『前書き』他4編
…これは俺が、まだ子供の頃の話だ。
何かとかぶってたら、ご愛敬。
だって、世界はいつでもブレブレだろ?
ほら、カラスもそう言ってる――。
『出席』
速水、おはよう。
…おはよう。
声を掛けられて、そう言って、俺は席に着いた。
時刻は8:19分。もうすぐチャイムが鳴る。
ここは三階。俺の席は窓際で、グラウンドと校門が見渡せる。
今一人のクラスメイトが、走って来た。
キーンコーンカーンコーン。
ガー、ガー。
あ、チャイムが鳴った。ついでにカラスも鳴いてるな。
あいつはまだ門の外だ。
凄い走ってるけど。間に合うかな。
「出席を取るぞ」
だけど俺のクラスは全員そろっていて、出席は何事も無く終わった。
「あれ…、あいつ」
あいつはグラウンドの、どこにも居なかった。
■ ■ ■
『真似っこ』
「~からすがないたらかえりましょう♪」
「―からすがないたらかえりましょう~」
…真似っこされている。
誰だろう?
俺は振り返えったけど、誰も居ない。
「うーうー?」
「―うーうー~」
「ら~、らー♪」
「―ら~、らー~」
誰だよ、お前。
俺は少しむくれた。
カッコー、
――ちょうど鳥の声が聞こえた。腹いせに真似しようかな?
かっこう、って俺がまた言って。真似されて?
「カ…」
俺はあほらしくなってやめた。
ふと立ち止まる。
カッコウ?
「…あ、カッコウが鳴いたら、雨が降るのか」
そう言ったら、本当に、急に降り出した。
■ ■ ■
『佐藤さん』
急に雨が降り出して、俺は慌てて走った。
カランカラン。と扉を開けて、避難する。
「あ、朔おかえり。急に降ってきたね」
カウンターには隼人がいる。
「うん。あー、すごく濡れた。隼人、…誰がか俺の真似して、カッコウが鳴いて雨が降ってきた…」
俺は帽子を脱いだ。隼人は少し首を傾げた。
「?そう。タオルいる?」「大丈夫」
速水朔。
それが俺の名前。ごく普通の小学五年生。
ここは、雨宿りに入った、おなじみの喫茶店、『Blue Bird』。
ルリツグミって読むのが本当らしいけど、みんなブルーバードって呼んでる。
地元の高校生になった友達の隼人は、ここでバイトを始めた。
隼人は黒髪ショート、前髪はふわっとしてて、後ろの髪はシュッとしてて、毛先は天然パーマ?切れ長のタレ目で、背もそこそこ高くて、美形。
俺からしたらすごく大人っぽい。
今は白いYシャツを着て、お店のエプロンをしてる。
外は…雨がすごく降ってる。
冷房で少し寒くなって、やっぱりタオルを借りた。
「サンキュー。なあ隼人、傘持ってるだろ?…けど、一緒に帰れないよな…」
隼人が置き傘しているのは知っている。隼人のシフトも把握済み。
…今日は確かラストまで。
無理だろうけど、一応聞いてみた。
「うん。今日、僕はラストまでだし…。やっぱり佐藤さんを呼んだ方が良いんじゃ無いかな。ほら、この前みたいに…神隠しにあったら大変だ」
「だよな…」
俺は溜息をついて、親父にぶたれた事を思い出した。
平日の、この時間はあまりお客さんが居ない。今いるのは常連さんが一人。
ちょうどお会計を終えて帰るところ。雨だし、今日はもうお客さん来ないかも?
これでこの店は大丈夫なのか――それはもちろん、二号店とか三号店が大繁盛しているから大丈夫。けどこの店だけはいつも閑古鳥だ。
「…じゃあそうする。佐藤さんか……」
乗り気じゃない俺はまた溜息をついた。子供用の携帯を取り出す。
――どうやらこの界隈には、お化けが沢山いるらしい。
今日はけっこう沢山でた。
ガァー…。ガー。ピューチちち…。
そして鳥達も沢山いる。今日はカラスと何かよく分からない小鳥?が何羽か雨宿りをしている。
鳥の声。
これは昔から俺だけに聞こえる鳴き声で、病気らしい。
たまに頭も痛くて、俺はとても困っている。
…さっき聞こえたカッコウの鳴き声、あれは雨が降る合図だ。
振り返っても――もちろんそこには何もいない。別に害は無いけど。いつもあいつら騒がしい。
…家族はもちろん、この病気の事を知ってる。
隼人は知らない。
いつかは隼人に話さないといけない。ずっと隠してはおけない。
それは分かるけど。まだきっと大丈夫…。
……悩みは尽きない。
「んー…」
俺は難しい顔をして、カウンターの側に立ったまま、『佐藤さん』にメールを打った。
『すみません。カッコウが鳴いて雨が降って、何か色々ヘンなので迎えに来て頂けませんか?』
そして、邪魔にならないように、カウンターの一番端っこに座って、頬杖をついて、しばらく隼人が働くのを見ていた。
「なあ隼人」
鳥の事は置いておいて。
以前から…不思議な、これお化け?妖怪の仕業?という事はたまにあった。
けど、近頃増えてきた気がする。これは…どう言う事だろう?
隼人なら分かるかも?
ちょうど隼人がカップを拭き終わった。
「なあ、隼人、おば」「何だい。あ、今日は何がいい?いつものでいいかな」
ここで飲むときは、隼人のラテアートの練習になるように、いつもデザインカプチーノを頼む。
「あ!うん!―カラス描いて!お金はツケといて」
ワクワクしながら俺は言った。
言いそびれた――まあいいや。飲みながら話そう。
…俺はツケ、つまり月の終わりに小遣いから、まとめて珈琲のお金を払ってる。
この店はたまに常連さんがそうしてるから、マスターに聞いてみたら…いいよと言われた。
なぜそうしてるかと言うと、小学生は、お金を学校へ持って行ってはイケナイから。
高校生の隼人とばかり遊んだらいけなかったり、一人で電車に乗ったらいけなかったり。
犯罪に巻き込まれたら危ないって、まあそれはよく分かるけど――。
「ハァ」
早く大人になりたいな。…ちゃんと大人になれるか不安だけど。
「お待たせ」
「ありがとう、あ。すごい!」
俺は言った。ちゃんとカラスだ。
四月…隼人がバイト始めた時はもちろん下手だったけど、最近、凄く上達した。
「うん、練習したんだ」
隼人が笑う。
「俺も頑張らないと…あ」
そうだった。忘れるとこだった。
隼人にお化け?の事を聞こうと思ったんだ。
「なあ、隼人……去年は二回?くらいだったけど…最近、変な事が多」
「おお、来たのか」
「あ、マスター!お邪魔してます」
俺は笑って頭を下げた。この店のマスター、磐井さん。
俺はこの店にしょっちゅう来てる。
宿題があるときは奥でやらせてもらうし、店が休みの日は隼人と一緒に珈琲の煎れ方を練習させて貰う。
マスターはまだ子供の俺にも丁寧に教えてくれる…。
…この店はとても緩すぎて心配だ。
「雨宿りか。急に降ってきたよな」
「…ごめんなさい」
俺は少し謝った。もしかして俺のせい?
「??まあ、もうすぐあがるだろう」「朔のせいじゃないと思うけど」
マスターが首を傾げて、隼人が苦笑した。
「うん。偶然――」
俺は笑った。珈琲を飲む。
カランカラン。
「佐藤さんだ」
振り返って。席を立つ。
「じゃあな、隼人、マスター、さよなら」
■ ■ ■
外は小雨になっていた。
店の駐車場に、黒に近いグレーの車が停まってる。佐藤さんの車だ。
佐藤さんは本家の運転手みたいな人。病院の送り迎えとかしてくれる。
いつもスーツで、白い手袋してる。
ええと、色の濃いめの茶髪で、ショートカットで、真ん中分けで、右側の耳の前の髪を、顎くらいまで伸ばしてる。たぶん未来の隼人とおなじくらいの美形。
…優しい人だけど、姿勢もしゃきっとしてるけど、なんか暗い?
ずいぶん背が高いから、そう思うだけかな?
俺はいつも見上げてる。
親父は困ったら、何かあったらとにかく、佐藤さんを呼べっていつも言う。
いやだから『何か』って何?
俺はそう聞き返すけど――肝心なそこを聞けた試しが無い。
丁度トラックが通りかかったり、茂みからねこが飛び出してきたり。
お手伝いさんがふすまを開けたり、突風が吹いたり。
…そもそも、何がヘンなのか、よく分からない…。
だって…最近は全部変だし…。
「お待たせしました」
「佐藤さん、ありがとう…」
俺は誰も見てないか、キョロキョロした。
ただでさえ俺は…兄貴が『金持ちの馬鹿息子』とか言われてるのに…。
クラスメイトに指さされるのはやっぱり嫌だ。
…良かった誰もいない。
俺はさっさと乗り込んでドアを閉めた。
「あ」
車に乗って。
――だいぶ後で、俺は、隼人にまた相談しそびれた、と思った。
また明日『Blue Bird』に行こう…。
■ ■ ■