎らしい機械人形は唇の端をわざとらしく上げると、どこか偉そうにこう言った。
「私は唯一無二ですが、マスターには替えが効きますから」
「……せめて、カーラお嬢様、とかにしてくれないか」
「わかりました。ではお嬢様。一つ聞きたいのですが」
却下されるかな、と思ったカーラの提案はあっさり受け入れられる。
「お嬢様、たった一日しかない主従体験を、街の散策で浪費してしまっていいのですか? もっと私にやらせたいことはないのですか?」
「ふむ」
カーラは顎を撫でながら考える。
「アーティ・マーティ、私は身勝手なんだ。だから、私の独りよがりを他人に押し付けることがある。特に好きな相手に対してはなおさらだ。お前が欲しいと思ったからそんな風に行動したし、お前と“でぇと”がしたいと思ったからこうして街を歩いている」
やりたいことをやっているだけなんだ、とカーラは言った。
「だから、私が勝手をお前に押し付けているように、お前の身勝手も私に押し付けて欲しいと思っている。お前が私にしてほしい事は何だ? 私にできることは少ないが、何でも言ってみてくれ」
「……そうですね」
アーティ・マーティは、すこしだけ考え込んだ。これまで彼女の主人となった者たちは様々だった。便利な道具として扱う者、対等な友のように扱う者、夜の寂しさを埋めるために扱う者、依存し、神のように崇める者……機械人形である彼女に、自由意思を求めてくるものも、何人かいた。
“お前は私に何をしてほしい?”
主人からそう質問されたとき、アーティ・マーティが返す言葉は決まっていた。
“機械人形に意志を求めないでください”
それだけだった。何度問われても、馬鹿の一つ覚えのようにそう繰り返すだけで、やがて相手は何も言わなくなる。
だが、今、カーラに同じ質問をされて、アーティ・マーティは答えに窮していた。
そして、そんな自分に気づいて困惑する。
「お嬢様、私は……」
それでも答えを紡ごうとして、ふとカーラが視界からいなくなっているのに気が付いた。
いや、機械人形の優れた視野の端には、口をおおわれて物陰に引きずり込まれそうになっているカーラが見えていた。
「カーラ様!」
一瞬ためらって、慌てて追いかける。人混みにぶつかりながら物陰に入り込むと、覆面を被った大男が居た。男はカーラを抱きかかえ、彼女の喉元にナイフを突きつけている。アーティ・マーティは両手を上げ、抵抗する意思のないことを示した。
彼女の背後から別の人影が近づき、アーティ・マーティは後ろ手に縛りあげられる。
「おとなしく付いて来てもらおうか」
大男は低い声でそう言った。
***********
カーラとアーティ・マーティは路地裏にある一件の建物に連れて行かれ、その地下に閉じ込められた。建物の造りが粗いため、あちこちに空いた隙間から光が差し込んでいるが、それでも薄暗い。
中には、古びた酒瓶や木くずのようなものが散らばって、この部屋が長く使われていなかったことが窺われる。
「そこで大人しくしていろ」
二人組の覆面のうち、小柄な方が言う。若い女の声だった。
「何が目的だ! ……アーティ・マーティは渡さないぞ」
ハッと気が付いたカーラが大声で怒鳴る。
「いや、その機械人形はいろいろ面倒くさそうなのでいらないっス……あっ」
「……おまえ、エイか?」
「いえ、エイじゃないっスよ! 赤の他人っス!」
「やっぱりエイじゃないか!」
女が苛立たしげに頭をぼりぼりと掻くと、覆面を外す。
「ああ、もう! カーラ様とずっと一緒にいたせいで馬鹿がうつったっス!」
「ひどい言いがかりだな!」
誘拐されている状況にもかかわらず、一瞬場が白けたせいで、弛緩した空気が漂う。
「それで、私を誘拐した目的はなんだ? 金か?」
「そうっスよ。カーラ様を人質にしてバレー家から金を引き出すっス。安心するっス。金が払われればちゃんと開放するっス」
開き直ったエイが、もう隠し事は無だとばかりに言い放つ。
「バレー家で働いていたのも、私を誘拐するためか?」
「最初は違ったっスね。だけど最近は、今日のためにカーラ様を監視してたっス」
「バレー家が素直に金を払うと思うか?」
「サラ様……カーラ様のお母さまなら、払ってくれるっス」
その言葉に、カーラは少し違和感を覚える。
バレー家の財政を握っているのはカーラの父親だ。金を要求するなら、父親の方ではないだろうか。誘拐という異常事態だ。母親が父親に詰め寄り、金を出させるという事はあるだろうが、今のエイの言い方は、そんな感じではなかった。
とはいえ、そこを突っ込んだところで答えてはくれないだろう。とカーラは考え、別の質問をする。
「私とおまえはうまくやっていたと思うんだがな。何が不満だった? エイが秘蔵していたお菓子を全部食べてしまったことか? そのあと、替わりに安い菓子を詰めておいたのに、エイがうまいうまいと言って食べるのを陰で笑っていたことか? それともお前の履いている下着の色を、毎日メダホに教えていたことか? それともカードゲームで遊んでいるときにズルをして、お前の少ない給金を巻き上げたことか?」
「全部初耳なんっスけど!」
エイが目じりを釣り上げる。
「お嬢様、さすがに身勝手が過ぎます」
機械人形ですら、ドン引きと言った様子でカーラと距離をとる。
「ああ、もういいっス! 金が手に入ったらお前らは殺すっス! 今決めたっス!」
「おい、それはまずいんじゃないか」
もう一人の覆面――大男がエイをいさめるが、彼女は聞く耳を持たない。
「私の正体もばれちゃったし、どうせ、導師様もこいつのことはどうでもいいって言っていたっス! 今までもさんざん我儘に振り回されてきたし、お返しにいたぶってから殺すっス!」
エイは怒鳴るようにそう言うと、ばたん、と地下への扉を閉じる。がちゃん、と鍵のかかる音が響いた。
カーラは薄暗がりの中でもわかるくらいに汗をダラダラと流す。
「まままま、まずいぞ、アーティ・マーティ! なんだか変なことになった!」
「完全に自業自得だと思います、馬カーラお嬢様」
機械人形は呆れたように言った。
***********
「カーラ様が、誘拐された、ですって!?」
南門城主にして、街の南半分の治安維持を任されている自警団長のビーガンは叫んだ。
ここはバレー城の最奥にある、顔役の執務室である。小さい会議も使われることがあるため、執務室にしては広く作られている。
そこには、バレー家の人間をはじめとして、この街の主だったものが集まっていた。
「今すぐに自警団を動かしましょう!」
勇んでそう言うビーガンに対し、諌める者がいた。
「ビーガン殿、まずは顔役様の話を伺いましょう」
北門城主のメダホだった。彼もまたビーガンと同じ自警団長であり、街の北半分を任されていた。
顔役と呼ばれた壮年の男がうむ、と頷く。その男は所々に白髪の混じり始めた三角髭をいじりながら、話し始めた。
「犯人は、カーラの身代金として聖金貨百枚を要求してきた。だから儂らは、のらりくらりと交渉を引き延ばしつつ、カーラの居場所を見つけ、救出すればよい」
「それではカーラ様の身に危険が及ぶのでは?」
と、メダホが問う。
「あれもバレー家の人間だ。こういう時、犯人の要求を飲むのがどれだけこの家の権威に傷をつけるのかわかっている。死ぬ覚悟だって出来ているだろう」
「なるほど」
「それはなりませんわ~!」
引き下がったメダホに代わり、声を張り上げたものがいた。カーラの母、サラだった。
「カーラはまだ5歳にもなっていないんですよ!? 家のために死ねというのは残酷すぎます!」
「では、お前は誘拐犯に従えと言うのか?」
感情的な物言いのサラに対して、顔役は冷静に反論する。
「あなたはカーラが大切じゃないのか、と聞いているんです!」
「大切だとも。この家と、この街の次に大切だ。誘拐犯に渡った金が、このあと何に使われると思う? くだらないことに使われるならまだ良い。けれど、この街を滅ぼす剣となって我々に跳ね返ってくるかもしれない」
サラが、顔役の頬をぴしゃりとたたいた。
「メダホ、犯人の言う通り、金を払っておやりなさい」
サラがそう言うと、メダホは顔役の反応を伺う。
「……いい。金を出してやれ」
顔役が苦々しげに頷き、メダホが部屋を出て行く。
「……私は、自警団の者たちを使って独自にカーラ様を探したいと思います」
メダホはそう言い、顔役が何かを言う前にさっさと部屋を出て行った。
部屋には、サラと顔役だけが残る。
顔役が重い口を開いた。
「すまないな。顔役という立場にいると、時に父親でいる事すら許されなくなる」
「あなたの苦しい立場は理解しているつもりです。ですが、今は父親としてふるまうべき時だったと、私は思います」
サラは、先ほど叩いた顔役の頬をさすりながら言った。
聖金貨百枚――それだけあれば、様々なことが出来る。
例えば、この城を一瞬で崩壊させてしまうほどの火薬を製造することだって、可能な金額だった。
***********
パリィィン。
ガラスの割れる音と、女の悲鳴。
「誰か! お嬢様が! お嬢様が!」
機械人形――アーティ・マーティは、喉から血を流すカーラを抱きかかえながら、叫んだ。
覆面を被った大男が慌てて地下室の扉を開ける。
彼の目に飛び込んできたのは、周囲に散らばる、割れた酒瓶と、喉を押えた血まみれのカーラ。
何が起きたのかは、明白だった。絶望した少女が、自ら死を選んだのだ。
「早く、お嬢様を!」
「! わかった!」
大男が近づき、カーラに手を差し伸べた途端、アーティ・マーティは後ろ手に隠し持っていた酒瓶で大男を殴りつける。大男はよろけるが、倒れはしない。それをさらに二度、三度と殴り続けると、大男は突っ伏すように倒れ込んだ。
「やったか!?」
「お嬢様、それは言っては駄目なセリフです」
意識を失ったかに見えた大男が、よろよろと立ちあがる。アーティ・マーティは冷静に彼の頭に酒瓶を振り下ろしながら、淡々と言った。
***********
「よし、ここから逃げよう」
話は少し前にさかのぼる。
カーラは不意に、思いついたようにそう言った。
「何か、お考えがあるのですか?」
アーティ・マーティが聞き返すと、カーラは「ない!」と言い放つ。
「アーティ・マーティ、機械人形ならあの木戸ぐらい、一撃で粉砕できないか?」
「やってみましょう」
機械人形が木戸に近づき、ぺちん、と殴りつける。分厚い扉は、当然の如くびくともしない。
「うむ、やはり無理があったようだな!」
カーラがわかってました、と言うように頷き、
「私、本当はとっても強いんですよ」
と機械人形は苦し紛れに弁明した。そしてもう一度木戸を殴りつけるが、同じ結果だった。
「お嬢様、私が強いって信じていませんね?」
「か弱い淑女二人で誘拐犯のねぐらから逃げ出さなければならない、となると、策を練らなくてはいけないな」
アーティ・マーティの抗弁を無視して、カーラは話を続ける。なぜこの機械人形がむきになって自分は強いと言い張っているのか、カーラには理解が出来なかった。しかもこの間、アーティ・マーティはずっと無表情である。
「では、ここでこんなものを用意してみた」
カーラが腰のポーチから取り出したのは、真っ赤に熟れたトメトの果実。
「これは、じつに素晴らしい果実だ。甘くて酸っぱくて、水分を多く含んでいるから喉の渇きも癒してくれる。まさに理想のおやつと言えよう。……そして、血糊にもなる」
カーラがベシャッとその果実を自分ののどに押し付けると、軟らかい表皮が破れ、赤い汁が周囲を汚す。確かに、薄暗いこの部屋で、遠目に見ると血のようにも見えた。
「アーティ・マーティ、妾が犯人を惹きつけるから、お前は奴が油断したところをその瓶で殴れ」
「なるほど、承知しました」
機械人形が頷く。
「さて、じゃあ、こういうのはどうかな」
カーラはにやりと笑い、一本の酒瓶を手に取るとそれを床に叩きつけた。
***********
地下室から逃げ出したカーラとアーティ・マーティは、そのままその建物から飛び出した。そこは、人気のない裏路地だった。
「なぁに、逃げ出してるんっスか?」
そこで、ナイフを持ったエイに見つかってしまう。
カーラは少し考えてから、不意に喉を押えて倒れ込んだ。機械人形がそれを抱き留める。
「アーティ・マーティ、妾はもうだめだ」
トメトで染まった手を震わせながら、カーラは弱弱しく言う。
「誰か! お嬢様が! お嬢様が!」
「最後に、教えてくれ……お前は、なぜ、妾の物になってくれなかった。それなのに、おまえはなぜ妾のそばにいてくれた」
「……嬉しかったからです! 何千年も人から忘れられて、ずっとあそこに放置されて、お嬢様に見つけてもらえてもらえたことがうれしかったからです! そして、お嬢様がいずれ、他の主人たちと同じように不幸と絶望の中で死んでいくのだと思うと、怖かったのです!」
カーラは叫ぶ。
実に身の入った演技だった。
しかしエイには通じなかった。
「いや、普通に元気よく動いているところ、見てたッスからね!?」
「……駄目?」
カーラが小首をかしげる。エイが「駄目っス!」と答える。カーラは無言で立ち上がった。
「……時間稼ぎは出来たから、いいんだがな」
「はぁ、何を言って……!」
「そこまでですよ、誘拐犯」
気がつけば、彼女たちはビーガンの自警団に囲まれていた。
***********
「どうぞ、お茶です」
エイが捕まった後、カーラたちはひとまず自警団の詰め所に保護された。そこで、アーティ・マーティがどこからかもらってきたお茶を差し出してくる。
「うむ、ありがとう」
「エイと、犯人の男は捕まったそうです。ただ、残念ながら別の仲間がいたようで、身代金は取られてしまったとのことでした」
自警団の方に聞きました、というアーティ・マーティに、カーラは「そうか」と答える。
気がつけば日が沈み、一日が終わろうとしている。もうすぐ、仮初の主従関係も終わる。
「妾は、おとぎ話で呼んだ機械人形というものに、ずっと憧れを抱いていたんだ」
お茶を口に含んでから、カーラはポツリとつぶやく。
「おとぎ話に出てくる機械人形というのは、本当に単純な仕事をするだけの代物でな、料理をする機械人形はひたすら料理を作り続けるし、洗濯をする機械人形はずっと洗濯だけをしている。お前のように自由意志を持って動き、考える機械人形ではなかった」
カーラの独り言にも似た独白を、アーティ・マーティは黙って聞いている。
「私は、ノックの古道具店に行ったとき、機械人形なんて貴重なものは当然店の一番目立つ場所に置かれているだろうと考えたし、だからこそショーウィンドウの中にいるお前を見つけたとき、それを当然だと思っていた。けれど、ノックはお前の事を知らないと言う。そのことがずっと頭の中に引っかかっていたし、ずっとその答えを考え続けていた」
カーラは、真っ直ぐに機械人形を見る。アーティ・マーティは、背筋がゾクリとするのを感じたが、決してそれを表情に出すことはなく、じっとカーラを見返した。こうして才能の片鱗を見せてくるから、カーラと言う少女は恐ろしいのだ、と機械人形は思った。
「先ほど、おとぎ話に出てくる機械人形は単調な仕事しか出来ないと言ったが、一つだけ例外がある。それこそ、伝説と言われるような機械人形の話だ。それは、他者からの観測によってはじめて出現して、他者の想像した通りの性質になるらしい。つまり、誰かが『そこ』に機械人形がいると確固たる確信を持っていなければ、その機械人形を見る事すらできないという事だが」
おとぎ話の中で、その機械人形は主人と一緒に様々な冒険を繰り広げる。ドラゴンを退治し、邪神を滅ぼし、滅びかけた世界から、人々を救いだす。機械人形の主人もまた、強大な魔術師としてその名を語り継がれている。
カーラはお前がその機械人形なんじゃないか、と聞こうとして、寸前でやめる。それを知ったところで、何だというのだ。彼女はずずっとお茶を飲み、「ところで」と話を切り替えた。
「さっきのあれは、お前の本音か?」
「何の事ですか?」
「エイに見つかった時、お前が言っていたことだよ。私と出会えて、お前は嬉しかったのか」
「あんなの、単なるお芝居ですよ」
「そうか。お芝居か」
カーラはもう一口、お茶を啜ろうとして、カップが空になっているのに気が付いた。
「おかわり」
「はい、お嬢様」
差し出されたカップを自然に受け取るアーティ・マーティ。
そこには、確固たる信頼関係が確立されていた。
次回から本編に戻ります。
番外編が長くなり過ぎた分、しばらくは短いです。
感想、お待ちしております!




