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JACK+ 怪談 ショートストーリー  作者: sungen
JACK+怪談 通常版
2/23

『コットン水』



何だ、ノア、また聞きたいのか?

…って言っても、俺もそんなに――。あ、そうだ。あの話をしよう。


「なんだやっぱりあるんだ」って、まあ、あるけど…。

じゃあ…ホットチョコレート作ってやるから、飲みながら聞けばいい。

こら、ベッドの上で跳ねるな。ちょっと待ってろ。


…アンダーでもチョコレートだけは相変わらずあるよな。


少し熱いから気を付けろ。


ん?いや。俺は別に霊感無いし、幽霊は見えない。



…だから油断してたって言うのはあるかもしれない。


これは俺がまだ小学四年生の時の話だ。


俺は当時ダンススクールに通ってて、あまり遅くなるのはいけないんだけど、その日は発表会が近くて。ちょっと練習に熱が入りすぎて遅くなった。


それ自体は別に良い。家から迎えを呼べば良いことだし…。

まあ、実は俺はいつも一人で勝手に帰ってたけど。


けど一応、ボーダーラインって言うのがあって、小学生だし…七時を過ぎたら、『佐藤さん』を呼べって言われてた。


佐藤さんって言うのは本家の執事?みたいな人で、分かりやすく言うと運転手?

母さんが死んだ後は色々俺の、出かける時とか、病院行くときの送り迎えとかをしてくれた人だ。


俺はいつもレッスンの前に菓子パンとか、おにぎりとか、そういう物を食べてたけど、さすがに腹も減ってきた。

先生もそろそろお家の人を呼んで帰れって言った――。



■ ■ ■


「…?なんか、お腹空いたかも」

俺は首を傾げた。部屋の時計を見たら八時を十五分過ぎていた。


がちゃ、と扉が開いた。玉川先生だ。

「あー、やっぱりまだいた。速水君、もうこんな時間だよ、そろそろお迎えの人を呼んだら?」

「あ。はい。じゃあ帰ります」


そして、一階に降りて、いつものよう携帯で電話を掛けた。

「あ、佐藤さん?…はい、待ってます」

『明日は発表会の練習で遅くなります。八時ごろです』って昨日メールで伝えてあったし、問題は無かった。


―ん?ああ、携帯って言っても、子供用の連絡先の少ないやつ。日本じゃ良くある。

家と、佐藤さんと、兄貴と、病院。それぐらいしかかけられない。

…正直、公衆電話の方が役に立つ。


「じゃあ、先生」「ああ、またね。気を付けて帰るんだよ」

俺はそう言って、迎えの車を待つために道路に出た。

ここから家までは車で五分もかからない。今日もすぐに来るはず…。


けど、十分経っても迎えは来ない。


俺は不思議に思って、電話したけど話し中だった。

佐藤さんまた事故ったかな?思ってメール送って。

すぐに電話が掛かって来た。

『すみません、出雲さんが代わりに迎えに行くそうです。車取られました』


どうやら兄貴が現れて、佐藤さんの車をぶんどってしまったらしい…。


――なんだ、だったら勝手に帰ろう。迎えが来ないうちに。


兄の運転と聞いて、まだ死にたくない俺は決断した。


『歩いて帰る。コンビニでも寄って何か買って来たら?アイス食べたい』

兄貴に短いメールを送って、俺は歩き出した。


…夏だし、大丈夫だろ。歩いても十分くらいだし。



多分、それが間違いだったんだ。


■ ■ ■


八時台だけど、人通りはそれなりに多い。

なんだ、別に危険って事も無い…。



からんからんからんカラン…。


遮断機の下りた踏切で、俺は立ち止まった。

電車が通過する。


…踏切の音を聞きながら、俺はあー、そう言えばこの前もここで事故あったよな、って思った。


そこは近所で有名な、危ない踏切だった。

と、言っても遮断機が上がるまで待って渡れば、もちろん普通の踏切だ。

俺はそこを難なく渡った。


そして俺は、そのまましばらく街を歩き、住宅街へ出た。

街頭の下を選んで歩く。

途中、用水路に掛かった橋を渡る。


俺は橋を渡りながら、あー。そういや去年ここで子供が溺れたな、って思った。

そこは夏休みの前に、必ず先生があそこで遊ぶなって言う場所だった。


べつに降りなきゃ良い。俺はそこも通り過ぎた。



家の近くまで来た。

良かった、兄貴には会わなかった。これなら無事に家に着く――。


「……、」

と思った俺は、立ち止まった。


…だれか、ついてきている。

振り返ったら、少し離れたところ、電柱の下に立ち止まってる女の人がいた。

たまたま方向が一緒だったんだろう。


何でずっと立ち止まってるのかは知らない。

俺はまた歩き出した。


そこに、音楽をかけた騒がしい車が停まった。

「朔!ミーっけ!」

窓があいて、兄貴が顔を出した。

もちろんタバコは標準装備。

…えっと、兄貴は…当時、あれ?二十過ぎだったか…?まあ、今は過ぎてるよな。

暗いのにサングラスだし…だからよく事故とか起こすんだ。


その当時、兄貴は赤色のモヒカンだったな。


ん?ノア、どうしたむせこんで。

…大丈夫か?


ああ。俺の兄貴は、ちょっと変なんだ。

ちょうどあの頃はグレてて――今も大して変わらないかな?


「あっ、お兄ちゃん!」

俺は駆け寄って笑った。



…吹き出しつつ微妙な顔で笑うな。だって小四だし。


「アイス買った?」

「買った買った!乗れよ」


「うん!…、……いや、やっぱ近いし歩く。近所迷惑だから音は下げてよ。めいわく!恥ずかしい!」

俺は思い直して断った。

「そうか?朔が言うなら。そうなんだろな。あ、ポテチも買ったから後で食おうぜー」

「サンキュー」

俺は喜んだ。


兄貴はボリュームを下げて、車は凄い速さで角を曲がって行った。

バリバリバリ!と、塀にこすった音がした。

「あ…」


親父がまたキレるな。佐藤さんゴメン。将来はちゃんと安全な運転を身に付けよう…。

俺はそう思いながら、また歩き出した。


「ばあちゃん。ただいま戻りました。お腹空いた…」

「おかえり、朔」

ばあちゃんが出迎えた。

「出雲はもう食べてるよ」「ランドセル置いて来る」


当時、俺の部屋は六畳くらいの和室で…ノアは畳って分かるか?―、ああ、その上にブルーの絨毯を敷いて、勉強机と、ベッド、本棚が置いてある。和洋折衷な感じだ。


俺はその部屋にランドセル…カバンを置いて、また戻って、兄貴、俺、ばあちゃんの三人で夕飯を食べた。


兄貴はたまに俺とばあちゃんが住んでた別邸に遊びに来てた。

親父は年に二回くらい?


…親父とばあちゃんは仲が良くなかったんだ。


だから盆正月は俺が一人で本家に行ってた。ばあちゃんは留守番。

いつも兄貴と親父の修羅場になる…。

俺は茶室に待避。…盆正月だけは、いつも厳しいお祖父さんが優しかったな…。


…親父の性格…?それはどうでもいい。


俺は二階の自分の部屋で宿題をしながら、二ヶ月ぶりくらいに兄貴と色々話した。

兄貴は倒したいチームがあるので、夜中にまた出かけるって言ってた。


俺は兄貴に『親父とお祖父さんは相変わらず五月蠅い?』とか聞いて。

兄貴に『朔は今何勉強してる?』とか、『ダンスはどう?』とかそんなたわいも無い事を聞かれた。


「…家継がないの?」

俺はずっと気になってた事を聞いた。

「朔に任せた!俺は走るよー!ぶーんってな!」


…兄貴は誰がどう見ても、時期家元としての道を外れている。

兄貴にも真面目な所はあるんだけど、親父は分かって無いから…。喧嘩ばかりだった。

「え。いや…俺、出来ればダンサーになりたいんだけど…」

「めんごっぴ!」

…俺は兄貴を蹴飛ばした。次それ言ったら殺す。


「死ねよ?」

兄貴がちょっとショックを受けた。俺はちょっと言い過ぎたと思った。

「……ごめん嘘。人は轢かないように」

「おう!……、ん?朔はそろそろ寝るか?」

ふぁ、とあくびをする俺を見て兄貴が言った。そう言えば、ダンスで疲れていた。

「うん…玄関の鍵は閉めて行って…」「ああ、おやすみ」



兄貴が来ただけの、何の変哲も無い一日だった。

俺は風呂に入って眠った。


■ ■ ■



かたん。


夜中…、俺は物音で薄目を開けた。

兄貴が出て行った?と思った。


…すい……、すい…、


俺はばっと、薄い布団を跳ねた。


何だ?と思って辺りを見回した。

「すい…、…い…たい」


人の声がする。


しかも、押し入れの奥から。


――どうしよう。

俺は冷や汗をかいた。


いや、もしかしたら…いつもの幻聴かもしれない。

俺はそう思って、ちょっと迷った末に、押し入れを開けることにした。

押し入れは上の段に予備の布団とか、下の段は物置になってる。

人が入るスペースは…俺はベッドだけど、兄貴に予備の布団を貸したので、上の段なら…少しはあるかもしれない。



「…い…い…」


女性の声。

どうしよう。俺は迷った。

泥棒かもしれないが、ちょっと違う気もする。

「とん、すい…、すい…い」


その声はとても小さくて…あまり聞き取れなかった。

――これ、やばいやつだ。

押し入れに手を掛けようとするけど、怖くて出来ない。

俺は震えながら部屋を出た。


「ば、ばあちゃん…」

兄貴はもういなかったので、ばあちゃんに助けを求めた。

「朔?」

「押し入れに、すいすい言う、女の人がいる…!ばあちゃん見て来て!」

俺は半泣きで言った。今思うと…結構、無茶振りだったな。


「すい?」

ばあちゃんは首を傾げて、立ち上がった。


「分かった、朔はここで待ってなさい。退治してきたる」

ばあちゃんは頼もしかった。

「うん…」

俺は自分が情けなくなった。

気のせいかもしれないじゃないか…。小四にもなって…。

いや、でもハッキリ声は聞いたし、何なんだ…。やっぱり幻聴か…?


しばらく震えてたけど、…やっぱりばあちゃんが心配だと思って…俺は部屋を出た。

暗い廊下を辺りを見ながら歩いて、階段を上がる。


「朔」

「うぁあ!!」

上がった所でばあちゃんに出くわして、俺は飛び上がった。


「びっくりした!!」

危うく階段から落ちるとこだった。

「ああ、ごめんよ。押し入れを開けたけど、居なかったよ」

ばあちゃんはそう言った。

「…ほんと?ちょっと来てよ」

俺はばあちゃんを連れて、自分の部屋に戻った。


押し入れはあいてて、確かに何も居なかった。

「いない…。なんだろ、またビョーキかな…ばあちゃんには聞こえた?」


「こっとんすい」

ばあちゃんはそう言った。


「は?コットン水?」

「多分、朔が聞いたのはこっとんすいの鳴き声だね」

「―――」

ばあちゃん、変な事を言わないでくれ。俺はそう思った。

俺、ここで寝るんだけど?なにそれ妖怪?


「押し入れで鳴くのはそれだよ。昔、開けたら居た事があった。今日は居なかったから、大丈夫だろう。大丈夫、大丈夫」

ばあちゃんが笑って俺の頭を撫でた。

「…」

全然大丈夫じゃ無い。

俺、今日も明日も明後日も、この部屋で寝るんだけど。


ばあちゃんはもう終わった、と言わんばかりに下へ降りていこうとする。

薄情なと俺は思った。

「…ばあちゃん、今日、そっちで寝ても良い?」

もう小四だけど、さすがに無理だ。俺はそう思ってばあちゃんに言った。

って、ばあちゃんもう居ない。階段を下りる音がした。

…俺はあきらめた。


ばあちゃんが良いって言っていったなら、大丈夫だろう。

出てきたら五月蠅いって逆ギレすればいい…。


その夜は気合いと根性で眠った。

何も無かった。

…あれは…やっぱり幻聴だったんだろうか。


俺は次の日、ネットで調べたけど…こっとんすいは何か分からなかった。

佐藤さんにこっとんすいってしってる?って聞いたら、さあ、知らないですね。

ああ肉吸いってのは聞いた事ありますよ、って言われた。


美しい女性の姿をして、夜遅く、提灯を灯して歩く人に食らいつく妖怪。


「ふーん…。あの、今日もお迎え…お願いします…」

俺は色々な事を考えて、全部気のせいにした。

あの人どうして、線路の内側で立ち止まってたんだろうとか。

提灯持ってたらやばかった?とか。


…とりあえず、ノアも夜道は気を付けろよ。


〈おわり〉

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