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大罪さんちの観察・三女

 自分以外の兄弟が家にいない時の行動


 三女・怠美の場合


「はぁ〜……もうこれも飽きたな。他に何かあったっけ」


 ジャージ姿の怠美は向かっていたパソコンから離れ、クローゼットを開く。


「あ、一つなくなってる。お姉さんが持ってったのかな?」


 しばらく並べられたゲームソフトを指でなぞりながら品定めをするが、イマイチ気分が乗らないらしくパタリと扉を閉めた。


「皆何処かに出かけちゃってるし、対戦も出来ないか」


 ふと、布団の傍に転がっている目覚まし時計が目に留まる。

 時刻は昼の1時。まだ、昼食を済ませていない怠美の腹から小さく音が鳴る。


「お腹すいた。どうしよう。出前取るにも結構お金かかるし」


 頭を悩ませる怠美は仕方ないと気だるさを残したまま下の階へ。

 誰もいないリビングは時計の針以外は静寂を保っている。机の上には怠美への書き置きの手紙があった。

 書き主は怒維。手紙には「昼は適当に」と短く書かれている。


「まぁ、そのつもりだったんだけど。でもやっぱメンドくさいな~」


 深い溜息をしながらキッチンにへと足を運ぶ。幸いにもご飯は炊けている。

 怠美の思考は洗い物が少なく、かつ簡単に作れ、それなりに味が良い料理を考えると、冷蔵庫から卵、ベーコン、バター、マヨネーズを取り出し、戸棚から取り出したフライパンをコンロの火で温め始めた。

 フライパンの上にバター滑らせ、細かく切ったベーコンに軽く火を通すとその上にといた卵を落とし、でフライパンの底をコーティングする。

 ジュワッと音を立て、少し焼き固めると菜箸で形を崩してから再び伸ばす。

 火を消し、半熟を維持した卵の上にマヨネーズをかけ、形が崩れないように皿へと移した。


「あー、疲れた」


 10分にも満たない行動をさも1時間以上かかったように怠そうにご飯を炊飯器からよそうと椅子に座って手を合わせる。


「いただきます」


 半熟の卵を箸で切り、零れ落ちないように口に含む。

 味はおいしいのだが、無表情のまま一人寂しく食べる姿からは全くおいしさが伝わってこない。


「ふぅ……ごちそうさま」


 20分かけて食事を終えると食器を流し台まで持ってくるが、そこには使ったフライパンと菜箸、卵を溶いたときに使った銀色のボウルで散らかっていた。

 空腹を満たされた事で満足した状態からの作業に嫌悪感を抱く。

 流石にやりっぱなしのものをそのままで、努維達にさせるのは申し訳ないと思い箸だけ洗おうとしたが、そのやる気すら消え去った。


「…………うん、わたしはやれるだけの事をした。自発的にご飯を作っただけでも大きな進歩」


 などと自己完結すると、そそくさと自室に戻っていく。


「ああ……結局はやる事ないのか」


 振出しに戻った怠美はおもむろにスリープ状態のパソコンを解除し、頬杖を突きながら「ゲーム 最新」と検索をかける。画面には検索結果がずらりと並び、一番上に表示されたものにカーソルを合わせクリックすると、発売日ごとに本体別で表示された。


「あ、これ。強と暴がやってる育成ゲーム。対戦も出来るみたいだけど、このシリーズは遊びじゃなくなるんだよね」


 スクロールしていくと、突然怠美の手がピタリと止まり、目を丸くして画面を凝視する。


「あ……ああああぁぁぁぁぁぁ!!」


 大声を上げた怠美は今日の日付とパソコンを交互に見ると慌てて布団の近くに置いてある財布の中身を確認した。


「お金は足りる。何てことだ。待ちに待っていたはずの美少女アイドル育成ゲーム・本気でトップアイドル目指して頑張ります! ~ドキッ! まさかの総選挙!?~ 通称ガチドルの発売日を忘れてるなんて。あそこの店なら自転車で10分で行ける」


 キラリと目を光らせ、ボサボサに伸びた黒髪をゴムで一つに束ねる。

 さっきまでと別人のようにきびきび動いて家に鍵をかけ、自転車にまたがり、力一杯ペダルを漕いでロードバイク並みのスピードを出しながら店に向かう姿はイキイキとしていた。

 10分後。予定通り店に着く。店自体はそんなに大きくなく、一般的な学校の教室程度の広さだ。

 怠美はすぐさま中に入り、陳列されているゲームの箱を探す。テレビゲーム機の場所に大々的に展開されている。ウキウキとその箱に手を伸ばす。しかし、売り切れの4文字が怠美を絶望の淵に落とした。


「そ、そんな」


 膝から崩れ落ちる体を地面に両手をついて支える。たかがゲームを買い逃しただけだが、怠美にとってはそんな事が一大事なのだ。


「怠美ちゃん。どうかしたの?」


 見上げると、目の前には少々気弱そうなおさげの少女が腰をかがめて怠美を覗き込んでいた。


「あ、委員長」

「あ、あの。何時も言ってるけど、私委員長とかやってないよ」


 怠美は立ち上がり少女と対面になる。

 この少女は怠美と同じクラスの女生徒であり、怠美とは仲の良い友人である。バイトでこの店で働いている事も以前から知っていた。ちなみに怠美の学校生活の態度は家にいる時と全く変わらない。


「それでどうしたの? すごく落ち込んでたみたいだけど。何か悩みがあるなら相談に乗るよ」


 自分の事のように心配する少女は女神に見てしまう。こんな姿を見せられれば、誰もがたかがゲームで落ち込んでいる事を恥ずかしく思うはずだ。だが、怠美は平常運転だった。


「ガチドル買えなかった」

「え、が、ガチドル?」

「本気でトップアイドル目指して頑張ります! 通称ガチドル。最初は一人のアイドルを育成だったけど、新作を出す毎にアイドルの人数が増えて、八作品目には総勢200人以上のアイドルを育成可能。ストーリーも作り込まれてるのも人気の一つだけど、何よりもキャラクターの女の子が可愛くて――」


 流調にペラペラと話す怠美に嫌な顔色一つ見せずに聞くと、何かを思い出したように急にカウンターへと姿を消す。すぐに怠美の所へ戻って来るが、腕には売り切れたはずのガチドルの箱が抱え込まれている。


「はいこれ」

「え、なんで残ってるの!?」


 諦めかけていたものが目の前に。怠美は嬉しさもあるがそれ以上になぜあるという疑問が強かった。


「前に怠美ちゃんがやってるの見たからもしかしたらほしいかなって、店長に無理言って取っておいてもらってたの」


 その時の怠美は彼女の姿が天使、神様、仏様……それらでも収まり切れないほどの聖人に見えただろう。震える手を必死に抑えながら箱を受け取ると、じわりじわりと喜びが込み上げていき、抑えきれず口角が上がっていく。


「あ、ありがとう!」


 すぐにレジで会計を済ませるともう一度少女の前まで歩いて行く。


「あ、あの。本当にありがとう。何か困った事あったら何でも言って。わたしに出来る事は少ないと思うけど」

「そんな事ないよ。何かあったら頼むね!」

「うん。それじゃあ委員長、また学校でね」


 怠美が外に向かう後ろ姿に手を振りながら微笑む。やがて怠美が自転車に乗って意気揚々と帰ると、少女は目の奥をキラリと光せながらニタリと笑った。

 そんな事も知らずに怠美は家に着く。

 この後の行動はもちろん決まっていた。部屋には行ってすぐにテレビを起動させ、ゲームディスクを本体に挿入、夕飯までぶっ通しで続ける。

 楽しみの表れからスキップをして玄関の前に立つとそのまま扉に手をかけて手前に引く。しかし、何か違和感を覚えた。

 鍵が開いている。ピッキングされた様子もない。なら何故……そう思っていると怠美の中の第六感が危険を知らせる。

 扉の隙間から痛いほど伝わってくる怒りや苛立ちと言った負の感情が流れてきていた。そして、それらの感情の矛先が自分に向いている。手汗をかきながらもゆっくりと扉を開けて顔を覗かせると、玄関の前で素敵な笑顔を浮かべながら青筋を立て、腕を組んで仁王立ちをする努維がいた。


「怠ねえ、お・か・え・り」

「えーと、ただいま。いい笑顔だね努維。遊びに行ったのがそんなに楽しかったんだね。それじゃあ、わたしは部屋に籠るから」


 怠美はその場から逃げ出した。しかし、首根っこを捕まえられて逃げる事が出来ない。


「ああ、楽しかったよ。でも、帰ってきたら洗い物がるってどういう事かな?」


 笑顔によって薄目になっていた目の奥には、一切笑いのない黒い目が怠美を捉えている。


「あ、あの……その……ゆるして」


 顔の表情を変えない努維はこう言う。


「ダ・メ」


 そのままリビングに連れていかれ、説教の後一日中手伝わされ結局その日に買ったゲームをやるよりも疲労が勝り後日となったのだった。

読んでくださり、ありがとうございました。

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