華は謳いし、妖の宴
オチなし纏まりなしなグダグダな話。
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花風企画参加作品。
主催の結月 澪様、赤田 ヤオ様多大なる遅刻、大変申し訳ありませんでした。
はらりはらり、と樹齢1500年の生き桜の花びらが舞う。今宵は宴。妖と呼ばれる者達は皆、生き桜の下に集まり酒を飲み祀りを楽しむ。それがこの宴――――春迎祭である。
そもそもの始まりはとある大妖怪が花見を1人でしたいたことから始まったとか。実質、その辺の始まりはどうでもいい、妖の歴史書に載っているし。……まあ、その辺の話は諸説あったりするのだけど。
樹齢1500年の生き桜は地脈から養分を貰うだけでなく、下級の妖や獣、人間などを喰ってその儚き花を咲かせることで有名だ。だから、その花の色は薄まった紅色なんだとか。そんな話を俺にしたのは同級生のカラス天狗の少女だ。目を輝かせて「素敵ですよねー、流石は生き桜様々です」などとわけの分からんことを言っていた。いや、生き桜様々ってなんだよ? そんなに素敵かこの話、などと思ってしまうのは仕方がないことだ。
何せ俺は人間である、しかも訳ありの。なんて言うと大抵は親が妖に喰われただの、売られただの、はたまた妖に連れ去られただのと勝手な憶測を立てられることがしばしあるのだが全く違う。
実の親はちゃんと生きているし、売られててもないし連れ去られてきてもない。確かに俺を産んだのは人間の親だが、育てたのは妖だ。何故そんなややこしいことになっているのか。
産みの親が中々ぶっ飛んだ人達だったからである。そもそも、その方法が思いつくところがおかしいと思う。そしてそれを実行するのも! なんて今更思っても遅い。もう過ぎたことだし、どうしようもならない。一応、年に数回産みの親には会ってはいるが。
産みの親である母さんはれっきとした人間である。だが、妖との交流を持つのが上手い人だった。妖同士は子ができにくいらしいから、人間と結婚して子が妖怪になる確率を高くするのだとか。
……正直、そんな話はどうでもよかった。現実に目を戻したくなくて、ちょっと遠い目をしてしまった。
「さつきくん?」
「あー、何」
「どうしたんですか? 遠い目なんてして」
「察して」
なんて、妖怪に言っても無駄なのは知ってるけど。けど、言わせててか察して。人間がぽつーんと妖の中に居るって結構光景おかしいから。皆身体に何かしら生えたりしてんのに俺だけ出てないから。
別にそれを不思議に思ったことは全くない。むしろ、あ、そうなんだ程度だったりした。反応うっす! と思われようとそれが事実な訳だからどうしようもない。
「あ、もしかして人間であること未だに気にしてます?」
「イヤ全く、むしろそれは10年前に受け入れたから」
そうですか? と首を傾げるカラス天狗の少女は誰かに呼ばれて俺の側を離れて行ってしまった。あちこちで妖達が酒を飲み交わしている。あー、言わんこっちゃない。
「三雲さん」
「あれー? さつきくんだー?」
「見事にできあがってますね」
困るから辞めてくれ。三雲さんは酒呑童子と呼ばれる大妖だ。酒が好きで酒ばっかり飲んでいる……のだが、酒に弱い。めちゃくちゃ弱い。弱すぎてシャレにならないくらいに弱い。
なのに酒好きで酒瓶を離さないため、周囲が迷惑を被る。酒癖が悪い人って絡んだりする、それと同じでこの人は……
「ほらほらー!」
「丈さーん? いませんー?」
人に酒を容赦なく薦めてくる。未成年も対象らしい、いやいらないから。現在、今度は肩に手を回されてガッチリと捕獲された形になっている。これは流石に逃げられない。
三雲さん、女だけど妖だから力が強い。酒呑童子って、確か普通に力も強いはずだ。肩に手が食い込んでミシミシ言い始め……この酔っ払い!
「丈さんんんんんん!!」
頼みの綱を大声で呼ぶも、宴会のせいかあまり声が通らないらしい。くっそ、マジで質の悪い人に捕まった。
「何だ何だ-? 私のお酒が飲めないっての?」
「いや、三雲さん俺まず未成年だから」
人間界じゃ、酒は二十歳からだが妖の国では18歳からだ。まあ、人間と身体のつくりも時間の流れも違うからそんなことはほぼ関係ない括りにされているというか何というか。
グイグイとお酒を勧められるがあー、待て待て。ちょっと待って? ふと感じた気配に三雲さんがおや? と首を傾げた。
「わらしじゃないか」
「名称略禁止」
「どうしたんだい?」
顔をほんのり赤くさせて、三雲さんは自分より幾分か背の低い少女を見る。おかっぱ頭に、子供用の赤い小袖にちゃんちゃんこを来ている少女。
「華香が探してる」
「アイツなんて放っておけばいいじゃないか」
「華香煩い」
でしょうね。と思う俺は何と薄情者か。わらしと呼ばれた少女――座敷童――は俺の方を見て一つ頷く。
「さつき」
「……俺、多分まだあの人の元に行くべきじゃないと思う」
あの人からは楽しんでこい、ていうのが本来言われてることだし。座敷童には悪いが、まだ行ってはいけない気がする。
「華香煩い」
「……ああ、何だ。さつき、お前さんを遊びに誘うためのこじつけだ」
「はい?」
ずっと華香が煩いと言っているからだろうか。それがどうしてか分かったらしい三雲さんがそう言った。片手に酒を持って、だが。絵面が何とも言えず形容しがたい。
「三雲煩い」
「はいはい、わらし。あっちに行きな」
「さつき」
「さつきくんはこっちなの」
……現状理解ができてないのは俺だけですか。何故かバチバチと火花を散らし始めた三雲さんと座敷童。仲裁に入るべきかと迷って入れば、誰かに手を引かれた。え、誰?
「さつき」
「……んだよ、お前か」
クラスメイトの朱白だった。コイツは輪入道という車輪の姿をしている妖怪だ。昔は牛車の車輪だったとか。その辺は歴史で習ったんだが、もう忘れた。覚えていても別に、て感じの知識だったしな。
「あ、そっちの姿か」
「あのな、俺が本体で居たら邪魔になるだけだから」
妖怪は総じて皆、本来の姿ではなく人間の形を取る。その方が過ごしやすいらしい。まあ、朱白みたいに本体がデカいと確かに邪魔にしかならない。三雲さんは、あの人は元々人型に近い姿してるからなー。
ああ、カラス天狗の少女もほぼ人型だ。違うのは、その背に真っ黒い羽が生えていることである。いつもは背に沿って畳んである。広げた時はかなりデカかったなー。
「飲まないのか?」
「俺、人間。未成年」
「はは、そこは律儀に守ってるのか!」
「律儀も何も、あの人が飲ませてくれないんだよ」
確かに未成なのだ。だから飲めない。そうなのだが、あの人がいいとは言ってないから飲めないというのもある。あの人とは、俺の現保護者だ。
この妖の国ではそこそこ名の知れた妖怪だ。妖の国には階級なんてないから、誰がトップとかはあまりこだわりがない。一応、居るにはいるが。
「随分と大切にされてるな」
「……こっちとしては、いい加減その子供扱いから抜け出したいんだけど」
人間の10倍速く、時の流れを生きている妖怪達。つまり、今俺が18歳で、朱白は180歳と言うことになるのだ。
三雲さんなんて、いくつになることか。そして、俺の現保護者は……言ったら殺される年齢だった。
「お前なんて、まだまだ俺らから見たら子共なんだよ」
「180歳で高校生の真似事してるお前に言われたくはない」
にしし、と笑う朱白にそう言い返せば憮然とした顔で「いいいだろ?」と返された。まあ、いいんじゃないの。俺には歳食ったじいさんが……あー、輪入道の180歳ってまだ若いんだっけか。寿命知らないけど。
「まあ、お前は何も知らなくていいんだよ」
「……引き取られただけの人間、だしな」
便宜上はそうなっている。仕方が無いのだ、妖の国に人間がこうして生活することはまずない。前例は幾つかあるが、古くて文献には大して残ってはない。
朱白はこうして妖の国で生活する人間を見るのは3回目だそうだ。そんなに頻繁に見れるものでもないらしいから、朱白はとんでもなく幸運なのだろう……だから、知ったことじゃないっての。
「ほら、何か食おうぜ」
「朱白の奢りな」
「金もらってんだろ?」
もらってるけど、使う気はないし。それに、妖の国の食い物ってあんまし食欲が湧かないんだよな……妙な色のものがたまにあって。
朱とかはまあ、見る。苺とか林檎とか、その辺赤いけど蒼い林檎なんて見たことあるか? 蒼ってそもそも食欲抑制効果があるし、そんなもの食おうとは思わないのだが意外に上手いことは知っている。今日は食べないが。
「んじゃ、無難に林檎飴でも食う?」
「蒼以外の色で」
「んじゃ、黄色な」
「そこは赤にしろよ……」
黄色い林檎飴……は人間界では見たことがない。それもそのはず、基本的に林檎飴というのは皮のついたままのリンゴをシロップや飴でコーティングしている、よく祭りに出ている赤いやつを思い浮かべる。
あの赤い色はコーティングの飴を食紅と一緒に煮詰めているから、らしいがさてどうだか。その辺の詳しいことは知らないから、何とも言えない。
で、何故皮ごと飴に絡めるそれが黄色……基黄金になるかというと。簡単だ、皮をむいて身だけの状態で飴につけているから。
しかも、食紅は混ぜてない。昔ながらのべっこう飴のように、砂糖しか煮詰めてないため黄金色になるという原理らしい。そんなことはどうだっていいのだが!!
「黄色の美味いだろ?」
「何か、あれみずみずしさに欠けてる」
「そうか?」
皮ごとの方が俺個人としては好きなんだよ。美味しくないわけではないけど。朱白について、すでに大量に酔っ払いが出まくっている街道を通っていく。あー、寝てる寝てる。これは危ないな……踏みそう、てか何人か妖の姿になってるし。人型保てなくなくくらいに飲んでるのかよ!?
「あ、さつきく~ん!」
「お前もか!!」
誰かに呼ばれたかと思えば、そこに居たのは赤い顔をしてやや呂律の回ってない鴉天狗の少女が居た、右手に酒を持って!!
「東雲、また飲んだのか」
「あ、朱白くんじゃないですか~!」
酔っ払いめ! と言いそうになったが、朱白がにこりと笑ってその手に持つ酒を取り上げた。あー! と叫ぶ東雲は朱白に突っ込んでいくが、ひょいひょいと躱されている。
「何で取るんですかぁぁぁぁ!!」
「うるせぇよ! お前酒弱いくせして飲んでんじゃねぇ!!」
いや、それお前もだから。とは思うが言わないでおく。だってな、うん……朱白の場合はなんつーか、アレなんだよ。
「朱白くんだって、酒に飲まれてるくせにー!!」
「うるせぇぞ!!」
180歳の妖同士がこうも言い争ってるのを見てるとガキの喧嘩にしか見えてこない。いつも学校で見てるからだろうなぁ……この2人、こんなんだから俺も慣れたっていうのもある。正直言って、慣れても仕方がないものになれた感じがする。
「……お前ら、ここでも喧嘩すんの?」
呆れてそう言えば、返ってきた返事が黙ってて! と。この場に居ても収めれないのは目に見えているため、この場を離れることにする……煩い2人を放って。
喧噪と賑わう声に囲まれながら歩いていると、「さつき」と名前を呼ばれた。いつの間にか辿り着いていたのは、生き桜の下。俺を呼んだのは、赤茶色の長い髪を無造作に揺らして煙管を持った女。
「華香」
「随分早いね。まだ約束の時間じゃぁない」
紅に白い葉の模様の着物を少し着崩して、煙管を口に持っていった華香こそ俺の保護者だ。種族は鬼。その中でも、そこそここの国で名を馳せているらしい。
先程、座敷童に呼ばれた時に行けなかったのは、華香と別に約束をしていたからだ。だから、座敷童の呼びかけには答えなかった。
「仕方ないだろ、回る奴らが喧嘩を始めるわ酔っ払いしかいないし」
「妖なんて、んなものだ」
そう自分で言っている華香は手に持つ煙管を煙のようにして消すと俺の方に近づいてきた。花びらが散って、桃色の幻想を創り出す。
「さて、さつき」
「……。」
「いつか聞いた、その答えは出たかい?」
それを聞きたくて呼び出したのか。思わずため息をつく。いつか、て聞いてきたのなんて言え出る前じゃねぇかよ。
「俺は、ずっとこのまま生きていくよ」
「……。」
「華香の誘いは確かに、俺が生きながらえていけるかのしれない。けど、俺は人間のままでいい」
人間のままで、俺はこの生涯を終える。いつか、後悔がくるとも限らないが、少なくとも俺は。
「俺は、俺のままで」
望んでいることは、きっと些細なことで。けど、重大なことなのだ。妖という存在はその種族によって、永きを生き行く。それに対して人間は、本当に短い時間なのだろう。それでもいい、それでいい。
「……お前なら、そういうと思った」
「知ってて聞いたのか?」
「さて、どうだろうね」
華香は生き桜の幹に手を添える。花びらは静かに散りて、落ちて。
「後悔のないように、生きるといい」
「……当たり前だ」
ふ、と華香は笑うとまた煙管と取り出して口にくわえて、俺の方を向いて妖艶に微笑んだ。
「ほら、宴はまだまだ始まったばかりだよ」
「俺はもう帰りたいがな」
「おや、今日は飲んでもいいよ。その代わりに付き合ってもらおうか」
「……俺、未成年」
はぁ、と小さくため息をついて俺は華香の方に向かって歩き出す。妖の、春の宴はまだまだ始まったばかりだ。
※おまけ※
「華香! お前さんはもうおやめ!」
「いいだろう? まだコイツも潰れてないぞ」
「華香、アンタ化け物か」
「……あんたら、俺の心配してくれよな?」
華香に付き合わされて飲まされた結果、異様に酒に強いことが発覚した。
※お酒は成人してから飲んでください。