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第17話 土色人色

女性が髪を切る、というシーンは、ラストエグザイルのあの名シーンが最高傑作だと思っています。

あれは絶妙でした。


 外の騒ぎで目を覚ましたカーラは、周囲を見回す。

 ベッドと机があるだけの、小さな部屋だ。

 一瞬、自分がどこにいるのかわからなくなって、それからハルキの部屋にいるのだと気が付いた。カーラはベッドの右隣を見る。


「アーティ・マーティ」

「はい、お嬢様」


 このメイドは、カーラが寝ている間、ずっと右隣に控えていたのだ。それが、メイドとカーラの交した契約の一つだった。

 アーティ・マーティに休息はいらない。古代につくられた機械人形である彼女には、寝る必要も、食事をする必要もない。

 ……あまりに精巧な造りになっているため、本当に機械人形なのか疑わしくもあるが、カーラに仕え始めてから五年以上、一切容姿に変化がないところを見ると、やはり人間ではないのだろう。

 天窓から差し込む陽気が暖かくて心地よい。

 このまま二度寝をしようか、とカーラは目を閉じ、次の瞬間に跳ね起きた。


「アーティ・マーティ!」

「はい、お嬢様」


 二人は直前にしたのとまったく同じ会話を繰り返す。


「今、何時だ!?」

「正午を少し過ぎた頃でございます」


 カーラは慌てて、ベッドの横に置かれた机に飛び乗る。彼女の低い身長でも、机の上からなら天窓から外を見ることが出来る。

 そこは、地獄だった。

 指揮官を失った北門城攻略部隊は大きく後退し、数キロメルトル離れたこんな場所まで逃げてきていた。

 怪我人であふれ、怒声が飛び交っている。怪我をしていない人たちは怪我人の処置に追われ、混乱の所為か、各所でけんか騒ぎも発生している。

 逃げ惑う人。骸を抱え泣き叫ぶ人。

 それは、パペットがほんのわずかの間に成し遂げた殺戮の結果だった。


「アーティ・マーティ……ハルキはどこだ」

「この街のどこかで、戦っているものと思われます。もっとも、戦況はあまり良いとは言えないようですが」

「私が居ないまま戦を始めたというのか!」


 カーラは怒鳴り、それからフーッ、フーッと荒い息を吐く。

 ハルキに置いて行かれたのだ。足手まといだと思われたのだ。

 子ども扱いされることにも、自分の存在が軽く扱われることにも慣れていた。けれど、よりによってハルキにそう思われたことがカーラは悲しかった。

 カーラはアーティ・マーティを睨みつけ、それからすとんと椅子に腰かけた。


「お嬢様?」

「髪を切ってくれ」


 アーティ・マーティは自分の耳を疑う。

 それは、あまりにもこの場にそぐわない言葉だった。

 アーティ・マーティはカーラの性格からして、すぐにこの部屋を飛び出していくのだと思っていた。


「どのように切りましょうか?」

「切りながら指示する」


 カーラの指示に合わせて、メイドが髪を切り進めていく。

 カーラの特徴ともいえるカールを描く髪をばっさりと切り落とし、肩のあたりで整える。前髪は眉の上でぱっつんに揃え、真ん中から二つに分ける。

 出来上がった髪型を見て、アーティ・マーティは納得する。

 カーラの後ろ姿は、爆発で死んだ彼女の母親とそっくりだった。

 バレー家の生き残りとして、その意思を受け継ぎ責任を果たす覚悟をした、という事だろう。

 この世界に救世主などいない。

三つ子の魂百まで。――結局人は生まれた環境によって育つべき様に育つし、それでも自分の足で歩きださなければ、願いをかなえることは出来ない。

 カーラは黙ったまま部屋を出る。それに従うアーティ・マーティも、無言だ。


 少女とメイドは、そのまま街を歩き続ける。

 混乱した街の中は、血と煙の臭いで満ちていた。

 人混みを避けながら歩く二人に、気を留める人間はいない。メイドを引き連れているにもかかわらず、街の住民は彼女がカーラ・バレーだと気が付かない様子だった。

 それほどまでに、少女の雰囲気はいつもの彼女と違っていたのだ。

 子供らしさは鳴りを潜め。

 喧しさも元気の良さもなくなり。

 そこにいたのは、一人の貴婦人だった。

 もし、若いころのカーラの母親を知っている人がいたならば、カーラにその姿を想起しただろう。

 カーラは、街の片隅に置かれた木箱の上に登る。メイドが、いつものようにその右後ろに控えた。

 そこでようやく、数人が足を止める。


「聞け、親愛なる民衆たちよ!」


 カーラの声は、よく通った。

 ぎゃんぎゃんと叫ぶいつもの喋り方ではなく、腹から響く力強い声。その声は、混乱した民衆が一瞬、全てを忘れてカーラに注目するのに十分だった。


「私はカーラ・バレー。お前たちを救うために、この場所に立っている!」


 カーラは、何をしゃべるべきか考えてからここに来たわけでは無い。いや、正確に言うなら、何をしゃべるべきかずっと考えていたが、思いつかなかったのだ。

 ただ、自分の中に流れる血の衝動に突き動かされてここまで来た。この街を守るべきバレー家の人間として育ったからこそ、自分のなすべきことを確信していた。

 カーラは、右の掌をばっと民衆につきだした。

 その手は、小刻みに震えている。

 小さく華奢な手だった。


「見ろ、この手を! 帝国の皇后を敵に回して、恐怖に震えている! このまま皇后レミアに膝を屈して、許しを乞えたならばどれだけ気が楽になるだろうか。……けれど、それはできない」


 皇后に剣を向けるという事は、この国の秩序に剣を向けるという事だ。天下統一に名乗りを上げるつもりならともかく、ただ感情任せに行っていい事ではない。例え落ち目の皇后とはいえ、そして、仮に今、皇后を殺すことが出来たとして……それをやってしまったら、国家反逆の罪で、制裁を受けるだろう。どこかの権力者に支配されることになるか、それとも粛清のために皆殺しにされるか。いずれにしろ、刹那の感情を優先させて得られるものなど何もない。

 けれど。


「この街は、我々が築き上げてきた街だ! 何もないところに小屋を建て、石垣を組み、水を造りだし――我々の父母が、祖父母が、そしてさらにその先祖たちがたゆまぬ努力をして手に入れてきたものだ! この街の歴史を振り返れば、天災に見舞われたこともあった! 長い冬を乗り越えられずに、半数近い子供が死んだこともあった! けれど、それを乗り越えて我々は今、ここにいるのだ!」


 およそ200年前、ピピン・バレーが小さな小屋をつくった時から、この街の歴史は始まった。

 曾祖父から、実体験としてその頃の話を聞いたことがあるという人も、この街にはいる。

 街の民衆にとって、バレー家というのは目の上のこぶだった。水という利権を独占し、領主でもないくせにこの街の政治を牛耳っている。……けれど、誰よりも永くこの街にいて、艱難辛苦を乗り越えながら街の発展を支えてきたのもまた、バレー家であった。だからこそ民衆はバレー家を疎みながら深く愛していたし、バレー家の城が破壊されたときには怒りを抑えきれず、蜂起した。


「生きるという事は、ただ呼吸をしていればいいという事ではない! この街でよそ者が好き勝手にしているのに、それを黙って見過ごしたならば、……我々が築き上げてきたものを、他者にもてあそばれて黙っているならば、それは死者も同然である!」


例え未来に絶望が待っているとしても、今、死んだように生きるよりはましだった。

 カーラは声を張り上げる。


「生者ならば武器をとれ! 敵は南門城にあり! これより私は南門城へ向かい、皇后レミアをこの街から放逐する!」


 カーラが拳を突き上げると、民衆が呼応して声を上げる。その勢いは、あっという間に周囲へ広まる。彼らは、カーラを先頭に歩き出した。

 そこへ、一人の女性が立ちふさがる。

 すらりと高い背。サラサラの金髪は肩のあたりで整えられ、ぱっつんに切られた前髪は真ん中から左右に分けられている。

 その女性を、カーラはよく知っていた。


「素晴らしい演説でしたよ~、カーラ」

「かあ、さま……」


 そこにいたのは、城の爆発で死んだと思われていたカーラの母親、サラ・バレーだった。


「私も~、共に生きましょう」


 少しだけ間延びした、サラの声。気の抜けたような喋り方をする彼女が、その実激情を内に秘めた女性であると、カーラはよく知っていた。

 なぜ、ここにいるのか。なぜ、生きているのか。そんなことはカーラにとってどうでもいいことだった。カーラは、サラが差し出した手をとり、共に南門城へ向かって歩き出した。


サラの登場シーン、最初はもっとみっちり書いていたんですが、話の本筋がわかりにくくなるし、サラっと流した方がいいかなぁ、サラだけに……なんて考えてこんな風になりました。



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