第2話 華笑鳥歌
本日第2話目更新です!
ぎぃ、と音を立てて酒場の扉が開く。それと同時に鳴り響く拍手。
「ようこそ、神託の救世主様!」
「我々はあなたの来訪をお待ちしておりました」
「救世主様を迎えることが出来て、心の底からうれしく思います!」
昼間とは言え、いつもは飲んだくれ達がくだをまき、下世話な喧噪で満ちている酒場だが、今日は十名ほどの女性たちしかいない。レミア軍親衛隊。この都市を実効支配している皇后レミアの直属騎士団だ。迎え入れられた赤ら顔の中年男は、そうとは知らず、「なんだぁ」などと戸惑いの声をあげながらも、その見目の麗しさと香水の香りに鼻の下を伸ばしている。
「……む。集合」
真ん中に立つ女性が声をかけると、ざっと親衛隊員たちが彼女を取り囲む。
「なんか、イメージと違いませんか」
「こんなおっさんはお呼びでない」
「言っては何ですが……不細工?」
「ひょうたんみたいな顔だし」
「そう、そんな感じ!」
「副長、救世主様の特徴をもう一度教えてください」
「む。黒髪黒目、18,9の少年。自称異世界人で奇妙な服装をしている」
「……微塵も当てはまらないじゃないですか」
ひそひそと小声で話す隊員たち。入ってきてからずっと無視された中年男は、やがて耐えきれなくなったのか、
「おいおい、レディーたち。内緒話はいけないなぁ。ちょっとおじさんとエールでも飲み交わさないかい」
その一言が合図となった。
隊員たちは男をじろりとにらみ、
「出ていけ!」
尻を蹴飛ばして酒場から追い出した。
「副長、本当に神託の救世主様は現れるのでしょうか」
「そろそろ予定の時間を過ぎようとしていますが」
「予言の書には、何と書かれているのですか?」
「む。皇歴1560年蛇の月、黄水の日。緑の時刻。要塞都市バレーの酒場にて無法者同士のつまらぬ諍いがある。しかしそこに黒髪黒目の少年が現れ、見事な采配でその場を収めるであろう。奇妙な出でたちをした18,9ほどのその少年こそが、神託の救世主にして救国の英雄。時の皇后に忠義を尽くし、乱世を終わらせるであろう。しかし、努々油断するなかれ。異世界から来たと称するかの者に、この国の理は通じない。互いに理解することを怠ってはならず、ひとたびそれを怠れば、彼の剣は皇国を滅する凶刃となるであろう」
「長いです長いです。わかりやすく言ってくださいよ」
「つまり、酒場で喧嘩が起きて、それを解決するのが救世主様って事よ」
「ああ……つまり、酒場を貸し切りにしてしまったために、救世主様が現れるきっかけとなる喧嘩も起きなくなってしまったと。」
隊員の一人がつぶやいた。
ぴたりと彼女たちの動きが止まる。
しんと静まり返った店内に、冷ややかな空気が流れる。
一秒。
二秒。
三秒。
「さ、さがせぇ! バレーにある道という道、建物という建物をすべて調べて回れ!!」
「救世主様は必ずやこの都市のどこかにいる! 草の根を分けても見つけ出すのだ!!」
「忘れるな、黒髪黒目の少年だぞ! 遠目でみても目立つはずだ!」
「救世主様を探すためならば男湯を覗くことも許す! 私が許可する!」
「いや、覗きはしちゃだめでしょ」
「そもそも覗きたくないし」
彼女たちは慌てて店の外へと飛び出していった。
残ったのは、店の主でもあるバーテンダーただ一人。最初からいたにもかかわらず、まるで空気のように忘れ去られていた彼は、いつもながら漫才のような親衛隊たちを呆れた目で見送りながら、彼女たちが残していったコップをカチャカチャと洗う。そしてふと、代金の支払いがされていないことに気付き、溜息をつくのだった。
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