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第18話 水滴漣盆

おかしい。

戦争が描きたかったのに、交渉ばかりしてる。


「……なるほど、ハルキ、ですか」


 レミア軍最高参謀、ロウは執務室の長椅子で胡坐をかきながら、老人――鍛冶師ボイルの話を聞き、そう呟いた。実の娘であるユマの死体とともに魔術師たちから離れ、皇后レミアの元に逃げ延びた彼は、これまでの出来事や、魔術師たちの正体、導師が暴いたハルキの計略まで洗いざらいをロウに吐露した。

 諜報能力が弱体しているレミア軍において、実質的に今回の戦いに関する第一報だった。


「俺は……どう、すべきだったんじゃろうか」


 ボイルは跪き、俯いたまま呟く。彼の両手は後ろ手に縛られ、二人の兵士によって槍の柄で首根っこを押さえられていた。彼とロウの間には、ユマの死体が横たえられている。


「何もしなくてよかったんですよ、ご老体」


 ロウはあっさりと言い切る。


「あなたが魔術師たちに関わらなければ、ユマの死体を目の当たりにすることはなかった。あなたが何もしなければ、ユマが魔術師たちに殺される未来があったかもしれません。……ですが、あなたの持ってきた情報には、大変価値がありました。あなたはこの情報を私たちに渡す代わりに、私たちに何を望んでいるんですか?」

「導師を、殺してほしい」

「それは出来ませんわ」


 不意に、ロウとボイルの会話に口をはさんだものがいて、彼らは横を見る。

 そこにいたのは、皇后レミアだった。

 彼女は、ずっと執務室の椅子に座り、二人の話を聞いていたのだ。


「今の話を聞いて、その導師という女性が欲しくなりました。なかなか知恵のある方の様ですし、心の内に飼っている獰猛な獣も魅力的です。ロウ、何としてでも彼女を生きたまま捕えなさい」

「御意に」

「それから、ハルキ、ですか。ユマは彼の事を異世界人と言っていたんですね」

「は、はい。イセカイジンに甲斐性は期待しない、と」


 それは、ユマがボイルの鍛冶屋――というより、宿屋に、ハルキを連れてきたときの会話だった。宿代が払えないと言ったハルキにユマが言った言葉。

 皇后レミアは、頬を押えると恍惚の表情ではぁ、と熱い吐息を吐く。頬は上気し、瞳はまるで恋する乙女のようにうるんでいた。彼女の肩に乗った双頭の亀も、キューキューと上機嫌そうに嘴を鳴らす。


「ロウ、聞きましたか? 神託の救世主は、やはりこの街に舞い降りたのです」

「てっきり、眉唾物だと思っていましたが」

「そんなはずがありませんわ。あの予言書に、間違ったことは書かれていませんもの」


 レミアは浮かれた声で呟いた。

 レミアが親衛隊に探させていた神託の救世主。これから先、レミアを栄冠への道に案内してくれる存在。ちょっとしたミスから居場所が分からなくなり、いくら探しても見つからなかったのだが、ここにきて漸くめぐり合うことが出来た。やはり、運命はレミアと彼が巡り合うようにできているのだ、とレミアは考えていた。

 レミアはそれから、ちょっと残念そうな顔をして話を続ける。


「まあ、その救世主と敵対関係になってしまったのは、パペットが愚かだったせいですが。彼にはお仕置きが必要ですね」

「彼には予言書の事は話していませんからね。仕方のない事ですが」


 ロウが言う。


「しかし……ハルキという男、なかなか優秀な策士の様です。彼の描いた青写真というのも、ヒネリを効かせすぎている感はありますが、我々の心裡をよく考察している。我々が近いうちにこの街を放棄するつもりだったのも、だからこそ、この街に対する未練もあまり持ち合わせていないのを、理解していた節があります」

「あら、そうなの?」

「ええ。我々は次の軍事行動に向けて食料をはじめとしていろいろと買い込んでいましたから。物価も上昇してきましたし、そこから察したのかもしれません」


 ――実際、ロウの推察は的中していた。ハルキはボイルの言いつけでお使いをしていた時に物価の上昇を知り、なんとなく軍事行動が近い事を理解していた。もっとも直観的なもので、確証には至っていなかったが。


「それで、ロウ、わかっているとは思いますが――」

「ええ、ハルキという男も手に入れましょう。彼がユマに好意的だというなら、ユマをけしかけてもいい……レミア様、構いませんか?」

「まあ、仕方がないでしょう。でも、ユマは私の物ですよ? いくら救世主でも、上げるわけではありませんからね」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 ボイルが口をはさむ。顔を上げようとするが、すぐに兵士たちに取り押さえられた。しかし彼は、そのまま言葉を続ける。


「ユマは、死んだじゃねぇかよ!」

「キスはしましたか?」


 レミアが聞き返す。


「は?」

「眠り姫は、キスによって目を覚ますものですよ」


 レミアはそう言って立ち上がり、ユマの死体に近づく。死んだ彼女の体は冷たく、しかし血の気のひいた肌は人形のように美しい。小さな口に、真っ赤な唇。皇后レミアは、その唇に、ためらいなく自分の唇を押し当てた。

 ボイルはあっけにとられてその様子を眺める。まるで、一枚の絵画のように美しい光景だった。

 どれだけの時間が経っただろうか。キスにしては長い時間が過ぎ、ユマのまぶたがかすかに震える。


「んっ…」

「ユマ!」


 ボイルが叫ぶ。


「“純粋な愛”……人を仮死状態にさせる薬ですわ。接吻して魔力を流し込むことによって生き返らせることが出来ますが、それを知らないものにとっては本当に死んだように見えます。この国の宮廷魔術師が生み出した秘薬中の秘薬です」


 レミアは、万が一の時のためにそれをユマに与え、ユマはいつでもそれを使えるように、カプセルに入れて口の奥に仕込んでいた。魔術師たちにつかまった後、ユマはそれを噛み砕いたのだ。


「レミア……様」


 ユマは小さく呟く。


「申し訳、ありません。ミスを、しました……たくさん、ミスばかり、しました」


 元々の諜報任務の後、すぐに報告に戻らなかったこと。

 魔術師たちの襲撃に失敗したこと。

 ハルキの存在をすぐに知らせなかったこと。

 敵につかまってしまったこと。

 ユマは、致命的なミスをいくつも重ねた。

 しかし、レミアは優しく頭を振る。


「あなたの失敗に関しては、あとでしっかりと償ってもらいますわ。ですが、今はあなたが私の元に戻ってくれたことを喜びたいと思います」


 ユマの双眸から、玉のような涙が零れ落ちる。

 こういう主人だから、ユマは彼女のために命を捧げようとするのだ。


「ありがとう、ございます。ありがとう、ございます」


 涙ながらに、お礼を言う。レミアはそんなユマの頭を持ち上げ、自らの膝の上に載せると、優しく彼女の髪を撫でた。


「それで、ロウ。策は有りますか」

「はい。いくつか思いついたので、手を打っておこうと思います」


 ロウが頷く。その時、兵士が部屋に駆け込んできて、ロウの耳に何かを囁く。


「なるほど、わかりました。……レミア様、城の前にいる民衆たちに、異変があったようです」


 ロウはそう告げて、窓に走り寄る。城下を見下ろすと、バリケードを築いていた民衆の数は、いつの間にか数倍に膨れ上がり、その最前線では、一人の少女と一人の女性が何かを言っている。


「彼らは、何といっているのですか?」


 ロウが尋ねると、側に立っていた兵士が答える。


「和平交渉を求めています。城の前の広場で、今回の戦争を終わらせる交渉をしよう、と」

「戦争?……ああ、そうですか。それは好都合」


 ロウはつぶやいて、兵士にいくつか指示をする。


「さて、彼らが交渉をしたいというなら、それに乗るのも一つの手ですが」


 ロウがそう言ってレミアを見ると、レミアは首を縦に振る。


「民衆は財産ですわ。殺さずに済むなら、出来るだけ生かしたままにしてください」

「分かりました。では、そのように策を練ることにしましょう」


 そう答えたとき、すでにロウの頭の中には、いくつかの計画が練られていた。



主要メンバーの知能としては

ロウ>ハルキ>>>サラ>カーラ>パペット>ユマ>その他

といったところです。

カーラが大人になったら、きっとロウを圧倒するほどになる思いますが。


感想、お待ちしております。

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