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第10話  百言一果

とりあえず、ストック分最後の投稿です。

まだ、毎日投稿が続けられる限り、続けるつもりです。


 連れてこられたのは、兵士たちが指令室と呼ぶ小さな部屋。両壁の棚に雑然と書類が積み重ねられ、窓際に質素な机と椅子があるだけのつまらない部屋だった。

 北門城主、パペットを見たとき、俺は一瞬、“やられた”と思った。

 俺とカーラをとらえた兵隊たちの中で、一番偉そうにしていた、俺たちを拘束すると宣言した男こそが、パペットだったのだ。


 神経質そうな細い体つき、切れ目がちの目。青い髪を短く切りそろえ、先ほどはかけていなかった眼鏡をかけていた。

 たまたま、こいつが爆発現場の近くにいたせいで、やたらと迅速に俺たちを拘束できたのだろう。あの瞬間にここまでの策略を巡らせるとは、それなりに手ごわい存在かもしれない。

 とはいえ、こちらから提案しようとしていることは、大したものでは無い。ここで話すことだけで俺の策を看破することは不可能だ。


 ……それこそ、俺の姉ならば、神のごとき洞察力で見抜いてしまうのだろうが。

 俺の兄弟は、皆が皆俺よりも優秀だった。世間から見れば俺だってかなりの天才だと思うが、あの兄弟たちの中ではモブに近い雑魚キャラだった。

 せっかく、彼らがいない世界に来れたのだ。この才能を如何なく発揮して見せようではないか。


「要件は何だ、雑兵」


 パペットは開口一番、随分と失礼なことをのたまった。


「そりゃないだろ。俺は仮にも反乱軍の大将様だぜ」

「反乱? 稚戯の間違いだろう」


 ああ、こいつ、嫌いなタイプだ。


「稚戯だというなら、こちらに少しハンデをくれてもいいと思うんだがな」

「……聞こうか」

「ヤラせの暴動とは言え、形づくりというものがあるだろう。こちらには十分な武器も、防具もないから、それが難しい。それに、何の成果もあげられずに降伏したら、民衆の中にしこりも残るだろう。溜飲を飲ませる程度の成果が欲しい」

「なるほど。わが軍から武具を奪い取るぐらいの戦果が欲しいという事か」

「理解が早くて助かる」


 パペットが手を打ち鳴らすと、兵士が部屋の中に入ってくる。パペットは、その兵士に地図を持ってこさせた。


「これがこの街の地図だ」


 パペットに見せられたそれは、かなり精巧なものだったが、大まかな形は以前、ユマに見せてもらったものと同じだった。

 南北に細長い崖の間に築かれた都市。南と北の端に要塞がそびえ、中央にこの都市の顔役が住む……住んでいた、白亜の城が描かれている。


「バレー城の横に、武器庫がある。どのような武器があるのかは知らんが、ここを警備しているのは私の部下だ。貴様らが攻めて来たら大人しく明け渡すように指示しておこう」

「助かる」

「……それだけか?」

「敵にかける感謝の言葉は、それほど持ち合わせていないからな」

「いや、そうではなく」


 パペットは疑わしげに眉をしかめると、言葉を続ける。


「もっと他に、要求することがあるんじゃないか」

「……? 別に、無いが」


 俺はにたりと笑い、彼の背中をばしばしと叩いた。


「それに、俺が攻めるのは、この北門城だけでいいんだろう」

「何が言いたい」

「このヤラせは、皇后レミアの指示ではない、お前の独断だろう、という事だ」


 パペット隊の動きの速さを見れば、上の許可をとっていないことは解る。事後承諾というわけでもないだろう。あえて北門城だけを攻めさせるというのは、つまり皇后レミアには内緒のまま終わらせたいという事だ。

 それは、俺にとっても好都合だった。


「まあ、所詮はヤラせだ。たいして難しい事でもない。終わったら酒でも飲もうぜ、大将」

「……ふん」


 パペットは馬鹿にしたように鼻を鳴らした。




***********




 パペットとの話し合いの後、俺とカーラ、アーティ・マーティの三人は、あっさりと解放された。

 お天道様がまぶしい。もう夕方だったけど。


「お勤め、ご苦労様でした!」

「? …お、おう」


 ばっと「く」の字にお辞儀をした俺に、カーラがとりあえず返事をする。

 出所した時にやる定番ネタだったが、こちらでは通じなかったようだ。

 やはり、カーラにはまだ元気がない。

 家族が死んだことが、まだ堪えているようだった。

 無理もない。

 これから行われる作戦に、彼女の出番はほとんど無い。ゆっくり休んでいてもらおう。

 ふと見上げると、窓からこちらを見下ろすパペットの姿が見えた。彼の唇が動く。


 『ばかなぞうひょうめ』


 声は聞こえないが、唇の動きからしてこう言っているのだろう。

 俺はピッと人差し指で彼を指さした。宣戦布告だ。どちらが格上なのか、はっきりさせてやる。


「アーティ・マーティ」

「なんでしょうか」

「……お前の名前、長くて言いづらいな。アーちゃんでいいか?」

「殺しますよ」

「すいませんごめんなさい」


 無表情だが、殺気のこもった声だった。

 本気で怖かった。

 あとでパンツを替えなくては。


「こほん。…アーティ・マーティ。この街の主だった連中を集めて欲しい。明日からの事を話したい。場所は……鍛冶師ボイルが経営している鍛冶屋の二階に部屋を取ってあるから、そこにしよう。一時間後でいいか?」

「わかりました」


 アーちゃんは頷いた。




***********




 ちょっとだけ昔の事を思い出す。

 元いた世界で、俺があの姉とチェスをした時の話。

 ただのチェスじゃない。愚者のチェスと呼ばれる特殊ルールのゲームだ。

 普通のチェスと大きく違う点として、初期配置は自由。手前三列の中なら、どのように駒を配置してもいい。そして、お互いに相手がどのように駒を配置したのか、知らない状態でゲームをスタートする。もちろん、一つの盤でゲームをしては相手の駒が見えてしまうから、二つの盤と二つの部屋を使うことになる。相手の駒の位置がわかるのは、唯一、自分の駒と隣接するマスに相手の駒が置かれていた時だけ。伝奏と呼ばれるゲームマスターが二つの部屋を行き来し、片一方がどのように指したのか、それによって「見えるようになる」駒は有るのかを確認し、もしも「見えるようになった」駒があったなら、それを対戦相手に伝える。

 だから、序盤は相手がどのような布陣を敷いたのか、その情報収集に手数を費やすことになる。

 本当はもっと細かいルールがあるのだが、全部説明しているとややこしくなるので、ここでは省く。まあ、才能よりも直観的なセンスがものをいうゲームだ。


 そしてこの勝負で、俺は姉に勝ったことがない。

 ハンデをつけてもらっても、ローカルルールを付け加えても、どうしても勝てなかった。

 この世界に来る前、最後に指した時も惨敗だった。

 俺に有利なオリジナルルールを勝手に作って、そのルールの下で勝負したにもかかわらず、あの姉はあっさりとそのルール受け入れ、そして悠々と勝利をもぎとっていった。

 どうしてこんなに不利なルールで勝てたのか、あの姉に聞いたとき、彼女は何と答えただろうか。

 確か――。


「はい、俺の勝ち」


 俺は、チェスとも将棋ともつかないそのボードゲームで、あっさりと三連勝をおさめた。

 軍盤……とかいう名前のゲームだったか。

 対戦相手の豚――もとい、豚に似た男は、食い入るように盤面を見つめながら、たるたると頬をふるわせている。


「つまり……妾は、ハルキのお嫁さんになるのか?」


 馬鹿が馬鹿なことを言う。


「バカ……ーラ、どうしてそういう話になった?」

「今、バカーラと言ったか!?」

「イッテマセンヨ」


 ユマが呆れた顔で首を振る。

 俺の部屋の2階には、5人の人間が集まっていた。

 カーラ、アーティ・マーティ、俺、そしてバレー家の警備隊長であるビーガンとメダホ。この、メダホという豚が曲者だった。

 俺の部屋に入ってくるなり、カーラに求婚したのだ。

 バレー家はもうおしまいだ。この街のためにも、街の実力者である自分とバレー家の血を引くカーラが結婚するのは必要なことだ、などとのたまって。

 だからつい、喧嘩を売ってしまった。

 カーラを嫁にもらいたいなら、俺を倒してからにしろ! と。


 そしてメダホが提案してきた勝負が、このボードゲームだった。俺にとっては見たこともないゲームだったが、ルールを聞いてみると、愚者のチェスほど複雑なものではない。奴はこのゲームに自信があったようだが、ど素人に三連敗もするとは思っていなかったのだろう。


「なぜですか! 貴方はこのゲームを知らないと言っていたではないですか!」

「だって、俺は俺だぜ?」


 あの、ナルシストな姉は、確か、こう言っていた。「なぜなら、私が私だからだよ」と。そして続けてこういった。


「ルールの説明は受けた。実際の盤面も見た。お前という人物を見た。これで俺が負けるはずがないだろう」


 どやぁ。

 俺は小さくガッツポーズをした

 一生に一度は言ってみたいセリフの、ベスト7が言えた。

 しかし、


「うわぁ」


 なぜかカーラにはドン引きされた。


「ハルキ、妾の婿になるなら、もっとこう、謙虚でいて欲しい」

「だからどうしてそうなった!?」

「ん? 勝った方が妾と結婚するというルールではなかったのか?」

「違うからね!?」


 こほん、と、部屋の壁にもたれかかっていた男が咳払いをする。ビーガンだ。


「ハルキ様。貴方は確か、カーラ様の腹違いの兄という話では?」


 ああ、そういえば、そういう「設定」になっていた。


「まあ、戯れみたいなものだよ、許してくれ、ビーガン」


 それにしても、ビーガンにメダホとは、ずいぶん対照的な名前の連中だ。デブとガリじゃないか。

 俺は仕切り直すためにパンパンと手を打ち鳴らす。


「さて、諸君、よく集まってくれた」


 俺は集まったメンバーを見回す。

 バレー家当主代行、カーラ・バレー

 メイド、アーティ・マーティ

 元北門城主にして、北部自警団団長、メダホ。

 元南門城主にして、南部自警団団長、ビーガン。

 そして、俺。


「まず最初に言っておくと、これから展開する作戦は、敵――皇后レミアを打倒するためのものでは無い」


 この作戦の、裏の裏まで話す必要はない。

 ただ、作戦の結果だけは、あらかじめ教えておく必要があるだろう。


「この作戦は、平和裏にレミア軍をこの街から追い出すためのものだ」


 一切の死人を出さず、全員が幸せになれる形で、この戦いを終わらせてやる。

 俺はそう心の中で宣言し、にやりと笑った。



愚者のチェス……なんか、別の名前があった気がするのですが、思い出せなかったのでとりあえずこの名前にしておきました。

愚者のチェスと大局将棋は、一生に一度はやってみたいボードゲームです。


誤字や脱字の指摘、意見や感想、お待ちしております。

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