楓の存在
「リンネさま、どうかなさいましたか?」
パーティの片付けをした後で、ボーッとしていた私の目の前に突然楓が現れたから、心臓が止まるかと思った。
「あのね、楓」
先程まで賑やかだったダイビング。
みんなが帰ってしまった今、当然のことながら部屋に残っているのは私と楓だけだ。
「片付けは私一人で大丈夫ですから、もう休んでください」
私の調子が悪いと思っている楓はいつものように優しく私の隣に立つ。
「やはり、リンネさまにアルコールは早かったようですね、頬が赤いですよ」
そう言って、私の頬に楓の手が触れた。
その体温が私に伝わる前に、
「わ、私は大丈夫だから」
払いのけてしまった。
払いのけてしまってから、はっとしたけど、時既に遅し。
ガチャンと割れる音がした。
明らかに動揺した様子で、左手に持っていた食器を下に落としてしまったのだ。
「申し訳ございません」
いつもの冷静沈着な楓からは想像できないほど慌てた様子で、素手でガラスの破片を拾い始め、くっ…と小さな声を上げた。
見ると、左手から僅かな血が流れ始めていた。
「楓、大丈夫?」
「危ないから近寄らないでください」
いつになく厳しい口調。
「でも、ケガ…。ごめんね、ごめんね、楓」
「何でリンネさまが謝るのですか?リンネさまは何も悪いことしてないですよ」
それは…。
「それよりも、何か私に話があるのではないですか?」
う…。
こんな状態で、さっき拓馬に言われたこと話せる訳がない。
『俺考えたんだけど、一緒に暮らさない?』
拓馬にふいに言われたことを思い出し、顔が苦しくなる。
拓馬と二人で暮らす…?
そんなの考えただけでも、どうしていいか分からなくなる。
『リリカは?』
拓馬と一緒に暮らしていたのは、拓馬のパートナーであるリリカだったはずだ。
すると、リリカは新しいパートナーを見付け、出ていったらしい。
『今はレントと暮らしてる』
あの女…。いつの間に。
確かにリリカは現実世界ではレントが一番好きだったけど、ここで暮らしていくうちに、拓馬と結婚まで考えてたはずなのに。
いや、リリカのことは置いといて。
私がここを出ていくこと、それは楓を一人にしてしまうと言うこと。
楓を傷付けることはできない。
「ごめんね、楓」
私はただそう繰り返すことしかできなかった。




