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第16話 行動変覆

儲かった日も

代書屋の

同じ顔



 北門城主パペットと、民衆の代表者――メダホとの会談は、北門城の前にある広場で行われることになった。急きょ用意された机といすに腰掛け、二人の代表者が対峙する。

 兵士や民衆が見守る中で行われる、異例の和平会談であった。

 時刻は昼。遠くからは未だに、物見の鐘が敵襲を告げて鳴り続けている。


「お前たちのリーダーは、ハルキという男だったと記憶しているが」


 パペットがいぶかしげな顔をして聞くと、


「ハルキ様は英霊となられた」


 メダホがそっけなく答える。


「そうか。まあ……いいだろう。用件は一つだ。バリケードを解体しろ」

「我々があなたの言うことに従うとでも?」

「お前たちを皆殺しにしてやってもいいところなのに、わざわざ慈悲をかけてやっているのだ。大人しく従う事をお勧めするが?」


 ざわ、と民衆が殺気立つ。

 メダホは片手をあげてそれをなだめる。

 すでにメダホは、いっぱしのリーダー気取りだった。


「いいのでしょうか? そのような事をしていては、大切な大切なレミア様が死んでしまいますよ?」


 今度はパペットの部下たちからメダホに罵声が浴びせられる。


「わかっていないようだな」


 パペットもまた、いら立ちを隠せない声だ。


「皇后レミア様が亡くなるという事は、我々を縛っている軍規もなくなるという事。その時には、体面も遠慮もなく貴様らを蹂躙するだけだ」

「なっ!」


 ここにきて、はじめてメダホが動揺した。


「もっとも、我々とてそのような事はしたくない。だから、提案だ。今バリケードを解体するなら、今回貴様らが起こした暴動に関しては不問とする。それとは別に、半年以内にレミア軍がこの都市から出て行くことを約束しよう。どうだ? 悪い案ではないだろう」

「もう一つ条件があります。北門城を今、この場で俺達に明け渡してください」

「……それは、断る。お前たちの事をそこまで信用できているわけでは無い」

「いずれにしろ、あなた方の兵の大部分が皇后レミアの元に向かうのなら、我々はその間に無理やり北門城を奪う事だってできるのです。ここで城を明け渡してくれるのが、最善だと思いますが」

「……ぐっ」


 パペットは下唇を噛みしめて、回答に窮する……ように見せかけて、笑いをこらえていた。


“馬鹿め。貴様がその提案をしてくることは想定済みだ”


 実のところ、レミア軍はひと月も経たずにこの街を放棄することになっていた。そうなれば結局、この城も明け渡すことになる。どうせすぐに渡す物を、今すぐに渡したところで大した損失にはならない。


「いいだろう。ただし、我らレミア軍が持ち込んだ武器や食料は引き揚げさせてもらう」

「それで構いませんよ。では、契約書を作成いたしましょう」


 二人が合意したことで、背後に控えていた代書屋が公式な契約書を作成し始める。双方が一部ずつ持つ契約書は、皇帝の名のもとに効力を発揮することになる。

 代書屋はすぐに契約書を作り上げ、二人の前に持ってくる。

 カン、カン、カン。鐘の音が響く中、まず、メダホが署名する。この時点ではまだこの契約書の効果は未完成だ。飽くまで二人が署名して初めてその力を発揮する。

 カン、カン、カン。

 カン、カン、カン。

 次にパペットが署名しようとペンを手に取り――そこで、動きが停まった。

 カン、カン、カン。

 カン、カン、カン。

 鐘の音が、大きく、時に小さく響き渡る。


「音が……二つ?」


 パペットが呟く。


「どうしましたか? さぁ、早くここに署名を」


 メダホが急かす。彼はパペットが署名するべき場所を指で指示したが、パペットは有ろうことかメダホの手に、ペンを突き刺した。


「ぎゃぁぁぁぁ!」

「貴様! 謀ったな!」


 パペットが腰の剣を抜き、瞬く間にメダホの首を切り落とした。


「兵士たちよ、聞け! 敵襲はまやかしだ! 近くにいる逆賊どもを蹂躙してから、城へ戻るぞ!」


 そこからは、惨劇だった。

 パペット隊は、寄せ集め部隊であり、武具も揃いのものでは無く、なかには民衆と変わらない装いの物も多い。老人や女子供もいて、到底軍隊と言えるものでは無かった。とはいえ、剣はきちんと整備されたものが支給されていたし、槍や弓を使えるものも多い。なにより、戦う覚悟でいる彼らと、バリケードに隠れてやり過ごすつもりだった民衆とでは、心構えが違っていた。兵士たちは一方的に民衆を虐殺し、悠々と城に帰っていった。




***********




 レミア軍最高参謀兼、第一軍軍隊長、ロウといえば、国中に名をとどろかせる名将であり、その勇名は国外にまで知れ渡っている。金髪碧眼で、その整った容姿から女性ファンも多い。

名実ともにレミア軍の頭脳であり、皇后レミアが最も信頼している部下の一人であった。同時に、無茶な行軍計画を立てたがる皇后を宥め、その一方で暴走しがちな将軍たちを一手に管理する苦労人でもあった。

 彼は今、南門城内を、同僚でもあるレミア親衛隊の隊長に追い掛け回されていた。


「この、ど阿呆がぁ!」


 親衛隊長のバーバラは、齢八十を超える老婆であったが、金属製の騎士甲冑を全身に纏いながら、信じられないほどかくしゃくとした走り方でロウを追いかける。むしろ、文官あがりのロウの方が先に息を切らす具合であった。


「ロウ、また何かやらかしたのですか?」


 ふと声がかかり、二人はぴたりと足を止める。

 彼女に声をかけた少女は、バーバラと同じように甲冑をまとっていた。しかしバーバラのそれとは違い金や銀を使った繊細な装飾のなされた鎧であり、まるで一個の美術品の様であった。そしてなにより特徴的なのは、彼女の右肩に乗った小さな亀であろう。緑色のその亀は、二つの首を持っていた。

 彼女の後ろには、影のように小姓の幼女が控えている。


「レミア様」


 ロウが彼女に声をかける。


「聞いてくださいじゃ、レミア様」


 バーバラがロウの言葉を遮るように口を開いた。


「この阿呆が、軍の資金をほとんど全部、防具を買い揃えるために使ってしまったのですじゃ!」

「あら。軍隊ですもの、防具は必要でしょう?」

「着る者もいない鎧を買って、何に使うのですじゃ!? その金があれば傭兵の百や二百も雇えたものを! このままでは3か月も経たずにこの軍は機能しなくなりますじゃ!」

「まぁ、それは困りましたね」


 レミアが頬に手を当て、小首をかしげる。

 彼女の肩に乗った亀も、主人と同じように二つの首を傾けた。


「ロウ、あなたの考えを聞かせてもらえますか?」

「はい、実は――」


 ロウが口を開きかけたとき、不意にカン、カン、カンという鐘の音が鳴り出した。


「この音は……物見の鐘! 北門城に敵襲があったようですじゃ!」


 バーバラが言うが、外の様子を眺めたロウが否定する。


「北門城を襲撃する勢力なんていませんよ。窓の外を見てください。街の人々が遠巻きにこの城を包囲しているのがわかるでしょう。昨日、バレー家の城が破壊されたという報告は受けています。なるほど、民衆が蜂起したというところでしょうね」

「それならなぜ、鐘が鳴っているのですか? 北門城のパペットがこちらに援軍を求めているという事ではありませんか?」


 皇后レミアが心配そうに言う。


「いえ、北門城の鐘にしては、音が大きすぎます。バレー家の城にある鐘の音でしょう。蜂起した民衆が鳴らしているのでしょうね」

「なんのためですじゃ?」


 今度はバーバラが尋ねてくる。


「北門城にこもるパペットの視点になって考えればすぐに解かります。彼からすれば、わたしたち南門城が敵襲を受けて鐘を鳴らしているように聞こえるでしょう。彼の事ですから、そんな状況になれば、北門城を放棄してでもこちらに向かおうとするに違いありません」


 レミアが驚き、目を丸くする


「北門城は私の物ですわ。ロウ、すぐに伝令を出してパペットにこちらは無事だと伝えなさい」

「いえ、バリケードが築かれているし、無理でしょう。それよりも簡単な手があります」


 ロウは窓から身を乗り出し、城の頂上にいる兵士に呼びかける。


「そこの君! すぐにこちらの鐘も鳴らしなさい。北門城に届くぐらい、出来るだけ大きくね!」

「それだけでいいのですか」

「はい。これで鐘を鳴らしている勢力は2つ。我々レミア軍と、レミア軍に対して蜂起したはずの、バレーの住民たち。もし、我々を襲撃している勢力がいたとして、住民たちからすれば好都合な事ですから、鐘を鳴らす必要はない。パペットはなかなか優秀な男ですから、この違和感に気がつけば、すぐに最初の鐘は民衆の謀略であり、私がこうして鐘を鳴らさせたことでその事を伝えようとしているのだと悟るでしょう」


 およそロウという男は、こうした瞬間的な判断能力に長け、卓越した思考力も持った優れた軍人であった。

 彼の予想通り、パペットは鐘が二重奏を奏でていることからその真意に気づき、メダホを殺して、籠城を再開した。

 こうして、ハルキの立てた作戦は、あっさりと破られてしまったのである。


お金、お金が欲しい……



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