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【番外(前編)】私はお前と一緒にいられて幸せだったぞ、バーカ

カーラとアーティ・マーティの出会いの話。


 これは、何年も昔、皇后レミアが要塞都市バレーに来るずっと前のお話。

 バレーの中心部から少し北寄りの、大通りからも少し外れたところに、ノック古道具店はあった。

 石畳の敷かれた細い路地には人通りも少なく、もっぱら通るのは近隣住民だけである。その古道具店には大きなショーウィンドウがあったが、そんな場所では宝の持ち腐れであり、普段は商品を展示するでもなく、もっぱら邪魔なガラクタを置く場所となっていた。そこは店主である老人――ノックが余生を楽しむために経営している、道楽のための店だった。


 しかし、その日は珍しく、その店の前で足を止める者がいた。その少女は、額をショーウィンドウに押し当て、目を輝かせながら中を見つめている。

 年はせいぜい、4歳か5歳と言ったところ。本来ならば親と一緒にいなければ外出などできない年齢だが、彼女の周りにそれらしき人物はいない。その代わり、メイドが一人、影のように彼女の右後ろに控えていた。

 金髪の、カールを描いた髪。利発さと純真さを秘めた瞳。その瞳は、ショーウィンドウの中にある機械人形に釘付けだった。


「エイ! 本当にあったぞ! この店が機械人形を仕入れたという噂は本当だった!」

「よかったっスねカーラ様! ずっと探していたものがこんなに近くにあったなんて!」


メイド――エイと、カーラは両手の平を合わせてきゃぴきゃぴと小躍りする。

 機械人形は数百年前まで大陸中で使われていたという。それこそ料理から洗濯、簡単なお遣いまでこなすことが出来たと言うが、現存しているものはほとんどなく、まともに機能するものとなるともっと少ない。それこそおとぎ話に出てくるような存在であり、カーラも寝物語として聞いて以来、ずっと機械人形に憧れを抱いていた。

 居ても立ってもいられず、カーラは店に飛び込む。


「店主! 自動人形が欲しい! 譲ってくれ」


 カウンターの奥でうたた寝をしていた店主――ノックは、元気よく飛び込んできた彼女に驚いてびくんと体をちぢこまらせると、老眼鏡をかけ、胡乱げな目つきでカーラを見つめた。


「バレー家んところの嬢ちゃんか」


 老人は、カーラを見下ろして言った。


「何ンか、欲しいものでもあったかい」

「自動人形だ! この店にあると聞いたが、本当だったんだな!」


 老人が眼鏡の奥で笑い、立ち上がる。


「ああ……あれか。奥の倉庫にある。ちぃっと待ってな」

「え?」

「ん?」


 そこで、どうやら会話がすれ違っていることに気づき、二人は首をかしげた。



***********



「何ンだぁ、こいつは」


 ノックは、くの字にまがった腰をさすりながら、ショーウィンドウの中を見つめて、呆けたような声を上げた。


「何って、自動人形だろう。店主が展示したのだろ?」

「いンやぁ、俺は知らん」


 カーラの質問に、店主が首を振る。

 そこに飾られていたのは、とても美しい女性の姿をした自動人形だった。珍しい黒色の髪はきちっと結い上げられ、目を閉じたままじっと直立不動で立っている。なぜかメイド服を着ているが、バレー家のメイドが着ているような実用性重視のものでは無く、むしろ華やかさに重点を置いた造りのものだ。

 ぱっとみると人間のようにも見えるが、あまりにも精巧に作られすぎているせいで、逆に作り物感が強くなっている。


「ま、俺の店にあるってことは商品なンだろうなぁ。仕入れた覚えはないが、買いたいってンならユグドラ銀貨で20枚ってところだなぁ」


 自分の知らない商品が自分の店にある、と言う時点で奇妙な状況なのだが、ノックはあっけらかんとそう言い放つ。


「20枚!? 機械人形がそんなに安くていいのか!!」


 カーラが驚く。


「おいおい嬢ちゃん、ユグドラ銀貨20枚ってンのは、寝小便垂れてるガキが安いって言えるような金額じゃねぇぞ」

「馬鹿を言え。私はもう寝小便などしないんだぞ」

「ええ。少なくともここ三日……四日はおもらしをしていませんよね」


 エイが茶々を入れる。どんなに大人ぶって見せても、カーラはまだ子供だ。数日前に盛大な地図を描き、彼女かの母親から大目玉をくらっていたことは、エイの記憶に新しい。


「まぁ、機械人形にしては安いんだろうがなぁ。見たところ、機能してねぇようだし、ただのポンコツなら妥当な金額だろう」


 ノックはそういうと、懐からパイプを取り出して火をつける。煙草の甘い香りが広がる。

 じっと機械人形を見つめていたカーラが、「本当に動かないんだろうか」と呟いた。


「店主。仮に私がこの機械人形を動かせたとして、値段は変わらないよな」

「……いいぜ」


 店主が頷いたので、カーラは機械人形の胸に手を当てる。

 そして呟いたのは、魔力を流し込むための呪文。


「ターフ・ラー・チー」


 三人は、じっと機械人形を見つめる。少し時間が経ち、やはり何事も起こらないのか、と三人が思い始めた頃、ぴくん、と人形の体が震えた。


「統一歴10224年若葉の月第19日、正午ちょうど。再起動を実行します。エラーチェック……重大なエラーはありません。正常に起動しました」

「こいつ……しゃべったぞ!」


 カーラが飛び退くと、機械人形はゆっくりと目を開けた。紫色の瞳が、じっとカーラを見つめる。


「おはようございます。私の名前はアーティ・マーティ。以後お見知りおきを」

「すごいですカーラ様! どうして起動方法がわかったんですか?」


 エイが目をキラキラさせてカーラを見つめる。


「はっはっは。なぁに、機械人形が食事をしないという話は有名だからな! じゃあどうやって動力を得ているのか考えたときに、一番自然なのは魔力を使う事だ。世に広く普及していたものなら、簡単に起動できるようになっていただろうし、単純に魔力を流し込めば動き出すと考えたのだ!」


 カーラは鼻高々と言った調子で答える。


「店主! ユグドラ銀貨20枚だな? 今更前言を翻したりはしないな!?」

「ぁあ、いいもンを見せてもらったし、それでいいよ」


 ノックが頷くが、そこで口をはさむものがいた。


「お待ちください。銀貨20枚というのは私の値段でしょうか」


 機械人形――アーティ・マーティだった。


「そうだが?」


 ノックが答える。

 アーティ・マーティは眉をしかめると、ポツリとつぶやいた。


「……大陸金貨一万枚」

「何だって?」

「大陸金貨はもう使われていないんですか? 現行通貨で一番高額なのは?」

「聖金貨だろうなぁ」

「じゃあ、聖金貨十万枚。私が欲しいなら、それだけ払ってください」


 アーティ・マーティはしゃがみ込み、カーラを見る。


「いや、無理だろ! 城が買える金額だぞ!?」


 カーラが抗弁するが、それを見てノックが笑い出した。


「くっくっく。確かに、本人の意思を無視して値段を決めるのはよくねぇなぁ……まぁ、俺の取り分は銀貨20枚でいい。あとは嬢ちゃん、この人形を口説くこったな」

「……わかった。おい、機械人形! アーティ・マーティとか言ったか」

「はい」

「これから毎日ここに来て、お前を口説き落としてやる! 覚悟していろ!!」


 カーラがびしっと機械人形を指さして宣言した。

 機械人形は、やれやれ、と肩をすくめて見せた。



***********



 一日目。

 カーラは真っ赤な花束を抱えてやって来た。


「これはなんですか?」

「見ての通り、花束だ! おまえにやる。どうだ、私の物になる気になったか?」

「……アマリスの花ですね。甘い香りで虫を呼び寄せ、捕えてしまう食虫植物です。花言葉は“偽りの愛”」

「えっ……」


 作戦失敗。



二日目。

 数人のメイドを引き連れてやって来たカーラは、日本の紐で吊った木の板を持ってきて店の入り口に括り付けさせた。


「これは?」

「ブランコだ! 本当は吊り橋を使いたかったんだが、妥協してこうなった。乗ってみてくれ!」

「? はい」


 アーティ・マーティが木の板の上に立つ。木の板は真っ二つに割れた。


「私は機械ですから、普通の人より重いですよ」

「おぅ……」


 作戦失敗。



 三日目

二頭立ての豪華な馬車が古道具店の前に止まった。

 窓があき、なぜか色眼鏡を掛けたカーラが身を乗り出す。

 カーラは親指で馬車の中を指示しながら、


「ヘイ彼女、乗ってかない?」


という。


「では、失礼します」


 機械人形が乗り込むと、馬車はゆっくりと走り出す。


「それで、どこまでいく?」

「では、ノック古道具店まで」

「おぅ、もぉ……」


 馬車が停まり、そこから降りた機械人形がショーウィンドウの中に戻る。

 その距離、わずか十歩。

 作戦失敗。



 「やはり、おいしい食事に勝るものはないと思うんだが」


 その夜。

 ベッドに座って、カーラとメイドのエイは作戦会議をしていた。

 お揃いのネグリジェを着てわいわいと議論している様子は、さながらパジャマパーティーの様であったが、二人は至って真剣である。


「いや、機械人形は食事が出来ないって聞いたっス! やっぱり、口説くなら歌と踊りに勝るものはないと思うッス!」


 エイが主張する。


「なるほど、歌か。何の歌がいいと思う?」

「カーラ様が機械人形様を想って作った唯一無二の曲がいいと思うッス! 踊りは……たとえば、メイドたちに変装させて街中に潜ませて、カーラ様が唄い出した途端に出てきて、一糸乱れぬ踊りを披露するっていうのはどうっスか? モブが急に踊り出すから、題してモブフラッシュっス!」

「おお! ……なんだろう、この、しっくりきている名前なのにどこか違和感があるもやもやは」


 その時、開きっぱなしになっていた部屋のドアをコンコンと叩く者がいた。


「楽しそうね、カーラ」

「かあさま!」


 入口に立っていた優しげな女性に、カーラは嬉しそうに飛びつく。


「また機械人形の話?」

「そうなのです。なかなか手ごわい相手なのですよ!」

「それにしては嬉しそうに見えるけど?」


 かあさまと呼ばれた女性――サラは、カーラの頭をなでながら言う。


「嬉しい……そうかもしれません」

「機械人形の代金ぐらい、私が出して上げられれば良いのだけれど。この家のお金は全部お父様の物なのよ。ごめんなさいね」

「かあさま……いえ、あの機械人形は私が口説き落とすと決めたのです。それより、何か御用があって来たのではないのですか?」

「そうだったわね。ちょっとエイを借りに来たの」


 サラはそう言って、カーラの右後ろに立つエイを見る。

 エイが真剣な顔でうなずいた。


「わかりましたっス。カーラ様、ちょっと時間がかかると思うから先に寝ておいてほしいっス。あ、トイレには行っておいたほうがいいっすよ」

「私が毎日おねしょをすると思っているなら大間違いだぞ!」


 憤慨するカーラをしり目に、サラとエイは部屋を出て行った。



***********



 翌日。

 翌日は雨だった。水が貴重な要塞都市バレーにおいて、実に50年ぶりの出来事だった。人々は鍋やら盥やら、水をためられるものを慌てて外に出し、つかの間の幸運に喜んでいる。なかには昼間から酒を引っ張り出してきてお祭り騒ぎをしている者もいた。

 そんな日も、カーラは古道具屋にやってきていた。エイは雨のせいでいろいろとやらなければいけないことが出来たので、今日は一人だ。

 濡れ鼠になったカーラを見下ろして、機械人形は口を開く。


「なぜ傘をささないのですか?」

「傘とはなんだ?」

「雨を避けるための道具です」

「そんなもの、この街にあるわけがなかろう」


 なにせ、カーラの父親ですら、雨を見たことがないほど、この街に雨は少ないのだ。


「それに、全身に水を浴びるというのは気持ちのいいものだ! 服が体に張り付く感触というのも新鮮で面白い!」


 嬉々としてそう言うカーラに、ショーウィンドウの中にいる機械人形は呆れたような視線を向けるてから、一歩横にずれ、空いた空間を指さす。


「風邪をひきますよ。せめて、中に入ってください」


 それを聞いたカーラは、目をきらっと輝かせると、ショーウィンドウの中に入ってきた。


「こんな日ぐらい、家で大人しくしていればいいのでしょうに」

「毎日来ると約束したからな! おかげでほら、一歩お前に近づいた」


 ショーウィンドウの縁に腰掛け、足をプラプラさせながらカーラは笑う。


「あなたは、なぜそこまでして私が欲しいのですか?」


 機械人形が尋ねる。

 カーラがむむむ、と口をへの字にした。


「そういえば、最初は好奇心だったな。おとぎ話に聞く機械人形というものを、ぜひともこの目で拝み、出来る事なら手に入れたかった。……けれど、今は、……どうなんだろうな」


 首をかしげて悩むカーラ。機械人形は口をはさむこともなく、じっと答えを待ち続けた。


「私はお前が欲しい。……けれど、それがなぜなのか、頭でわかっていても言葉にするのが難しい」


 ぴょん、とショーウィンドウからカーラは飛び出す。


「明日までに考えてくる! 少し、待っていてくれ」


 そして少女は走り去っていった。



***********



 翌日。

 五日目にして、ついに少女は来なかった。

 飽きてしまったのか、それとも答えを見つけられなかったのか、と機械人形は考えたが、それでも何も言わず、じっと立ち続けた。

 カーラと機械人形のやり取りを毎日のように眺めつづけていた店主のノックが、退屈そうに欠伸をした。

 その翌日。

 やはり、カーラは来なかった。

 ノックがカウンターに頬杖をついてうたた寝をしていると、不意に機械人形が彼に声をかけた。


「店主」

「んぁ?」

「カーラ様は、風邪をひいておられるのかもしれません」

「そうか」

「つきましては、お見舞いに行きたいのですが」

「……店を出てまっすぐ右に行くと大通りに出る。そしたらでっかい城が見えるから、そこに行けばいい」

「案内してください」

「めんどくせぇ」


 ばん、と機械人形がカウンターを叩く。大きな音がして、ノックがびくつく。


「案内してください」

「お、おう」


 なんだかんだ、お前もあの嬢ちゃんが気に入ってるんじゃねぇか、と、ノックは心の中だけで呟いた。口に出して言うのは、なんとなく恐かったのでやめておいた。



***********



「エイ、トメトが食べたい。買ってきてくれ」


 熱にうなされ、朦朧としながらカーラが言う。

 機械人形の予想通り、雨に打たれたせいで風邪を引いたカーラは、床に臥せっていた。それでも機械人形との約束を果たすために出かけようとしたが、さすがにエイに止められてしまった。


「駄目っス! トメトの実には利尿作用があるっス! 食べ過ぎると脱水症状を起こすっス!」


 トメトとは、赤くてみずみずしい果実だ。この街で作られたものは特に甘酸っぱく、カーラの好物だった。


「エイはいじわるだぁ……」


 カーラはそう呟き、また夢とも現ともつかない意識の海をただよう。額の上の濡れタオルを誰かが取り替えてくれたことも、どこか他人事のように認識していた。


「エイ」

「エイではありません、カーラ様」


 どこかで聞いた声がして、カーラはうっすらと目を開けた。


「アーティ・マーティ、か。……夢?」

「ええ。ここはあなたの夢の中です。ゆっくり休んでください」


 そういうことにしておきましょう、と機械人形は呟く。


「お水、飲みますか?」

「……ほしい」


 機械人形がカーラを抱きかかえて、コップの水を飲ませる。

 再び横になったカーラは、「私は」と呟く。


「私は、お前に理想の主人だと言われるような人間になりたいんだ」

「? ああ、この前の答えですか」


 カーラが機械人形を欲しがる理由。彼女が保留した答えだ。

 カーラは頷く。


「私は、お前に好かれたいんだ……はは、答えにはなっていないな」

「……」


 機械人形は側に置いてあった盥で濡れタオルを洗うと、カーラの汗を拭う。


「私の主人になる人には、三つ、承諾してもらっている事があります。一つ、私の本当の主人はただ一人だけです。あなたはあの方の代用品でしかありません。二つ、私にとって一番大切なのは、私の命を守ることです。ですから、機械人形だからと言って命がけであなたの命令を遂行するわけではありません。三つ、私はこれまで多くの主人に仕えてきましたが、その全てが不幸の中で、歎き、後悔しながら死んでいきました。……あなたはこの三つを承知していただけますか」

「つまり、私の物になってくれるのか!?」


 カーラががばっと跳ね起きる。機械人形がその肩を押え、寝かし直す。


「一日だけです。お試し主従体験をしてあげます、と言っているんです。寝小便が治らないような子供に、私が本気で仕えると思っているんですか?」

「なっ! なぜその事を知っている……はっ! さてはお前、最初から起動していたな!?」


 寝小便の話を機械人形の前でしたのは、最初に出会った時、彼女が起動する前……のはずだった。


「最初は、私に話しかけていると気付いていなかったのです。なにせ、人と話したのは千年ぶりですから」


 機械人形はあっけらかんと言い放った。



アーティ・マーティは花についてとても詳しいです。

きっと、昔の主人の中に花の専門家がいたんでしょう。


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