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第19話 錆剣緩弦

サラの口調、描き分けはやりやすいけど、どんなに深刻な場面でも気が抜けてしまうんですよね~

もう~、修正しようかな~。


 奇妙な戦争だったな――とカーラは考えていた。

 レミアの立て籠もる北門城に向かいながら、自分が寝ている間に起きた出来事について周囲の人々から聞いたカーラは、この戦争がとても奇妙なものに思えて仕方がなかった。

 普通、戦争というのは将と将が、兵士をそろえてぶつかり合うものだ。傭兵や難民が参加することもあるが、その場合でも戦いは、死を覚悟した者同士で行われる。レミア軍は、まさに戦争を行うための組織だろう。けれど、自分たちは違う。軍隊という体をとっているわけでもなければ、民衆に死の覚悟があるわけでもない。――彼らを先導して、ここまで連れてきてしまった自分が言うのも何だが、このまま殺し合いを始めたとしたら、すぐに民衆の戦意は喪失し、逃げ去ってしまうだろう。


 まさに、南門城ではそれが起きたという。ハルキが殺され、メダホも殺され、リーダーを失い死の恐怖にかられた彼らには、混乱して惑うことしか出来なかった。

 この戦争は、一度剣を交えてしまったら、その時点でこちらの負けになる、という事をカーラはよく理解していた。

 だからこそ、ここでの交渉ですべてを解決しなければいけない。これは交渉という名を借りた戦いだ。言葉という武器を使い、民衆という無言の圧力を使い、皇后レミアを説き伏せなければいけない。それがバレー家の人間に与えられた責務だ。

 南門城の前で防衛線を築いていたビーガンは、一度後退させて、負傷者の救護に行かせた。血の気の多い自警団では、交渉中に暴走してしまうかもしれないからだ。


「アーティ・マーティ、そこで控えていろ」

「はい、お嬢様」


 機械人形のメイドは、忠実にカーラの命令を守る。

 アーティ・マーティとカーラは、数年来の付き合いだ。齢10歳に満たないカーラからすれば、人生の半分近くをこのメイドと過ごしてきたことになる。どんなに怖くても、不安でも、アーティ・マーティが側にいてくれると思えば、カーラは覚悟を決めることが出来た。魔術師たちの暗躍に気が付き、領民を説得するために走り回っていた時にも、この忠実なメイドがすぐ後ろに控えて、背中を押してくれた。

 それに、今は一人で矢面に立つ必要はない。


「かあさま、行きましょう」

「ええ。ですが、交渉するのはカーラですからね~」

「わかっています」


 ――本来ならば、バレー家の人間であり、中堅貴族の娘として高度な教育を受けて育ったカーラの母――サラ・バレーのほうがこういった交渉には適しているだろう。まして、サラの実家は皇后レミアとも付き合いのある家柄で、サラ自身レミアと面識がある。交渉には最適な人材と言ってもいい。

 サラが城の崩落を逃れ、生き残っていたと知った時、カーラは当然サラが民衆のリーダーになるのだと思っていた。しかし、サラはそれを拒否した。


「私に民衆は従いませんよ~」


 ここに来る途中、サラはそう言っていた。


「私には~、バレー家の血が流れていませんから。それに~、直系であるカーラがいるのに、カーラを差し置いて私が民衆を導くことはできないのです」

「しかし、私は、まだ子供です」

「幼帝が一国を統治した例など、いくらでもありますよ~。……大丈夫~。私がサポートしてあげますから。あくまでカーラは、旗頭として構えていればいいんですよ~」


 そういわれてしまい、カーラはしぶしぶと最前線に立つことを受け入れた。

 カーラは、眼前にそびえたつ城壁を眺める。人の丈の十倍はあるだろう城壁は、東の崖の端から西の崖の端まで伸びて、この街の南を守護する要となっている。……もっとも、上からの攻めに弱いこの都市からすれば、こんなところを守ってもあまり意味はないのだが。

 カーラはスゥっと息を吸い込んだ。


「私の名前は、カーラ・バレー! この街の顔役代理である! 皇后レミア、並びにレミア軍の兵士諸君! 我々は交渉をするためにここに来た! 和平と秩序を望むなら、門を開けて交渉に出てこい!」


 声は朗々と城門前の広場に響きわかる。

 幾度か同じことを叫びつづけると、不意に城門が開く。

 中からは、女騎士をぞろぞろとひきつれた老婆が出てきた。

 全身に甲冑を纏い、赤いマントをたなびかせながら出てきた老婆は、真っ白な白髪を風になびかせている。腰に下げた剣はよく使いこまれており、老いてなお彼女が屈強な兵士であることを示していた。


「レミア様直属親衛隊のバーバラじゃ」


 カーラの前にすすんだ老婆は、よく通る声でそう名乗った。


「要請に応じて交渉に参った次第じゃ。貴殿がリーダーか?」


 老婆は、グレーの目でカーラを見つめる。子供だからと言って侮ることなく、一人の将を見つめる視線であった。


「要塞都市バレー、顔役代理のカーラ・バレーだ。我々は、歎願か、或は戦いをするためにここに来た」

「戦いじゃと!? たかが民衆が秩序に剣を向けることが、戦いだと貴殿は思っているのか?」

「否! レミア軍が秩序を維持していたなら、我々は立ち上がることなどなかった。しかしその秩序はバレー城の崩壊とともに崩れ去った!」

「……」


 老婆は少し黙った。表情はなく、じっとカーラを見つめる。


「ならば、貴殿らは何のためにここへ来たのじゃ。貴殿らが秩序でないと言い張る我らレミア軍に、何を求めるためにここへ来た?」

「先ほども言った通りだ」


 カーラは老婆の無表情にひるみ、それを誤魔化すために少し口角を吊り上げながら答える。


「我々は歎願に来たのだ。これ以上皇后レミア様がこの街の秩序を乱さないよう、この街を退去していただきたい。もしも今、この都市を退去していただけるのなら、軍事行動に必要な物資と食糧を提供する用意がある!」

「……民衆の意をくむのは、われわれ為政者の義務じゃ。だが、ただ民衆の言葉に従うというのは、為政者として間違った行いじゃと儂は考えている」


 あれ? とカーラは心の中で首をかしげる。

 バーバラのこの言い方は、まるで、条件によっては出て行ってもいいと言っているようではないか。……なるほど、彼らのメンツを守れば、この街から退去してくれるという事か、と、カーラは解釈する。

 ならば、とカーラはそこで片膝をつき、頭を垂れた。

 民衆がざわめく。


「レミア様親衛隊のバーバラ隊長様!」


 カーラは口を開く。


「皇后レミア様には、諸将が乱戦を繰り広げ、秩序を失ったこの国に新たな秩序を築いていただきたく思います! 帝国の平和は我々辺境の住民にとっても悲願! どうか、軍を興し、この国を導いてください。そのために我らは、物資や食料を献上いたします!」


 滑稽だな、とカーラは内心で嘲笑った。お前たちは秩序ではない、と言った舌の根も乾かないうちに今度は秩序を築いてくれと言う。都合のいい話だが、これが政治というものかもしれない、と思った。だとしたら、そんなものに翻弄されている自分は何と滑稽なのだろう。


「立つのじゃ、カーラ・バレー」


 老婆――バーバラがカーラの肩に手を置き、やさしくそう言った。

 やはり、これが正解だったらしい。

 バーバラは民衆に宣言する。


「貴殿らの意は、確かにくみ取ったのじゃ。我らはひと月の後、この都市を引き払い、帝国再興のために動くことにする! それまで、貴殿らの忠義と尽力に期待するのじゃ!」


 最初に声を上げたのは、誰だっただろうか。

 歓声とも叫びともつかない声がどこからか上がり、やがて全体に広まっていく。


「皇后レミア様 万歳!」

「バレー家 万歳!」

「カーラ様 万歳!」


 血は流れた。

 民衆は、多くのものを失った。

 この街を立て直すのには、また長い時間が必要だろう。

 特にバレー家という屋台骨が瓦解しかけている今、それは困難な道だ。――水を作り出すバレー家の魔法陣も、今まで通り維持できるか疑わしい。けれど、これ以上の戦いはないのだ。それが、この場では何よりの僥倖だった。


 カーラは立ち上がり、民衆に向かって両手を振る。その顔は歓喜に満ちていた。

 その時、パァン、という乾いた音が、広場に響き渡った。

 カーラはその音に一瞬、体をびくつかせて、それから胸のあたりがジワリと熱くなっていることに気が付いた。不思議に思い、胸に手を当て、手が真っ赤に染まったことに首をかしげる。

 そのまま、どさりと倒れた。


“銃……”


 朦朧とした意識の中で、カーラは、その音の正体に思い至り、戸惑う。


「お嬢様!」


 忠実なメイドが駆け寄る。

 サラ・バレーが叫んだ。


「皇后レミアの仕業よ! 銃でカーラが撃たれた!」


 民衆が一気に殺気立つ。


「なっ! そんなはずはっ!」


 レミア親衛隊のバーバラが否定しようとするが、思わぬ事態に彼女もうまく言葉を紡げない。


「皇后レミアを殺せ!」


 サラが鬼気迫る声で民衆をあおる。

 そこからは早かった。

 民衆が城壁に押し寄せ、門塀に襲い掛かる。レミア軍は城壁の上から弓で反撃するが、民衆の数の方が圧倒的に多い。

 サラが手早く民衆を纏める。彼らを指揮するためにその場を離れようとしていた彼女を、アーティ・マーティが呼び留める。


「サラ様!」


 メイドは血まみれのカーラを抱きかかえながら叫んだ。


「お嬢様を! あなたの娘を置いて行かれるつもりですか!!」

「カーラ~? そんなの」


 サラの目は、どこまでも冷たかった。


「そんなの、死んじゃったらただの血と肉でできたゴミでしょう~?」


 彼女が“導師”という名前で、ボイルに行った時と同じような口調でそういって、サラは立ち去っていく。


「アーティ・マーティ……」


 カーラがもうろうとした意識の中で、メイドに呼びかける。


「お嬢様! 今は喋らないでください」

「私を……奈落の底に連れていけ」

「!」

「死体が出てこなければ、私が死んだことも、証明できない。私が死ななければ、ワンチャンある」


 ちょっとおどけたような口調で。

 けれど、口から血を吐きながら。

 確かに、カーラが生死不明なら、カーラの死をなかったことにして、だましだましこの街の秩序を回復できるかもしれない。もっとも、ここで民衆の怒りが収まり、この場での戦いが終わったとしたら、の話だが。

 今、それが出来る人間はいない。


「駄目です! お嬢様をそんなところで死なせたくありません!」

「はは……アーティ・マーティは我儘だなぁ。これは命令だ。私を奈落に堕とせ」

「……わかりました」


 メイドは、主人の体を持ち上げるとゆっくりと歩きだす。彼女に長年仕えたメイドは、この近くにある奈落の入り口も知っていた。


いよいよバレー騒乱編も終盤に差し掛かっています。



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