大罪さんの一日の終わり
住宅街を歩く努維と妬亜。しかし、二人の距離は妙に離れている。
「あ、あのさ。妬亜ねえなんでそんな俺を警戒してるの?」
「あ、当たり前じゃない! こんなところ同級生に見られたらなんて言われるか」
「じゃあ来なければいいじゃんか」
「そ、それは……」
努維が疲れていたから。言葉はそう続くはずなのだが妬亜の口は必要以上に口を紡ぎ、まだ夕暮れ時でもないのに頬が赤みがかって見える。
「顔、赤くない?」
「夕日のせいよ! いちいち口に出さないでよ!」
「いや、まだ昼の三時くらいなんですけど」
プイッと顔を背けるとせかせかと脚を動かす。
努維はそれ以上何も言わずに距離が離れないよう妬亜の後ろを小走りでついてく。
交差点を渡り、向かいのスーパーに辿りつくと自動扉が開いた。
入ってすぐ横に設けられているカートに買い物かごを乗せて今晩のおかずを考えながら生鮮食品が並ぶエリアまで足を運ぶ。
野菜や肉、魚。新鮮そうな綺麗な色が努維の思考を迷わせる。
「魚もいいな。肉も値段の割には良質っぽいし……野菜は色合いがいいし、何にするか迷うな……」
誠意船売り場に来てから二十分近く悩む努維にいい加減に決めてほしい妬亜の苛立ちは貧乏ゆすりとして表れていた。
「早く決めなさいよ。どれも一緒じゃない」
妬亜の言葉が努維の逆鱗に触れてしまい、努維の目は鋭く妬亜を睨みつける。
「こういうのはちゃんと値段を見たり、いいものか判断してみんなに美味いものを食べてほしい。だから食材選びの段階でも気は抜きたくはないんだ。それをどれも一緒だなんて、妬亜ねえは全然わかってない。例えばこの魚のエラなんて綺麗な赤色を――」
「あ、はい」
あまりに真剣に食材について話すので妬亜も若干引いてしまう。
「だ、ダイジな事は分かったから。早く決めないといいものなくなっちゃうわよ」
ハッとした努維はすぐに食材選びに戻り、値段とのにらめっこを再開した。
ようやく努維の熱弁から解放され深い溜息を吐く妬亜。その後ろを誰かが声をかける。
「あれ? 妬亜じゃない」
振り向くとそこには友人の女生徒が買い物かごをぶら下げて立っていた。学校でいつも顔を合わせているがプライベートに突然現れたため、妬亜はつい身構えてしまう。
「な、なんだ優美恵じゃない。驚かせないでよ」
「勝手に驚いたのはそっちでしょ。妬亜は手ぶらだけど誰かと買い物に来たの?」
「そう。弟と買い物中」
「もしかして、噂になってるカッコいい弟君?」
自分の高校まで人気のある傲のせいで、同性からは紹介してほしいと頼まれたり、嫉妬の炎で今にも焼かれそうなほどだ。元々異性から言い寄られる事がたびたびあって嫌気がさしている妬亜。
「次男じゃなくて長男の方。ほら、今あっちで魚や肉とにらめっこしてる男」
後ろで必死に状態と値段を秤にかけて一喜一憂している努維に親指で指す。
「へー。確か努維君だっけ? モテるの?」
興味本位で聞いてくる友人に平然する。
「あんまり浮ついた事は聞かないわね」
「やっぱり。努維君はあんまりカッコイイとは思わないし」
その発言に妬亜はムッとした。
「た、確かに努維はかっこよくはないわね。でも、言い過ぎじゃない? あいつは炊事洗濯掃除が出来るし、しかもあたし達兄弟の事を第一に考える程度には優しいのよ。この前だってあたしがちょっと足をくじいたくらいで心配して駆けよってきて『仕方ないなぁ』って面倒くさそうに言うけどあたしをおぶって家まで送って――」
ここでようやくハッとして友人の顔をよく見ると、ニヤニヤと嬉しそうに聞いている。どうやら友人の策略に見事はまってしまったようで、妬亜の顔は茹蛸のように真っ赤にさせた。
「い、今のは違うのよ。ただ、可愛そうだったから庇っただけで」
「うんうん。可愛い弟君だもんね」
「違うのー!」
必死に訂正しようとする妬亜は大衆の注目の的になっている事に気づかないまま大声を張り上げる。一方の努維は姉の行動から起きる恥ずかしさから、他人のふりをしてそそくさと豚肉や野菜をかごに入れてからその場を気づかれないように去った。
「まったく妬亜ねえは。何を言われたか知らないけど大声出す姉を見る弟の身にもなってくれよ」
」
そんな事を呟きながらも調味料のエリアまで来ると次々に切れかかっているものかごに投入していく。
弟が消えた事も知らない妬亜は今も友人に突っかかっている真っ最中。
「べ、別にあいつがカッコイイとか、もろタイプだとかそんなんじゃないから! そもそも努維は兄弟だし!!」
「でも、血は繋がってないから結婚は出来るでしょ」
「結婚……そ、そうね。出来なくはないのよね……」
急に小声になった妬亜はようやく周りのひそひそと話す声が耳に入り自分がピエロになっている事に気がついた。
「な!」
「やっと気づいたの? ほら、努維君もどっかいってるからさっさと行くよ。どうもお騒がせしましたー」
真っ赤な顔で金魚のように口をパクパクさせる妬亜を引きずりながら優美恵は大衆から抜け出す。
少し歩いたが、無事に調味料のエリアにいる努維を見つけると、手を振りながら近づいて行った。
「おーい、妬亜の弟君」
怒維が振り向くと、友人の後ろで手を引かれながら真っ赤にさせた顔を俯かせている姉の姿に息を一度吐く。
「やっと落ち着いたのか」
「ごめんね。私がいじりすぎたせいで」
「あ、いえ。妬亜ねえの友達ですか?」
「うん。優美恵って呼んでね〜。君は努維君だよね?」
「はい。姉がお世話になってます」
ペコリと行儀よく一礼する縫いの姿に好感を持つ優美恵。確かに、そこら辺の男共よりかは怒維の方が魅力的に見える。
「そんなにかしこまらないでよ。さて、会ってすぐだけど私もう行かなくちゃ。妬亜をよろしくね」
妬亜を引き渡すと、レジに向かって行く優美恵の背中を見送った。
「献立も決まって材料かったし俺達も帰るか」
レジに向かおうと脚を動かすが、俯いたままの妬亜はピクリともしない。振り返った努維は不思議に思いながら声をかけてもぶつぶつと何かを喋るだけ。
恥かしさを押し殺して仕方なく手を握る。姉とは言え女性の手は小さく、努維の手のひらにすっぽりとはまった。
「ほんと……手がかかるな」
手で引きながらレジでお金を払い、かごから自前の買い物袋へ中身を移し替える。
再び手を握り家路につくが、やはり周囲の視線が気になった。
早く元の妬亜にならないかと思っていると、
「……あれ? いつの間にあたし」
ようやく我に返る妬亜。この瞬間を待ちわびていた努維は一度その場で足を止める。
「やっとか。もう買い物は終わったぜ」
「あ、ごめん。なんだかボーっとし――」
手が包み込まれている感覚が気になり、自然と手に視線を移す。自分の手が努維の手の中に綺麗にはまっていた。
それから数秒間の間の後、妬亜の脳が現状を把握しショート寸前の状態になる。
「な、なななな、なー!」
慌てて努維の手を空いた手で力一杯叩き落とすと、衝撃による鈍い痛みと共に努維の手は妬亜の手から離れた。そして、努維がこえをかける間もなく全速力で走り去っていく。
「な、なんだよ本当に。てか、妬亜ねえついてきた意味全くないし」
肩を落とすも、しっかりと荷物を持って家に戻った努維。
家に帰ると、玄関で鉢合わせた色から妬亜と何かあったか聞かれるが、見当もつかない努維はただ首を横に振るだけで、そのまま夕飯の準備に取りかかり始める。六時前に夕飯を作り終えると匂いにつられてか、自分達の部屋にいたはずの兄弟達がリビングに集合し終えていた。その中には努維から視線をそらす妬亜の姿もある。
その後の大罪さん一家は食事を済ませ、残りの時間をのびのびと過ごし、大罪さんちの一日が終わるのだった
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