『くらやみ男』『エピローグ』
――こういう噂知ってるか?
そいつは、くらやみ男って言うんだけど――。
『くらやみ男』
親父が帰って。今日もまだそれなりに暑い。
でもたぶん、来月からは秋になる。
その日は学芸会の練習で、帰りが遅くなった。
俺は一人で歩いていた。
■ ■ ■
……なんだろう。頭がぼんやりする……。
ごーごーという音がしている。
俺ははっとした。ここ、どこだ!?
真っ暗で何も見えない。手が動かない。思いっきり焦る。心臓がバクバク鳴って冷や汗がどっと出た。
叫ぼうとしたら、んぐーーー!!という声が出た。ガムテープだ。
目は見えない。目隠しされている。体も動かない。
ここはどこだ!?
ぐん、と曲がった感覚があった。車……!?分からない。
けど何かに乗っていて、運ばれている。トランクの中……?
(やばい……!!マジで誘拐だ……!!)
そうだ。俺は背後から、誰かに口を塞がれて。
為す術無く車の後部座席に乗せられた。あんまり不意打ちだったから、口にガムテープ貼られて、声を上げるチャンスも無かった。情けない。その後どうしたんだろう。今はトランク?詰め替えられた?
覚えが無い。どうしよう。
悪い事にちょうど誰も居ないような道だった。
本当に誰も居なかったの?一人くらい居てくれよ!!
目撃してくれよ!!
……どうしよう。
俺は途方に暮れた。
■ ■ ■
朔が、また帰って来ない!
――と連絡してきたのは朔の祖母だった。
「警察には?」
「電話したけど……ああ、朔……」
「っ……分かりました。すぐ向かいます。お義母さんは家にいて下さい」
朔の父親は義母を落ち着かせた。
「ああ、朔、きっと、前みたいに帰って来ておくれ……」
祖母の声は震えていた。
■ ■ ■
しばらくして、車が停まった。
俺はトランクから取り出された。
――ガー。ガー。
――ちちちち
――きぃー
鳥が沢山いる。ざわざわと風の音が凄い。
そのまま抱き抱えられて運ばれる。
ここって、どこ?森?
まさか殺される!?
(お、落ち着け。もう小五なんだから、重いだろう。じゃない。死ぬときは潔く死のう。犯人が後で静かに殺されたって言うような――いや!!絶対嫌だ!ふざけんな絶対逃げる!!落ち着け!!)
(くっそ今日に限ってスタンガンとか催涙スプレー持って無い。今朝いらないよなって置いてきた……!!ピッキング道具だけじゃ何もできない!)
後悔したけど後の祭りだ。
新聞の占いに『人生は身軽が良い。凶器に頼るな』みたいな事書いてあったから!
……くっそ……。
かつん、かつん、と足音が変わった。風も感じない。
俺はどこか柔らかい所に下ろされた。
ソファーか?なんか汚そうだ。
……どこだろう……?
建物?
■ ■ ■
それからしばらくして。たぶん五分くらい。
……誰もいない……?
どこ行ったんだ……?
足音もしない。話し声も聞こえない。
単独犯?
やばいそれって殺す気じゃ無いか?
それともどこか近くにいるのか。
俺は何とか手を自由にしようと頑張った。
十分くらい必死に頑張ると片手が自由になった。
ガムテープと目隠しを外す。
目隠しを取っても、部屋はびっくりするくらい真っ暗だった。
明かりも何も無い。
こ、こわ……。窓も無い……。
手で確かめると、古いベッドのようだ。
マットレスは埃まみれで咳き込んだ。
電気通ってるのかここ……?
俺は扉の鍵を難なく開けて廊下出た。
■ ■ ■
暗い……廃病院か何かだった。
廊下も真っ暗でちょっとしたホラーだ。
俺は廊下の窓からすぐ裏手に出た。真っ暗だ。
「はぁ、はぁ、はぁ……っと」
二階の窓だったから、大分疲れた。壊れかけの雨樋を伝って地面に降りた。
外から見ても……電気は付いていない。どういうことだ?
どこか別の部屋にこもって電話でもしてるのか……?
……よく分からないけど、身代金だけが目的で、受け取りに行っている最中とか。
高飛びでもしたんだろうか。
良心的な犯人で良かった。いや良くない最低だ。
でも油断できない。早く離れよう。
……正直山とか最悪だけど。多分そんなに遠い所じゃ無い。
時間からしたら不帰山か、屍山のどっちか……?違う山かもしれない。
俺はとにかく歩いた。
今時、人里に近い山で、下山して全然明かりが見えない、道路が無いって事は無いだろう……。
そうだ多分、車が通ってきた方向に道があるはずだ。
足元だけにはよく注意して。だいぶゆっくりだけど歩く。
程なく道が……。
ない。なんだこれ。迷った?
俺は泣きそうになりながらこわごわと戻った。
夜の山って、こんなに暗いんだ……ヤバイ。
「隼人……」
よし。行こう。
俺は思い直して、もうこっちでいいやと思った、さっきの方向へ進む。
やっぱり、多分、こっちだと思う。車はバックしなかったし。こっちから進んできたはずだ。
つまずきながら歩いていると、少し開けた道に出た。
――どうする?
走るか、歩くか。
体力的な問題だ。
「……早歩き」
俺は間を取った。走ると疲れるし。
それにしても、どうしてこんなに暗いんだろう……?
でも、月も明かりもないからこのくらいだよな……。
■ ■ ■
「よかった!道だ!!」
俺は道に出た。ちゃんとした車道だ。シカ注意の標識もある。
明かりもあって心底ほっとした。
人里が見える。
俺は一歩踏み出した。
ぐにゃ。
ってした。
……今の何?
俺は振り返った。
俺は進んだ。
……早足で進む。
……かけ足で進む。
……すごく頑張って進む。
……街が遠ざかる。
「――!!!!ええええええ!?」
俺は声を上げた。
――ぜんっぜん進まない!!
これ、こんな、こんな所で、まさか『いつもの』!?
「うわガチまじやば」
俺は本当にそうなのか、ひたすら歩いたり走ったりした。
今ちょうど、車道にいるんだけど。俺が端まで歩くとまた初めの位置に戻っている気がする。
だってこの標識、もう七回見た。シカ注意って。
(なんなんだよーー!!)
俺は頭を抱えて地団駄を踏んだ。
……怪異なんてのは、誰かが悪戯しているんだって、ばあちゃんが言ってた。
またコットン水かもしれない。いや思い出すのはやめる。
――こうなったら、根比べだ。
俺は一晩でも歩く。絶対勝つ!
そのちょうし
背後で誰かがクスクスと笑った。
こんな時に。
「うるさいな!助けろよ!」
俺は怒った。さすがに疲れてるし。
このくらいでへこたれたりはしないけど。
ひたすら何回も歩いた。
途中、逆に戻ってみたけど、戻ってる気がしたのでやっぱり進んだ。
気分はアスリートだ。
マラソンの選手になったと思えば良い。
走らなくて良いんだから楽だ。よく考えれば一晩だって九時間くらいだし、そのくらいなら足が折れるって事も無いだろう。しんどいけど。
お腹が減ったので、道ばたの良くある木の葉っぱを千切って口に入れた。隼人が教えてくれた知恵だ。こうすると多少元気になるって。でも不味かったのですぐ出した。
「はぁ……」
くらやみ。
という声が聞こえて、暗闇という言葉が浮かんだ。
疲れすぎてておかしくなったのか……。
目の前に男が一人立っていた。
■ ■ ■
「!!!」
誘拐犯!?俺はそう思った。
咄嗟に身構えた。まだ大分距離がある。
……でも、違う。
あれ、たぶん人じゃ無い。
だって影だけだし……。こわっ。
――クスクス。
また笑われた。むかつく。
――わすれたのか?ほら、ヒント。
(ヒント?……何だっけ?そんなのあった?)
考えたけど、心当たりは無い。
――クスクス。==は。ちゃんと言ったぜ。
『暗闇男』
「あっ!!」
俺は思い出した。そうだ、今日、いつもの洋館の前を通った時。
ツタだらけの門の向こうから。誰かに声を掛けられた。
「おいちょっと待った!お前、くらやみ男って知ってるか?」
「わっ!?何?」
俺は立ち止まって左右を見た。
「いいから、えっと、噂だけど。お前じゃ無かったか?」
「え?」
俺は門の方を見た。背の高い誰かだ。
「――あ、いや、いいや。ちょっと聞いてくれ――こういう噂知ってるか?そいつは、くらやみ男って言うんだけど――、真っ暗闇に住んでる、寂しいヤツだ」
凄く早口だった。
「そいつを見つけたら、こう言え。くらやみ男さん、ぼくのお家はどこですか?で、適当な方向を指さして、こっちですか?って尋ねると朝が来る!いいな?ほら行け!」
「???」
俺はそのまま学校へ行った。
「……ヒントってあれ?」
呟いたけど、返事は無い。でもやってみるしかない。
前を見るとくらやみ男がいる。
「くらやみ男さん!ぼくのお家はどこですか?――こっちですか!!?」
俺は思いっきり言って、明後日の方向を指さした。
途端にガぁー!!とカラスが鳴いて。
……朝が来た。
■ ■ ■
その後、俺はしばらくポカンとしたけど、走って、すぐにコンビニを見つけて、コンビニの裏に隠れて店員さんが来るのを待った。
座り込んだ瞬間に眠ったらしくて、起こされた。
「ちょ、君、大丈夫?!」
「なんとか……。俺、誘拐されて……」
事情を話すと、すぐに警察に電話してくれた。
「おにぎり食べる?!お茶飲む?!とにかく入って!」
事務所に通してくれて、お茶とかパンとかお菓子とか貰った。
とにかく食べた。
「朔……!」
一時間くらいして、親父とばあちゃんが迎えに来て、今度は殴られなくてほっとした。
警察の人にざっと事情を話して、山の廃病院みたいなところにいた、と言ったら、コンビニの店員さんが知っていて、警察の人に後はもういいから、診察を受けて異常が無かったら、お家に帰って休んで下さいと言われた。
「本当に助かりました。お代を払います」
親父がお金を払っていた。その後は速攻で寝たので覚えていない。
■ ■ ■
「速水、すっげぇ大変だったな!」
四日ぶりに登校すると皆が群がって来た。ちなみに車で送ってもらった。
しばらくは送迎付きになるらしい。
「大丈夫だった?!」「まじ大丈夫か?!」
「いやもう、疲れた……。助かって良かった本当に」
俺は本音を言った。診察を受けて家に帰った後は泥のように眠っていた。
「だよな、ホント良かった……」「めっちゃニュースになってたんだぞ!」「犯人は捕まったっけ?」「まだだって」「恐いね」「身代金目的?!」
「分からないけど、まあよかった」
俺は席に座った。
■ ■ ■
(蝋燭が揺らめき、柱時計の振り子が揺れる)
(壁にはカレンダーが掛かっている)
「……はぁ」
速水朔は溜息を付いた。
「何とかなった……のか?これで」
速水は目の前の男に話かけた。
(クスクスと笑うJACK)
――ギリギリって所だな。あいつがちょうど通りかかる時間、よく覚えてたな。
――そういえば、鈴は使わないのか?
「最後まで残しとく。凡庸アイテムで良いだろ」
――なるほど。良い考えだ。
――ところでこの件の真相。今のお前は、知ってるよな?
『エピローグ』
校長、教頭、担任教師が刑事と話している。
「……とにかく、朔君が無事で良かった」
「本当に。色々不可解な事も多い事件ですが。全力で捜査します!不可解な事が多いですが!いつもの事です!」
刑事は息まいていた。
いつもは用が終われば刑事はそのまま帰るのだが。
たまたま今日は昼休みで時間があった。校長、教頭、担任教師は見送りに出て、刑事を最後まで見送った。その駐車場で。
「っと。すみません」
担任教師は髪の長い誰かとぶつかった。
軽くぶつかっただけなので顔も見なかった。真っ黒で……本当に人だったのか?
柱だったかもしれない。見ても近くには誰もいない。
――ぶつかった拍子に、担任教師の懐から何かが落ちた。
「「え?」」
近くにいた校長、教頭があっけに取られた。
見覚えある生徒の写真だった。
■ ■ ■
……秋になった。
クラスの女子が話している。
「そう言えばさ、結局、××先生、何で辞めちゃったの?」
「よく分からないけど、具合が良くなかったんだって。うつ病みたいな感じで……」
「そっかー」
(××先生、心配だな……)
速水はそれを聞いて、担任教師の心配をした。
〈おわり〉




