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第13話 軍忠着到

ハルキの口調が余所行きです。

ちょっと書いてて違和感が……


 日が昇った。

 夜が終わり、崖の底にある要塞都市バレーに、短い昼が訪れる。

 夜明けから急に立ち込めた朝もやが、街に息づく大きな力のうねりを、覆い隠している。


 俺は、深く――深く、息を吸い込んだ。

 皇后レミア。パペット。カーラ。俺。魔術師たち。

 それぞれが、自分たちの利益のために、自分たちの矜持のために、あるいは宿命に従って、己が意志を形にするために動こうとしている。

 誰が勝ったとしても、今日という日がこの街の歴史を変える一日になることは間違いない。


 三十年後か、五十年後か。今日の出来事を目撃した人々が老人となり、子供や孫に物語る日が来るだろう。それを聞いたものが年を取り、また次の世代に語り継ぐ。いずれ物語の細部は忘れられ、あるいは脚色され、おとぎ話のようになっていく。

 そんなおとぎ話の中で、俺はいったいどんな役割を与えられるだろうか。

 偉大なる皇后に逆らった罪人か。

 それとも、街を救った英雄か。

 できれば、英雄になりたいなぁ、と思うが、まぁ、そのあたりは後世の人たちに任せることにしよう。

 俺は、今を生きるのに必死で、そんなところに気を回す余裕などないのだから。


「ハルキ様」


 北部自警団団長のメダホが声をかけてくる。


「出陣の準備が整いました」

「わかった」


 瓦礫に座っていた俺は、メダホの報告に腰を上げた。

 ここには、つい先日まで、この街の顔役を務めていたバレー家の城があった。

 魔術師たちの襲撃で粉々に破壊され、今は瓦礫が残るだけである。

 そこに集まったのは、この街に住む住民たち。

 自警団員だけでなく、食堂の従業員や、商店の店主といった、普段は戦いに縁のない人々も集まっている。皆、この戦いがこの街のためになると信じて集まってくれた人たちだ。


 皇后レミアがこもる南門城には、ビーガンを中心とした南部自警団のメンバーが向かっている。この戦いでは、皇后レミアの出動を出来るだけ遅らせて、俺たちが北門城を攻略する時間を稼ぐかという点が重要になってくる。

 その一方で――適切な時間が来たら、皇后レミアを引っ張り出して、逆賊パペットを一緒に討伐する、というストーリーが必要になる。だから、南門城へ向かったビーガンには、「城壁の手前に布陣し、決して攻撃はしかけるな。俺からの伝令が来たら、すぐに陣を畳み、北門城へ進軍して来い」と指示してある。レミア軍に対立する軍事行動を起こしておきながら、皇后レミアへ武力攻撃をする意思がない事を示すことが必要だ。


 昨晩俺たちが行った作戦会議の情報と、ビーガン隊のその奇妙な動きを見たレミア軍は、俺の真意がわからず、考えるだろう。

 こいつらの狙いは何だ? と。

 そこで気が付く。敵大将は――これは俺の事だが――彼は、南門城主に全ての罪をかぶせることで、手打ちにしよう、と提案しているのだと。パペットは主君が望むなら、喜んで自らの命を捧げるタイプの人間だ。レミア軍と俺たちが共同で南門城を攻めれば、さしたる被害が出ないうちに降伏し、その首を差し出してくるだろう。皇后レミアにとっても、被害が最小限で済む作戦だ。だから、きっと俺の望みどおりに動いてくれるだろう。……本当なら、ユマに協力してもらって事前に皇后レミアと意思を疎通しておきたかったが、作戦開始までユマが捕まらなかったのだから仕方がない。


 民衆がレミアとの共闘に同意してくれるのか、というところはその時の状況次第だが、整然整えられた軍隊や、皇后という肩書には特別な力がある。皇后が民衆の敵をパペットだと宣言して、俺がそれに乗って、あとはその場の勢いで押し切るしかないところだろう。

 ……もっとも、俺たちが南門城を優勢に攻略していなければ、皇后レミアもおいそれと俺たちの味方は出来ない。そこはしっかりと進める必要がある。

 とはいえ、不安材料であった魔術師たちの動きは封じた。

 彼らの望む、民衆とレミア軍との対立はピークに達し、軍事衝突が起きようとしている。ここで彼らが下手に動くと、ボロが出かねない。ゆえに、彼らは静観するだろう。

 まあ、仮にも皇后なのだから、この街にも情報網を張り巡らせ、俺が提示したエピローグにたどり着いてくれるだろう。

 この時の俺は、そう考えていた。

 まさか、レミア軍の情報網が機能しておらず、皇后レミアの元まで昨晩の作戦会議の情報が伝わっていないとは思っていなかったし、逆に、魔術師たちが俺の作戦を完全に見抜き、暗躍を始めているとも、夢にすら思っていなかった。


「みなさん、よく集まってくれました」


 俺は、高らかに挨拶する。

 よそ行きの、丁寧な喋り方。これから一緒に戦う仲間だ。出来るだけ好印象を持たれたい。


「俺の名前は、ハルキ・バレー。御存知の方もいるようですが、この街の開拓者であるピピン・バレーの血を引く者で、顔役であるフウラ・バレーの息子です。現在、顔役代行であるカーラ・バレーから見れば腹違いの兄に当たります。長く諸国を外遊していましたが、ちょうど俺が帰省した折にこのような出来事が発生してしまい、大変嘆かわしく思っています」


 嘘八百。嘘しか言っていない。けれど、彼らに命令する立場として、バレー家の名前を借りる意義は大きい。

 ここで、一拍の間を置く。

 ほんのわずかな時間で彼らの心をつかむには、明確で、インパクトのある言葉を紡ぐ必要がある。


「俺が今日、ここにいられるのは、神のおぼしめしでしょう。ですが、俺たちの敵は、皇后レミアではありません! ……俺たちの敵は、この街に降り注ぐ全ての理不尽です。俺は、それを倒すために、今、ここに立っているのです!」


 わあっ! と喝采が起きる。

 実は、自警団を使ったサクラなのだが、それにつられた民衆も、声を張り上げ、俺を讃える。

 俺は街の北を指さす。朝靄で見えないが、ずっと遠くには北門城がそびえたっている。


「全ての元凶は、北門城を占拠している逆賊パペットです! これより、彼を討つために進軍を開始します!」


 俺の宣言に、士気が一気に最高潮に達した。

 メダホがその群衆をまとめ上げ、作戦の概要を説明し始める。

 俺はそれを聞きながら一歩下がって、もう一度瓦礫に腰掛けた。

 その時だった。


「ハルキ様!」


 何人かの少年がぱらぱらと俺の前に進み出た。上は二十歳くらいから、下はカーラと同じ10歳に満たない子供までいる。一番年上の少年が何かの紙を差し出してきた。


「どうぞ、軍忠状に一筆をお願いします!」

「……軍忠状だって?」


 妙な単語が出てきて、思わず聞き返してしまった。

 軍忠状。軍忠着到状と言ってもいい。元いた世界では、日本中世史で出てくる用語だ。

 まあ、わかりやすく言うと、出勤簿だ。

 戦争に参加したから、証明書に一筆頂戴、というもので、戦いが終わってからこの証明書を提出すると恩賞にあり付ける。

 でも。


「……あ~。勘違いしているようだけれど、これ、戦争じゃないからな。恩賞とか無いから」


 そもそも、軍忠状など発行してもらえるのは、職業軍人だけだ。民衆の自発的な蜂起でそんなものを発行する意味はない。

 少年たちは、愕然と言った表情で固まる。


「そんな……困ります!」

「ハルキ様、そいつらの言う事なんて無視していいですぜ」


 周りにいた街の住民の一人が、口を挟んできた。


「そいつら、兄弟が多くで貧乏だっていうんで、悪さばっかりしてるんですわ。この前も食料庫を荒らしたっていうんで自警団にしょっ引かれたばかりの小悪党ですぜ」

「兄弟、多いのか」


 少年の一人が、おずおずと頷く。


「はい。男ばかり17人。病気で寝たきりの姉を入れると、18人兄弟になります」


 わあお。

 それはビッグダディも真っ青だ。


「……お姉さんの病気は重いのか」


 少年たちが一斉に喋り出す。


「はい! だからお金が必要なんです」

「彼女は私たちの宝なんです」

「でも、何の病気かわからなくて!」

「魔力を活性化させられる、優秀な医者が必要なんです」

「魔力が活性化されれば、生命力も強くなるから!」


 そんなことを口々に言うものだから、うるさくて仕方がない。

 俺は、片手をあげて彼らの話を止める。


「軍忠状を出すわけにはいかない。これは戦争ではないし、お前たちにだけ恩賞を出すのは不公平だからな。……けれど、これから俺の話す内容をしっかり聞いて、うまく俺の指示通りに動くことが出来たら、この戦争が終わった後で報奨金を出そう。危険な任務だが……どうだ? やるか?」


 まあ、どうせ金を出すのはカーラになるだろうけど。

 少年たちは互いに顔を見合わせ、やがて、一番年上の、長男らしき男が頷いた。


「そうか」


 まあ、この少年たちを使うのはもしもの時の保険だが、いざという時の切り札になるだろう。

 俺は満足げに笑った。




***********




 鍛冶師ボイルにとって、ユマは年老いてからできた唯一の子供だった。

 ユマを産んでほどなくして、ユマの母親は死に、それ以来男手ひとつで育ててきた。

 自分の意思をはっきり持った人間に育ってほしいと思った。そのように育った。

 どんな時でもあきらめない人間に育ってほしいと思った。そのように育った。

 誰かのために手を差し伸べられる人間に育ってほしいと思った。そのように育った。

 誰よりも幸せな人間になってほしいと思った。けれど、その願いはかなわなかった。

 いつだっただろうか、盛大な大喧嘩をして、ユマが家を出て行ったのは。

 それからしばらくして帰ってきたユマは、大怪我を負っていた。

 何日も高熱にうなされ、熱が引くとまた出て行った。

 何か月も音沙汰がなくなり、それからまた、ひょいと帰ってくる。それがユマという娘だった。

 ユマは平静を装っていたが、帰ってくるたびに怪我が増えていた。


 “きっと、お天道様に顔向けできねぇような仕事をしているんだろうな”


 と、鍛冶師ボイルは思った。

 思ったが、どんな仕事をしているか、聞くことはできなかった。

 それを聞いてしまったら、ユマが二度と帰ってこなくなる気がしていたから。

 だから、自分も裏の世界と接触をとることにした。この街の後ろ暗いところを牛耳っている連中に近づき、そのままずるずると、深みにはまっていった。

 魔術師、と呼ばれる連中の一人になり、時に鍛冶の技術を彼らに提供しながら、なんとなく彼らの一員として認められるようになった頃、魔術師たちの情報網によって、ユマがレミア軍の諜報員であったことを知った。ボイルは後悔した。あろうことか、自分はユマと敵対する組織に入ってしまったのだ。

 けれど、そう簡単に組織を抜けることはできない。

 鍛冶師ボイルはユマに本当の事を話せないまま、出来るだけユマの敵にならないようにふるまう事しか出来なかった。

 騙し騙し生きてきて。その結末が、これだった。

 ボイルは、ユマの死体を抱えて、静かに泣いていた。


「ユマぁ」


 男泣きだった。

 ボイルの胸中には、後悔と懺悔の言葉が渦巻いていた。

 ボイル以外の魔術師は、すでにこのアジトにいない。導師の作戦に従うため、出て行ったのだろう。

 ひとしきり泣いた後、彼はユマの死体と一緒にそのアジトを出て行った。

 後には、静寂だけが残された。


「ぐんちゅうちゃくとう」って一発で変換できないんですね。

ちなみに、こんな制度があったせいで、日本では大規模な軍事編成が出来なかったりしたらしいです。

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