大罪さん、ショッピングセンターに行くpart2
耳障りな重音が絶え間なく流れていたメダルゲームとは違い、楽しげなメロディが重なって聞こえる。
ガラス越しに見える人気のアニメのぬいぐるみに気分を高揚させた子供達は目を輝かせ、大人達は子供の期待に応えようと張り切る人もいれば、時計や便利グッズを狙って自らのテクニックを信じて挑む人もいた。
そんな中、努維は難しい顔でガラスに顔を近づけて、クレーンの位置を必死に確認している女子高生に目が留まる。
目をカッと開くと、押していたボタンを離す。動いていたクレーンはピタリと止まり、真下にあるぬいぐるみを目指して下降してがっちりとアームで掴む。ゲットを確信したのか女子高生は後ろにいる弟と妹、そして姉に右手の親指を立てて見せる。
しかしクレーンが上昇していくと、物理法則に逆らえないぬいぐるみはアームからぽとりと落ちてしまう。
弟達は残念そうに見つめ、姉はやれやれと首を横に振り、ゲームをした当の本人は顔を真っ赤にさせてゲームにあたり始めた。
「なんなのよ! アーム弱すぎるでしょ!」
ゲームにこれほどまでに取り乱している姉に努維はどういった気持ちで見ればいいのか、頭を悩ませている。
「……あっ、努維兄様」
暴が気づいて声を上げると、他の三人も努維の方を向いた。
「なんなんだよ、この状況は」
「いや~、何というか……その~」
色はチラッと強と暴に目をやると、努維はこの状況を大方理解する。
「ごめんなさい。僕があのぬいぐるみ欲しいって言ったから」
「強だけのせいじゃないよ。ウチもとって欲しいって言ったから」
妬亜はしゃがみこみ、今にも泣きそうな二人の頭を両手で軽く二度撫でた。
「そんなこと気にしなくてもいいの。悪いのはこのアームの弱さなんだから」
励ましているのだが、取れない原因を自分の実力ではなく機械のスペックのせいにする事で微妙に自分のプライドを守っている。
妬亜の背中を眺めていた努維が視線を前に向けると、笑みを含んだ困った顔で手を合わせながら首をかしげている色に目が留まった。
数秒の沈黙の後、深い溜息をしてから仕方ない様子でクレーンゲームの前に立つ。
「強、どのぬいぐるみが欲しいんだ?」
少し驚いた様子を見せるも、おずおずと指を指す。
指の先には今ゲームやアニメで話題のキャラクターである電気猫が他のぬいぐるみをベッドにしながら横たわっている。
「よし、俺に任せろ」
ゲーム機の前に立つと、慌てて妬亜が止めに入る。
「ちょ、ちょっと努維!? あんたも見てたなら分かるでしょ? そのアーム弱すぎて取れないわよ。おかげで、三千円も使っちゃったんだから」
三十回やっても取れないのかよと心の中で思いながらも、心の中で止める。
「……一回で十分」
百円硬貨を投入すると、陽気なメロディが流れだす。しかし、音楽に耳を傾けずに、目の前のぬいぐるみに集中して、まずクレーンを奥に動かすためにボタンを押し続ける。
ボタンを離すと、九連はピタリと止まるものの、ぬいぐるみがある位置より少し奥に行きすぎた。
そばで見ている兄弟達はハラハラしている。それでも、努維は落ち着いてもう一つのボタンに触れた。クレーンはゆっくりと横に動き出す。やがてクレーンはぬいぐるみの近くまでやってきた。離すならこのタイミングだと四人は思ったが、努維は頑なにボタンを離そうとしない。それどころか、ぬいぐるみの頭部を過ぎてから指を離してしまった。
これには妬亜も辛抱しきれずに、努維に掴みかかる。
「ちょっと! 見当外れも甚だしいでしょ! あんたの目はかざり!?」
しかし、いくら妬亜が怒鳴ってもクレーンを止めることは出来ない。下降したアームは電気猫ではなく、全く違うぬいぐるみを掴んで引っ張り上げようとしている。
「大丈夫だ、妬亜ねえ。狙い通――」
「何処がよ!! 現に今別のぬいぐるみを掴んでるじゃないの!」
「だ、大丈夫だから……襟元を掴んで……首を絞めないで……くれ」
「何が大丈夫よ! 全く違うもの掴んでるじゃない。てか、掴んでたぬいぐるみ落ちてるじゃないの!」
力を加えていくと、努維の顔は赤色から青色へと移り変わり、白目をむき始めている。
「妬亜姉ちゃん! あれ!」
強の声に反応した妬亜がガラス越しに覗く。アームは何も掴んではいない。しかし、片方のアームには輪状のプラスチックの糸が綺麗に引っかかっている。糸の先には電気猫がぶら下がり、アームと一緒に穴に近づいた。真上まで来るとアームが開く。引っかかっていた糸が離れ、ぬいぐるみは垂直に穴へと落ちて、景品取り出し口に姿を現した。
「げほ! ごほ! ……おぇ……ほら」
意識がぶれる中、努維は取り出し口から目的のぬいぐるみを掴みとり強に手渡す。
「ありがとう! 努維兄ちゃん」
「どういたしまして。……さて、次は暴だな。どれだ?」
「あれ」
暴の指差すぬいぐるみに目を向ける努維。女の子らしい、かわいいウサギのぬいぐるみが横たわっている。
「あの、ウサギか。ちょっと待ってろ」
硬貨を投入し、ボタンに手を伸ばそうとしたが、努維の袖を暴が引っ張った。
「違う! その隣!」
努維はウサギから少し視線をずらす。そこにあるのは体中つぎはぎのぬいぐるみ。猫やウサギといった実在する動物には見えない。無理してでも表すならキマイラとしか言い表せないほどだ。子供どころか大人でさえも敬遠したくなるぬいぐるみが何故そこにあるかも不思議に思える。
「……本当にあれなのか?」
「うん!」
キラキラした目で元気よく返事を返す暴の美的センスに不安を抱きながらも可愛い妹のために兄として仕方なくそのぬいぐるみをとった。
「ありがとう! 努維兄様!」
嬉しそうにする暴と強に努維の顔は自然と笑みがこぼれる。
「……努維って、こんな特技あったんだ。もっと早く気づくべきだった」
「逆にもう少し遅く気づかれていたら、あのまま死んでたよ」
「さ、さっきは悪かったわよ」
「ほら二人共、もうそろそろ移動するよ。怠美と傲君も呼ばなきゃ」
時計を見ながら妬亜と努維を呼ぶ色。そこにちょうどゲームを終えた怠美と傲が合流した。
「怠ねえと傲ちょうどよかった。メダルはどうした?」
ここに来る前に怠美のいたメダルコーナーにいた努維。あの時見たメダルの量は普通に遊んでいれば、数時間は遊べるほどだった。しかし、現に今二人は何も持たずにあらわれている。
ポリポリと頭を掻いている怠美が努維に答えた。
「あ~……全部消費したかったから競馬のゲームで数カ所席使って一番人気がない馬に全賭けして」
「あー、わざと外し――」
「見事に当たっちゃったからその場にいた人達に全部上げた」
「……は?」
耳を疑うような事をサラッと言われた努維の思考は全く追いつかない。
「びっくりしちゃった。三十倍になって返ってきたんだから。上げた人にはすごく喜ばれてたけど」
「その代り運営側は涙流してたよ」
「えーと……とりあえず行くか」
考える事を放棄した努維はこれ以上聞く事はなかった。
「さてみんな、合流したね順番的に次は食事。最後に買い物ね」
色の言葉にワーイ、と最年少の二人は体全体で喜びを可愛らしく表現する。
「問題は何が食べたいかだけど……今回は暴ちゃんに決める権利を上げちゃおっかなー」
権利を貰った暴は突然目を閉じながら鼻をひくつかせ、嗅ぐ動作をし始めた。
これは大罪家の四女である暴特有の店の決め方。周囲の匂いを嗅いで一番最初に匂いがした料理が今回の昼食となる。
匂いを嗅ぎ終えた暴の瞼がカッと開く。
「……暴、何か匂いした?」
「うん」
聞いてきた傲にニパッと笑いながら元気に大きな声で答える。
「カレー臭!」
周りにいた一家の大黒柱達の何かに亀裂が入り、一瞬その場の時が止まった。
「……えーと、暴。多分勘違いだよ」
「そんなはずないよ! びっくりするぐらいカレー臭だよ! だって、ここからでもするんだよ! カレー臭しかしないもん! カレー臭のするところに行こうよ! はやくカレぷぐっ!」
「そうだな暴、カレーのいい匂いがするな!」
「ふがふが!」
暴の口を押えながら抱え込み、そそくさとカレーの店へと向かう。他の兄弟達も申し訳なさそうにして後をついて行く。
努維の行動によってこれ以上他の一家の空気が悪くはならなかったが、父親達の心に確かな傷を残した。
「暴、あんまりよそでカレー臭とかいうな」
「え、でもCMとかでカレー臭って言葉よく聞くよ」
「確かに加齢臭はよく聞くな」
努維の言っている事が全く理解していない暴。しかしカレー屋に入店した事で、さっきまであった事など頭の中から飛んで行ってしまうのだった。
二人の後を追ってきた兄弟達も入店し、店員に案内され奥から傲、強、努維。その向かい側の奥から怠美、暴、妬亜、色の順に席に着く。
お冷を人数分置いた店員は端にいた努維と色にメニューを手渡すと他の来店者の対応にまわる。
二人共手渡されたメニューが他の兄弟にも見えるように開く。
メニューには様々な種類のカレーの写真とその詳細が書かれているため、自然と目移りしてしまう。
「強、決まったか?」
「ちょ、ちょっと待って! えーっと、オムレツ……ハンバーグ……でもエビフライも食べたいし」
傲は何をトッピングにするか迷っている様子。
兄である傲と努維は目で互いに合図を送り、頼むものを決めた。
「俺はハンバーグカレー」
「じゃあ、オレはエビフライカレー。それで傲はオムレツカレー頼んで、オレと兄さんとトッピングを分けよ」
「いいの!? ありがとう兄ちゃん達!」
これで男性組は全員決まった。一方の女性組はまだ妬亜と暴が悩んでいる。
「妬亜、もう何でもいいじゃん。早く決めちゃってよ」
「そうはいかないわよ! カロリー考えて食べないと。怠美はいいわよね! 全部胸部に行くんだから!」
「……肩凝るだけだよ。ね、お姉さん」
「うーん、そうね」
両端の二人の胸部を交互に見ながらは歯ぎしりをする妬亜。
結局トッピングはなしの普通のカレーを頼んだ。大食い少女の暴だけだが、迷っている理由はもちろんカレーの量だ。
「もう少し食べたい」
「でも、これ以上多いのってないね。暴ちゃん二人前食べる?」
「……いや、もっといいのがあるぞ」
努維はある張り紙に指を指した。そこには見るだけで満腹になりそうな量のカレーの写真が貼ってある。そしてでかでかと“デカ盛りカレー! 十五分以内に食べ切れば賞金一万円”の文字が。
「……暴ちゃん。あれ、食べる?」
「うん! 食べる!」
すぐに近くの店員を呼び止めて、六人分の注文とデカ盛りカレー頼む。
当然店員からデカ盛りカレーについての説明がされる。
「デカ盛り―カレーの挑戦はお一人様のみで食べきって頂かないと賞金は出ませんがよろしいですか?」
「ええ、大丈夫です」
「かしこまりました。こちらのカレーは時間がかかりますのでお待ちください」
努維から承諾を得た店員は厨房の方に姿を消した。
厨房からは暴以外のカレーが運ばれる。さほど多くない事もあり、暴のカレーが来る前に兄弟達は食べ切ってしまった。
そしていよいよ暴のデカ盛りカレーが姿を現す。
量は四人前以上。トッピングも全のせと悪ふざけにもほどがある。
「お待たせしました。デカ盛りカレーです」
カレーが努維の前に置かれた。
「準備はいいですか? それでは――」
「あ、ちょっと待ってください」
店員はストップウォッチにかけた指を一旦とめる。努維は前に置かれたカレーを暴の前にスライドした。
「はい、いいですよ」
目の前で行われている行動に店員は目を白黒させる。
「お、お客様? よろしいのですか?」
「はい。あ、手伝ったりしないんで」
「か、かしこまりました」
落ち着いている努維から視線を外し、店員は暴の方に向けた。
小柄な女子小学生がとてもこの量を食べ切る事など出来るはずがないと思わずにはいられない。おそらく、駄々をこねて仕方なく頼んだと自己完結させた店員はにっこりと暴に微笑みかける。
「それではよーい……スタート!」
十五分後、店員の微笑みは過去のものとなった。
読んでくださり、ありがとうございました。




