特別な友達
昭和を舞台にした恋愛物です。因みにガリ版とは特殊な紙に鉄筆で傷をつけ、空いた穴にローラーでインクをすり込んで敷いた紙に印刷するものです。昔は学校でよく使われました。
1
その日、水無瀬卓は広川西高校入学以来初めて青雲館に足を踏み入れようとしていた。ラグビー部に籍を置いていた彼にとって文化系のクラブの部室が集まるこの建物は全く縁遠い所であり、あの一事がなければ足を向けることさえなく卒業していたことだろう。
だが今、彼はそこにいる。しかしなんて古ぼけた館だろう。年代物の木造建築特有のくすんだ色合いをした建物は、他の鉄筋コンクリート製の建造物の中で異彩を放っている。
取り壊して建て替えようという計画があるという噂が囁かれるのもむべなるかなといったところだ。
しかし今日はそんな詮索にかかずらわっている暇などない。大事な要件があるのだ。
水無瀬は館の扉を引き開けた。蝶番があげる悲鳴のような音を後に残して館に入る。
中は昼間だというのに薄暗かった。玄関からまっすぐに廊下が伸びており、等間隔に裸電球がぽつんぽつんと灯っていた。人影は無いが、人声のようなものが微かにする。
水無瀬は足を踏み出した。途端にミシリと廊下の床板がきしる。もしや床が抜けるのではと案じながら水無瀬は奥へと進んでいった。
ここでなぜ水無瀬がこの館にやってきたのか、理由を説明せねばなるまい。それにはまず目下彼の置かれている状況を理解する必要がある。
彼は今、人生始まって以来の難題に直面し、もがき苦しんでいた。
それは笑うなかれ、恋の悩みだった。彼にとっては初めての経験、つまり初恋だった。高校三年にもなって初恋とは恥ずかしい限りだが、なってしまったものはしょうがない。
さて、そのいきさつを説明すると、事の起こりは丁度一週間前の出来事に始まる。
その日水無瀬は下校の途中、空いた小腹を満たすため、商店街に立ち寄った。なにせ今まで体力を付けるためにたらふく食うという習慣を維持してきたのだ。それが現役を引退してその必要が無くなったところで身体がすぐに順応するはずもない。だから水無瀬はよく間食を取った。それまでは学校の売店でパンを買っていたが、今日は売り切れていたので商店街まで足を伸ばしてきたのだ。
どこかにパン屋でもないか、と、商店街を眺め回していた彼の目に、丁度おあつらえ向きの店が目に飛び込んできた。早速中へ入る。
店内は小綺麗な造りで、棚にはおいしそうなパンが並んでいて目移りする。さてどれを買おうかと悩んでいると突然「この店はよく利用するんですか」と声をかけられた。驚いて顔を上げると隣に女性が立っていた。格好を見るとうちの学校の制服を着ている。女生徒だ。しかもかなりの可愛さだ。
そんな女性にいきなり話しかけられてどぎまぎしていると、相手はうんと頷いて「そう言えば自己紹介がまだだったわね。私は相沢美佐子。報道部員よ」
そう名乗る彼女の身分を証立てるように、制服の袖には『報道部』と書かれた腕章が巻かれていた。しかし報道部とは初耳だ。新聞部ならラグビー部関係でつきあいがあるのだが。
「今日は地元金町商店街の魅力を伝えるために取材しているの。で、どうなの、この店はよく利用するの?」
そんな彼の不審も知らぬげに、女生徒は明るい声で質問してくる。
「利用するもなにも初めて来たんだが……」
水無瀬は開けっ広げな後輩(セーラー服のスカーフの色で学年がわかる)に面食らいながらもなんとか先輩の威厳を示そうとした。
すると彼女は「じゃあ丁度いい機会だから試食してみない。おばさん、何かいいものないかしら」と唐突に店のおばちゃんに声をかけた。
「そうねえ。ちょっと前にロールパンが焼けたからそれを召し上がってもらえばいいんじゃないかしら」
そう言っておばちゃんは陳列されたロールパンを一個トングで掴んで小皿に乗せた。
「さ、食べて食べて」
相沢が急き立てる。水無瀬はぱくりと食いついた。途端に口の中に芳醇なバターの香りが広がる。旨い。水無瀬はもう一口頬張り、たちまちロールパンを平らげてしまった。
「どう、美味しいでしょう」
相沢の問いかけに水無瀬は無言で首を縦に振る。
「じゃあ買ってくれるわね。そうねえ、あなたの体格なら六個くらいいけるんじゃないかしら。おばさん、ロールパン六個」
「あいよ」
当人の意向を確かめもせずに話が進んでいく。しかし「買ってもいいか」と思ったのも事実なので、あえて抗弁はしなかった。
程なくしておばさんはロールパンの入った紙袋を渡してくれた。掌に温みが伝わってくる。値段は良心的な安さだった。
「毎度ありー」
まるで店員のようなかけ声をあげる相沢に見送られて、水無瀬は店を出た。袋に手を入れ、パンを一個取り出す。一口かじると香りと一緒に思いがけず相沢の姿が脳裏に浮かんだ。くりっとした瞳。愛くるしい顔立ち。三つ編みに編んだ髪の可憐さ。
パンの欠片を呑み込んだ途端、ため息が漏れた。やるせなさが胸の内にせり上がってくる。それが何を意味しているのか、その時は分からなかった。分かったのはそれから三日たってからだ。それも人に指摘されてのことだ。
「全く鈍感な奴だ。水無瀬は」
親友、いや悪友の遠藤はそう言って呆れ果てた。
「いや、しかしお前にもようやく春が巡ってきたわけだ。うれしいよ、親友として」
そう言って遠藤は大仰に頷いた。一方水無瀬は自分が恋に陥っていると知らされて狼狽していた。恋など硬派な自分には無縁だと思っていただけに、どう事態に対処すればいいのか困惑していたのだ。
「どうすればいい」
水無瀬は遠藤にすがるように訊ねた。
「それはもう男なら当たって砕けろだ」
「どういう意味だ」
「告白するんだよ。その子が好きだって」
水無瀬は絶句した。そしてすぐさま首を左右に激しく振った。
「出来ない、とてもそんなこと」
「お前も往生際が悪いな。恋に落ちるとはいわば運命の矢が当たったようなものだ。それに逆らうことは誰も出来やしない。覚悟を決めろ、水無瀬。好きなんだろ、彼女が」
水無瀬は今度はゆっくりと首を縦に振った。
「頑張れ、水無瀬。人ならば一度は通らねばならない道だ。男なら全身でぶつかっていけ。応援してるぞ」
遠藤の発破に力を得て、水無瀬は心を固めた。しかしいざ実行に移すとなると気後れしてしまい、呆れかえった遠藤にどやされた。
今日中に告白しなければ絶交だという遠藤の脅迫じみた物言いに戦き、ようやく青雲館に足を向けた。
2
そうして今、水無瀬は館の階段を上っていた。報道部の部室は二階である。足を下ろす度にきしむ階段は耳障りで不快感を募らせる。
やがて二階に着く。事前に聞いていたところでは、部室は廊下奥の左手側にあるという。水無瀬は足を踏み出した。一歩進むごとに心臓の鼓動がどくんどくんと速くなっていく。
ついに部室の扉の前にたどり着いた。ノックをしようと拳をあげたとき、水無瀬はごくりと唾を飲み込んだ。そのとき、もしかしたら留守かもしれない、という考えが光明のように閃いた。水無瀬は留守であって欲しいと念じつつ、扉をノックした。
しかし案に相違して、扉の向こうから「はい、どうぞ。開いてますよ」という相沢の声がした。その声を聞いた途端、意に反して水無瀬は胸が締め付けられるような思いを味わった。一週間ぶりに聞く相沢の声。水無瀬の心は高ぶった。そして彼女に会いたいという願望が忽然と湧き上がってきた。
水無瀬は扉を開けた。
最初水無瀬は彼女がどこにいるのか分からなかった。それほどまでに室内は雑然としていたのだ。机、椅子、床を問わずノートやメモ帳の類いが山のように積まれている。足の踏み場もないほどだ。それでも何とか通れる道を見つけ、奥へと進んでいく。そして相沢の姿が目に入ってきた。
彼女は机に座っていた。腕貫きをし、必死に書き物をしている。鉄筆を手にしているところを見るとガリ版に取りかかっているようだ。今時ボールペン原紙ではなくロウ引き原紙を使うのは珍しい。インクの臭いが鼻をつく。
「すいません、今取り込み中なので少し待ってもらえませんか」
気配を察したのか顔を伏せたまま断りを入れる。その顔には眼鏡が掛かっていた。会話をするような状況ではないので、水無瀬は言われたとおり待つことにした。手近な椅子の上のノートをどけ、腰を下ろす。そのまますることもないので、水無瀬は彼女の仕事振りを見続けることになった。
室内は静寂そのものだった。鉄筆を引っ掻くがりがりという音が単調に響く。彼女は根を詰めて作業に没頭していた。掛けた眼鏡のせいで知的な印象を受ける。それは一週間前のパン屋のときに見せた表情とは違ったものだった。
(頑張っているんだな一人で)
彼女の見せる真剣さに水無瀬は胸打たれる思いがした。それとともに彼は遠藤から聞いた報道部の来歴を思い返していた。
遠藤の話によるともともとうちの学校にはジャーナリズム系の部活は新聞部しかなかったらしい。しかし十年程前、部の活動方針に異を唱えるメンバーが袂を分って報道部を創ったということだ。時あたかも学生運動が活発なさ中。高校にも余波が及び、政治的主張を掲げるグループが分裂騒ぎを起こしたものらしい。
そのせいか創部当時は結構な数の部員がいたのだが、情勢が変化し、運動の熱が冷めていくとともに入部者も減っていき、今では部員は彼女一人という有様に陥っているのだ。
一人になっても続ける、その情熱はどこから来ているのだろうか。手近に一枚刷りの新聞があったので水無瀬は目を通してみようと取り上げた。
読んでみるとさすがに政治的な記事は無く、代わりに高校周辺の商店の紹介や、付近の住人のインタビューなどが載っていた。紙面作りは丁寧で、きっちり取材をしているなという印象を受けた。そのせいか記事は面白く、思わず読みふけってしまった。ために相沢の呼びかけに気づくのが遅れてしまった。
「え、今、何か言ったかな」
「あの、すみません。そこのわら半紙をここの机の上に置いてもらえませんか」
彼女の指差す先にわら半紙の山がある。水無瀬は立ち上がり、言われるままに紙を置いた。その間に相沢はインクのついたローラーを手に取り、ついですっとわら半紙の端をつまんだ。紙をガリ版に敷くとローラーを転がして印刷を始めた。
刷り上がった紙面を見るとなかなかに綺麗なものだった。しかしどうして手刷りなのだろう。生徒会室には輪転機もあるというのに。
その間にも次々と新聞ができあがっていく。見事なまでの手際の良さだ。わら半紙の束は快調に減っていき、ついに全て刷り終えてしまった。
「ふう」
彼女は大きく息をついた。そしてローラーをガリ版の上に置くと腕貫きと眼鏡を外し、それからついと部屋の外に出てしまった。
一人取り残された格好の水無瀬はややあって気が抜けたようにすとんと腰を下ろした。俺は何をやっていたんだろう。何もせずただ椅子に座っていただけだ。情けない。よし、今度彼女が帰ってきたらはっきり言おう。しかし何を……。
そこまで考えた時、彼は羞恥のあまり顔を赤面させた。動悸が激しくなる。かなうならばその場から逃げ出したい気分に陥った。どうしよう。
そんなことを思案していた時、彼女が戻ってきた。さあ要件を言わねば。水無瀬が勇気を奮って口を開こうとした矢先、相沢が「ついでですから新聞を配るのを手伝ってもらえませんか」とハンカチで手を拭きながら切り出してきた。
「え、ああ、いいよ」
そう言って水無瀬は言いたかった言葉を呑み込むとふっと息を吐いた。それが安堵したせいなのかそれとも失望の念からくるものなのか、水無瀬には分らなかった。
3
彼女は新聞の束を抱えて青雲館を出ると校門へとむかった。丁度部活動が終了する時刻に差し掛かっており、校門は下校する生徒たちであふれかえっていた。ここで配るつもりらしい。しかし報道部の新聞に興味ある生徒がどれくらいいるのだろうか。新聞部が配る『西高新聞』でさえ水無瀬はあまり熱心に読んだことはない。
さてどうするのだろうと見ていると彼女はいきなり「広川西月報の最新号です。どうぞ読んでください」とよく通る声を張り上げた。そして手近の生徒に新聞をぐいと突き出した。するとその生徒は操られたように新聞を受け取った。見事な手際の良さだ。その調子で彼女は次々と新聞を配っていく。みな魔法にかけられたように新聞を受け取っていった。
ああして配ればいいのか。水無瀬は合点して同じようにしようとした。しかし声が出ない。どうにも気恥ずかしくて「どうぞ」と小声を出すのが精一杯だった。それでもいかつい男が迫ってくるのに恐れをなしたのか、結構な数の生徒が受け取ってくれた。
そうして下校の生徒の列が途絶える頃には新聞を配り終えていた。
「ありがとう。おかげで助かったわ」
手をパンパンと叩きながら彼女は礼を述べた。
「いや、どうも……。しかし相沢も一人で大変だな」
「そうでもないわよ。一人だと好き勝手なこと出来るし。まあ輪転機を使えないのは痛いけどね。あら、どうしてって顔をしてるわね。それには結構事情があってね。うちはもともと生徒会とは折り合いが悪いの。それに今は部員が私しかいないから部活とは言えないって難癖までつけらてね。おかげで部費は雀の涙。新聞作りにかける経費はほとんど自腹よ」
そこまでしてやり続けるとは。その熱意には頭が下がる思いがする。
「ところで今日は何の用があって部室に来たんですか?」
と、突然何の前触れもなく彼女は切り出してきた。不意の質問に水無瀬は狼狽し、口を開くことが出来なかった。彼女はじっと答えを待っている。さあ何か言わなければ。
水無瀬がなんとか言葉を口に出そうとしたときである。いきなり腹の虫がきゅうっと鳴った。なんというタイミング。水無瀬は顔を赤らめた。
「あは、お腹が空きましたか。この前といい先輩は食いしん坊なんですね。じゃあどこか食べに行きましょうか」
ああ、またもや相沢に主導権を握られている。男としては情けないかぎりだが、惚れた弱みで断ることが出来ない。水無瀬は素直に頷くことしか出来なかった。
教室にカバンを取りに行き、校門に戻ってくると相沢はすでに待っていた。
「じゃ、行きましょうか」
相沢は朗らかな笑顔を見せながら水無瀬を促した。
相沢の後についていきながら水無瀬は鬱屈した思いを抱いていた。自分がこんなにグズな男だったとは。こんな自分を相沢はどんな目で見ているのだろう。想像するのが怖い。
「先輩は甘いもの大丈夫ですか」
しかし彼女の口振りは爽やかで、屈託など無いように見受けられる。
「いや、別に構わんが」
「なら一味堂へ行きましょう。あそこのたい焼き美味しいんですよ」
こうして連れだっていくということはなにがしかの好意を抱いているのだろう。そう思うことで水無瀬は自らを慰めた。
「ここのは尻尾まであんこが入っているのがいいんですよ」
一味堂は商店街の三叉路にあるこぢんまりとした店だった。相沢はまるで店員のように店の自慢をすると、早速たい焼きを二つ注文した。相沢が二人分の代金を払おうとしているのを見て、水無瀬は泡を食った。
「待ってくれ、俺の分は自分で払う」
「いいんですよ。これは手伝ってくれた分のお礼なんですから」
お礼も何も、さっきあんな話を聞かされては素直に奢られるわけにはいかないではないか。しかし正直にそれを指摘することは彼女を侮辱しているような感じがして気が引ける。上手い反論が見つからず沈黙していると、それを承諾と受け取ったのか、彼女はさっとお金を払った。
「まいど」
店員が渡してくれたたい焼きは結構な大きさのものだ。皮の焦げた香りが食欲をそそる。水無瀬はすかさずかぶりついた。
口の中にあんこの甘みが広がる。確かに旨い。先日のパンといい彼女の舌の感覚は確かなようだ。水無瀬瞬く間に平らげてしまった。
「ありがとう。旨かった」
「それはどうも。連れてきた甲斐がありました」
そう言って相沢はたい焼きを一口かじった。
今、二人の間にはなにかしっとりとした空気が醸し出されているのを水無瀬は感じとった。絶好の雰囲気。言うなら今だ。水無瀬は意を固めた。
「相沢」
その言葉は固く重苦しい空気を帯びていた。それを敏感に察知したのだろう、相沢はきりっと表情を引き締め、水無瀬を見た。
「さっき何の用があって来たかと訊ねたな。それはだな相沢、お前に言いたいことがあったからだ。何を言いたかったというと、それは……それは……お前が好きだってことだ」
水無瀬はそう言うとじっと相沢を見据えた。些細な感情の徴も見逃さないように。
一方相沢の方はと言えば、鳩が豆鉄砲を食らったようなきょとんとした顔をしていた。それからぷいと顔を背けると頬をぽりぽりと掻いた。ややあって上目遣いにこちらを見やると「本気なんですね」とぽつりと呟いた。
水無瀬は無言でうなずく。街の喧騒は遮断され、静寂だけが二人を包んでいた。と、相沢がこちらに向き直った。そしてふっと言葉を紡ぎだした。
「正直に言います。先輩とはまだ知り合ったばかりですが、非常な好印象を持っています。でもまだそこまでです。恋人と呼べるほどの親近感はまだ抱けてません。ごめんなさい。今はこれだけしか言えません」
そこまで言うと相沢はじっと水無瀬を見つめた。すると水無瀬の表情がすっと和らいだ。それから深々と吐息をついた。
「ありがとう。誠実に答えてくれて」
そう水無瀬は言葉を切り出した。
「突然告白されてびっくりしただろう。悪かったな」
「いいえ」
その時相沢はぽんと手を叩いた。
「先輩、大事なこと忘れてません? 私まだ先輩の名前を知らないんですよ」
「あっ」
言われて水無瀬も気づいた。そうだ。それなのに告白するなんて。水無瀬は照れ隠しに頭を掻いた。
「それはうっかりしてたな」
改めて水無瀬は自分の名を告げた。
「水無瀬先輩」
そう呼ばれると面映ゆい気がした。
「あの、先輩一つ提案があるんですが。今思いついたんですけど、私達『特別な友達』になりません?」
特別な友達。それはどういう関係なのだろう。いまいち分らないが彼女が自分に向かって一歩踏み出してきたことが感じられ、素直に嬉しかった。
「ああ、いいよ」
「良かった」
その時六時を知らせるサイレンの音が鳴った。あたりはもう夕暮れだ。
「よし、そろそろ帰ろうか」
水無瀬は立ち上がった。
「ええ。あ、すっかり冷めちゃいましたね」
そう言って相沢は残りのたい焼きを平らげた。
「じゃ、水無瀬先輩、また明日」
「ああ」
二人は手を振り合って別れた。
空を見上げると宵の明星が輝いている。今、水無瀬は晴れ晴れとした気分に満たされていた。勇気を振り絞った告白。その結果は自分にとって満足のいくものだった。『特別な友達』それだけでも大いなる前進ではないか。
相沢美佐子。その名を呟くとえも言われぬ喜びの感情が彼の胸中にあふれてきた。水無瀬は角棒をくいと被り直すと帰宅の途についた。