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第1話 若春燕矢

初めましての人は初めまして!

お久しぶりの人はお久しぶりです!

オリジナル軍記物、始めました。



それは、ある日、ある場所での会話。


「君は、この世界に何を望む?」


対峙した彼女の紅い瞳は、松明の光を映して、仄暗く輝いていた。


「私は、すべてが欲しいのだよ。使いつくせないほどの財宝が欲しいし、この帝国が欲しい。あらゆる人々を支配しつくして、一切の快楽、幸福、屈辱、絶望、敵……そのすべてが欲しい」

「途中、妙なものが混じっていなかったか?」

「矛盾しているだろう。この欲望に論理などないのだよ。だから、男としての君が欲しいし、敵としての君も欲しい。君がすべてに替えて守ろうとしている君の国も、私の物にしてしまいたい」


俺の後ろでリィンが槍を構えた気配がした。それを片手で制止する。

僕と彼女のほかに、声を上げる者はいない。この暗がりの中には数万を超える兵士たちがいるはずだが、彼らをはじめとして、夜の音を奏でる虫たちですらも、今夜は遠慮をしたのか、なりを潜めている。


そっと、無数の気配だけが、夜の闇の中でさざ波のように流れている。

俺は、いつの間にか喉がからからに乾いていることに気が付いた。


「もしも俺の国を諦めてくれるなら、この無意味な戦争はやめることが出来るんだけれど」

「……どうやら、話し合いはこれでお終いのようだな。君も私も、何一つ譲ることはできないだろう。明日、君の剣が私の心臓を貫くまで、私は止まらないよ」


彼女はそれきり後ろを向き、兵士の群れの中に姿を消してしまった。

――それは、ある日、ある場所での会話。

俺と彼女が交わした、最後の会話。




***********




にゅるん。


擬音で表すなら、そんな感じ。

普通に信号待ちをして、青になったから普通に歩きだし、そして次の瞬間には、全く知らない場所にいた。それこそ、自分がところてんになって押し出されたかのように、にゅるんと世界のはざまを潜り抜けてしまったのだと気が付いたのは、その数秒後だった。


「マジか……」


俺――ハルキは思わず頭を抱え、しゃがみ込む。

自分たちの家系の人間が、昔から異世界に跳びやすい体質だという事はよく知っていた。自分のひいひい爺さんはもともと別の世界から紛れ込んできた人間だというし、従兄弟も一人、五歳の誕生日のときに異世界に行ってしまい、それ以来音信不通になっている。いつかは自分も同じ目に合うんじゃないかと思っていたが、それでも心の片隅で、そうなる事はまずないんじゃないかとも思っていた。


そりゃないぜ、とっつぁん、などと呟いてから、俺はふとあたりを見回す。

そこは、石でできた建物の中だった。鼠色のローブを着た男たちが数人と、ナイフを持った少女が一人。状況を見るに、ナイフの少女が男たちと戦っているようだった。しかし、あたりはしんと静まり返り、物音一つない。彼らは全員、時が止まったかのように固まっているのだ。


机から落ちたコップは地面につく寸前のところで宙に留まり、一人の男は、目を見開いたまま何かを払いのけるようなポーズをしたまま、動きを停めている。ふいに触れてみたカーテンは、まるで石のように硬く、微塵も動かない。

と。

コツーン、コツーンという靴音が響き、がちゃり、と木の扉が開くと、燕尾服に片眼鏡、シルクハットをかぶった老人が入ってきた。老人はピクリとも動かない彼らを見ても驚くことなく、むしろ俺を見て軽く目を見開いた。


「@■☆!△√◎…?」


老人が理解のできない言葉で話しかけてきた。


「……? パードゥン?」


「!☆&●%¥◇」


老人は俺に近づくと、懐から黄色い花を取り出し、それで俺の唇と耳をポンポンと叩く。


「……これで話ができるようになったかね」


ふいに、老人の言葉が理解できるようになった。


「……魔法、か?」


俺の問いかけに、老人はからからと笑う。


「魔法でこれほどの奇跡が起こせるものではないのだよ。これはこの花の持つ効能。世界が生み出した奇跡とでも言っておこうかね……異世界人の少年には、少々物珍しいものだったかもしれないのだね」


老人の目が、きらりと光る。

俺は眉を、ピクリと動かした。


「驚いたな。すぐに異世界から来たとわかるなんて。この世界には異世界人もそれなりにいるのか?」

「私が少々特別なのだよ。安心したまえ、この世界に君以外の異世界人は存在しないのだよ」


それはぜんぜん安心できる要素じゃないのだけれど、と俺は心の中でつぶやいた。


「……おっと、そろそろなのだよ」

「何が――っ!」


その瞬間、ぼやりと目の前の空間が歪むと、次の瞬間には赤地に黒い斑点を持つ、人の顔ほどもある丸い花が浮かんでいた。


「世界のはざまに産まれる幻の花、ナナホシ。この花を誰かに取られるわけにはいかなかったのだよ」


老人はそう言うと、何の気なしにその花をつまみ、燕尾服の内ポケットにしまい込む。そうするとあれだけ大きな花がまるで手品のように彼の懐へと消えていった。


「さて、私はこれで失敬するかね。……ああ、君、もう少し頭を下げておいた方がいい」

「? こ、こうか」


老人にそういわれ、俺は少し身をかがめる。


「もう少しなのだよ……そう、それでいい。それでは失敬」


そういうと、老人は煙のようにふっと姿を消し、次の瞬間、鉄の燭台がハルキの脳天をかすめた。


「うぉっ!」


とっさに肘鉄で反撃しながら、俺は時が動き出したのだと理解した。


「! もう一人いるぞ!?」


男の一人が叫ぶ。動揺したその声に、男たちだけでなく、彼らと戦っていた少女もハッと息をのむ。

少女は、わなわなと口を震わせ、


「あなた、一体……っちぃ」


何かを言おうとした少女だが、状況がそれを許さない。襲い掛かってくる男たちをあるいは切り、あるいは殴りつけると、彼女は俺の手をつかんだ。


「ちょっと来て!」


そういうと、少女は俺を連れたまま近くの窓に走り寄り、そのまま飛び込んだ。ガラスが割れ、俺と少女は外へと放り出される。


「逃げるわよ!」

「逃がすか!」


後ろから怒鳴り声がする。

窓の外は、薄暗い路地裏だった。まるで迷路のように入り組んでいたが、少女は俺の手を引いたまま、まるで自分の庭のように自在に走り抜ける。右に曲がり、左に曲がり、階段を上り、腐りかけた生け垣を潜り抜け、俺の息が上がってきたころ、ようやく追手の気配が無くなり、大通りに出てくることが出来た。


俺と少女は、そのまま尻もちをつくように座り込むと、ぜえぜえと呼吸を整えながら、お互いの顔を見つめる。そこでようやく、俺は少女が整った顔をしていることに気が付いた。髪はダークブラウンのショートヘア。ぷっくらと下唇はどことなく幼さを感じさせるが、顔つきは大人びており、18か19といったところだろうか。手足はほっそりとしているが、健康的な筋肉が付き引き締まっている。旅装束なような武骨な服を着ているが、きちんとした服を着ればどこに出しても恥ずかしくない淑女になるだろう。


「ぷっ」


不意に、少女が噴出した。何が面白いのかはわからなかったが、つられて俺も笑い出す。


「ぷっくっくっくっ」

「あーっはっはっは」


通りを歩く人たちがいぶかしげな顔で見つめてくるが、それでも笑いが止まらない。無事に逃げ切れたせいで気が緩んだのか、それともお互いに名前も知らないまま手に手を取って逃避行をしたのが滑稽だったのか、それとももっと別の理由があるのか。

ひとしきり笑ってから、少女が「ユマよ」と名を名乗った。


「ハルキ・アーバンクレーだ」

「へぇ、変わった名前ね」

「ハーフなんだ。母親が日本人で」

「ニホンジン…? 聞いたことがないわね。まあ、良いわ」


少女――ユマは立ち上がると、尻についた埃をポンポンとはたく。


「さっきは助かったわ。あなたが突然現れてくれたおかげで奴らの隙をついて逃げることが出来た。お礼に何かさせて頂戴。おいしいランチでもご馳走しましょうか? それともご利益があるって有名な教会に行ってみる? どこか行きたい場所があるなら、この街は私の庭みたいなものだから、穴場みたいなスポットだって知っているわよ」

「あ~、どうだろう。……実は異世界人なんだが、どうしたらいいと思う」

「……頭の病院か。どこかにあったかな」

「いや、そうではなく」


ボケたと思われたのか、漫才みたいなやり取りをして、ふとユマは考え込むように手を顎に当てた。


「……ん、待てよ。黒髪黒目、異世界人……ひょっとして」

「何か言ったか?」

「何でもないわ」


ユマが何かをつぶやいたが、聞き返そうとするとユマは慌ててかぶりを振る。


「まあ、いいわ。もしもあなたが本当に異世界人だっていうなら、住む場所にも困るような状況よね。ついてきて」


そういうと、ユマはくるりと背を向け、すたすたと歩きだした。




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後書き

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