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第15話 先達後学

段々話が複雑になってきた。


 ぽちゃん。

 天井から滴る水滴が、頬を濡らす。

 メダホから逃れて、謎の地下洞窟に堕ちた俺は、途方に暮れていた。

“非常に残念です、ハルキ様”

 メダホの声が頭の中でリフレインする。

 暗い洞窟の中には、一条の光すらなく、目の前が壁なのか、道なのかすらわからない。顔の前にかざしてみた自分の手すら見ることが出来ず、やがては、自分の手足――自分という人格までも闇に溶け込んでしまうような恐怖に囚われる。


「ぅ、ああ、うう」


 あちこちからうめき声が聞こえる。

 この声には聞き覚えがあった。

 死者の声だ。

 そういえば、カーラのメイド、アーティ・マーティが、要塞都市バレーの地下に広がる魔法陣の話をしていた。曰く、死者の魂を集めて水に変える技術だとか。ということは、ここがその魔法陣で、死者たちの巣窟でもある、という事か。

 地下洞窟の中は、太もものあたりまで水で満ちている。

 その水を少しだけすくって、口に含もうとして……強い拒絶反応を感じた。


“これは、口にしてはいけないものだ”


 体が全力で拒否している。


「ぁ……」


 不意に、耳元で死者の声が聞こえだ。ぎょっとした俺は、慌てて逃げようとするが、水に足をとられて転んでしまう。それでも無様に這いつくばって、ばしゃばしゃと音を立てながら逃げようとするが、死者に追いつかれて、縋り付かれる。いつの間にか、無数の亡者たちに囲まれていたようだ。手を押えられ、足を押えられ、背中にのしかかられる。

 地上で出会った死者など、本当の死者ではなかった。地上に出ている分、力が十分に発揮できていなかったのだろう。ここにいる死者たちこそが、本物だ。

 触れられたところから、魂が吸い出されている感覚がある。このままでは、数分もしないうちに俺という人格がなくなって、この死者たちに体を乗っ取られてしまうのだろうと理解できた。

 その時、不意に女性の声がした。


「はじめまして。私は、ホワイト・トートといいます」


 死者たちの動きが止まる。そして、のろのろと俺の体から離れると、三々五々どこかへ去っていく。

 不意に、目の前が明るくなった。そこには、光り輝く女性が立っていた。

 真っ白のワンピースに、同じく白い髪・白い眼。肌の色までも雪のように白い。彼女はまるで、暗闇に舞い降りた天使の様だった。


「私の声が聞こえている、という事は、そこに生きた人間がいるという事でしょう。今、あなたが見ているのは、私が残した“記録”です。実際の私は、たぶんもうずっと前に死んでいます」


 彼女は、そう言った。

 その眼は俺を見ておらず、宙を見つめている。俺が動いても、その視線は動かず、まるでカメラのレンズを見るように一点を見つめている。なるほど、確かに記録映像の様だった。これも、魔法の一種なのだろうか。


「私には、生まれついたときから不思議な力があります。それは、未来を予知する力。望みどおりの未来を見ることは出来ませんし、断片的な未来しか見ることが出来ませんが、明日の未来から数千年後の未来まで、知ることが出来ます」

「なるほど。不便な能力だな」


 俺は相槌をうつ。

 なんとなく、一方的に話を聞いているのはつまらない気がしたのだ。


「今は、新暦の22年に当たります。古代歴なら648年……もっとも、この声を聴いているあなたがいる時代でも、まだ新暦が使われているかはわかりませんが。ひょっとしたら、あなたの生きている時代に、レディ・ヒーバーという女がいるかもしれません」

「レディ・ヒーバー?」

「お願いします。どうか、その女を殺してください。その女は、この大陸を滅ぼす災厄です。私は、その悲惨な未来を回避するために、この記録を後世に残すことにしたのです」

「……」

「彼女の行いによって、神罰が下るのです。天空も、地上も、海すらも神の軍勢で埋め尽くされ、人間は一人残らず殺されます。人類がこれまで築き上げてきた全ての物が塵となり、この大陸は不毛の台地となります。……レディ・ヒーバーは善人の皮を被った化け物です。だからどうか、彼女を確実に殺してください。それがこの世界を救う、唯一の道なのです」


 天空も、地上も、海も埋め尽くす神の軍勢。

 この、ホワイトという予知能力者――予言者が見た未来というのは、いったいどのようなものだったのだろうか。

 俺は、半信半疑であった。

 そもそも、人類を滅ぼそうと攻めてくる存在が、本当に神なのか。

 予言者ホワイトの記録映像は、一方的に言いたいことを言うと、不意に消えてしまった。あとには、淡く光る小さなクリスタスのかけらが浮いているだけだった。

 俺は、そのクリスタルを手に取る。掌にすっぽりと収まるサイズのそれは、周囲をうすぼんやりと照らしてくれる。死者たちが遠目にこちらの様子を伺っているようだったが、一定の距離を保ったまま近づいてこない。このクリスタルには死者を遠ざける効果があるようだった。予言者のアフターサービスは完璧だった。


「いや、完璧ではないか」


 どうせなら、出口まで案内してほしいところだ。

 改めてこの洞窟の中を見ると、複雑に入り組んでいて、ここから見る限りでも無数の分岐が見える。俺が堕ちてきたと思われる天上の穴は、複雑な岩の起伏に隠れてどこにあるのかすらわからない。いや、仮に見えたとしても登っていくことは無理だろう。ロッククライミングの技術はない。

 とはいえ、ここに留まっていても仕様がない。俺は、適当な方向へ歩き出した。




***********




北門城で行われていた、城主パペットと民衆の戦いは、パペットの予想に反して静かに進んでいた。民衆は城壁から離れた位置に幾重にも、やたら頑丈なバリケードを築くだけで、こちらに攻め込んでくる様子もない。パペットは弓兵を使って城壁の上から散発的に矢を射かけているが、それに対する反撃もほとんど行われない。


「ひょっとして、彼らにの中に弓兵はいないのか」


 城の上部から様子見をしていたパペットは、そう呟く。

 弓という武器は、シンプルなように見えてそう簡単に扱える代物ではない。だからこそ、ハルキの元いた世界でも、古代中国の兵士たちは弓の替わりに弩を使っていたし、それ以外の国でも弓を扱えるのは訓練を積んだ特権階級の人間だけだった。その一方で、弓という武器は戦場において大きな力を発揮する。モンゴル帝国があれだけ勢力を拡大させられた理由として、全てのモンゴル兵士が弓を扱えたという事は大きい。


 民衆の中に弓兵がいないというのも、おかしくはない。

 しかし、それにしても戦い方が消極的すぎる、と、パペットは思った。彼は、まさか民衆が襲撃した武器庫に武器がないとは考えておらず、そのためにこんな戦い方しかしてこないのだとは想像だにしていなかった。武器庫が都市の北側にあるため、武器庫の警備は北門城主であるパペットに任されていたが、武器の管理をしていたのはパペット隊とは別の部隊であった。

 ゆえに、パペットは民衆の動きに、誤った推察をすることになる。


“長期戦を計画しているのか? いや、戦いが長引けば民衆の熱も冷め、厭戦観が漂い始める。……ならば、何かを待っている? 何を待っている?”


 その時、ゴーンゴーンという早鐘の音が聞こえてきた。パペットの顔が青ざめる。


「まさかっ! 外部の勢力と内応していたのかっ!」


 鐘の音がなるという事は、皇后レミアが籠る南門城が攻撃を受けているという事だ。

 パペットは、民衆が築いていたバリケードの意味をようやく理解する。外部の勢力が皇后レミアを攻めている間、パペットをここに足止めするためのものだ。いや、ひょっとすると民衆の一部は、今、この瞬間にも南門城を攻めているのかもしれない。そうすると、皇后レミアは内と外の両方の敵と戦わなければいけなくなる。

籠城しているつもりが、いつの間にかこの城に拘束されていた。


“力ずくでバリケードを突破できるか?”


 パペットは考える。そして、すぐにその案を否定する。

 パペット隊に正規兵は少ない。ただでさえ弱兵なのに、バリケード突破で無駄な戦力を消耗しては、皇后レミアの加勢に行くどころではない。それに、北門城から南門城まで12キロメルトル。数時間はかかる距離だ。四方を敵に囲まれた状態でそんなところを行軍したら、あっという間に袋叩きになってしまう。


「衛兵!」


 パペットは部下を呼ぶ。すぐに部屋の外に控えていた兵士が入ってきた。


「なんでしょうか、パペット様」

「何人かついて来い。敵のリーダーと交渉する!」


 民衆の目的は、レミア軍をこの都市から追い出すことだ。どれだけ下手に出ても、どれだけの代償を払ったとしても、彼らと交渉して、このバリケードを解いてもらわなければいけない。そうしてレミア様の元までたどり着き、外部からやって来た敵を粉砕する。

 とにかく、時間がない。

 自分の心に焦りが生まれ、周囲が見えなくなっていることに、パペットは気が付いていなかった。



いよいよ、タイトルにもなっているヒーバーが出てきました。

この物語も中盤に差し掛かります。


感想、どしどしお寄せ下さい。

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