大罪さんちの友人関係 その3
努維達のやり取りが行われていたその頃の妬亜は優美恵と一緒に食事をしていた。
「いい加減機嫌直しなって」
「ふんっ」
そっぽを向く妬亜に苦笑している優美恵。
「もう! いつまでもそんな態度なら私にも考えがあるから」
右手に持ったフォークで妬亜の弁当箱のメインであるハンバーグに突き刺しに行く。寸での所で妬亜の箸がフォークの先端を捉え、進行を止めた。
「どういうつもり?」
ギロリと睨む妬亜に対しあっけらかんとしている優美恵。
「いや~。いつも頂戴って言っても貰えないし、交換しよって言ってもくれないから強行に」
今度は空いた左手が伸びてくるが同じく左手で対抗する。
「妬亜のケチ! 一個ぐらいいいじゃんか!」
「絶対渡すもんですか!」
食べ物一つで争う二人。その最中に優美恵横目で廊下を見た。
「あれ? 努維君?」
「え?」
反射で顔を向けた妬亜。優美恵の瞳がキラリと光る。
「貰ったああぁぁぁぁ!」
「あっ!!」
「いっただっきまあーむ」
口に含んだ途端、口内は肉の脂で満たされた。肉本来の味と玉ねぎの甘味が見事。そしてこの肉汁は手作りだからこそ出来る仕上がり。
「ちょっと! 何勝手に食べてるのよ! …………優美恵?」
食べてから無言の優美恵を心配そうに見つめる妬亜。
「妬亜、お願いがあるんだけどさ」
「な、何よ。改まって」
不気味な優美恵に後ずさる。
「今度努維君ちゃんと紹介して」
「ぜっったいに、いや!」
「お願い! せめて弁当を作ってもらうための交渉を!」
藁にもすがる思いで妬亜にしがみ付く優美恵を剥がそうとするが腰に回された腕は頑なに離そうとはしない。飽くまで自分の要求を通そうとする。
「いいじゃん! だってこんなにもおいしい料理が作れるんだよ! 食べたいじゃん!」
「いや、知らないけど」
余りの必死さに逆に冷静になった妬亜が鬱陶しそうにぞんざいな扱いをしていると、周りのヒソヒソ話と注目しているクラスメイトの姿に気がつく。
「わ、わかったから。今度聞いてみるからその話はやめよ」
「そうよね。この話聞かれたら必死に隠してきた努維君のいい所が知られちゃって、ライバルが増えちゃうし」
「そうそう。……っていい加減にしなさいよ」
さっきまでの立場が嘘のように元の関係に戻る。これが固い絆の証明なのか。はたまた優美恵の術中なのかは誰にもわからない。
所変わって怠美達のクラス。
机に突っ伏したまま動かない怠美。遠くから見れば毛むくじゃらの生物に見えなくもない。
その向かいに机をくっ付け座るのは沙憧。小さな弁当箱を広げ、姿勢よく綺麗な箸使いでご飯を咀嚼する。
「怠美ちゃん。食べないの?」
行儀悪くならないように口の中のものを飲み込んでから話しかけると、毛むくじゃらの中から怠美の顔が沙憧に向く。
「今日は先生によく当てられたし、体育で体動かしたから今日の分の体力がもう残ってない」
「でも、まだ授業あるよ? それにご飯はちゃんと食べないと」
「ん~……」
体勢を変えずに机の横にかかった鞄をガサゴソと手探ると布に包まれた弁当箱を取り出して机の上で結び目を解く。ハラリと布が開くと楕円型のピンク色の弁当箱が現れ、怠美は蓋を取って二段の弁当箱を一段ずつ並べる。
努維の弁当と同じ中身が綺麗に敷き詰められていた。
「わぁ。怠美ちゃんのお弁当おいしそうだね」
だが怠美はその行動だけ終えるとじっと見つめたまま動かない。
「どうしたの? もしかしてお腹すいてないの?」
返事をするかの如く怠美の腹部からくぅーっと小さな音が鳴る。ならば何故箸を取らないのか。沙憧は不思議に思っていると怠美は口を開いた。そしてジッと動かない。
「食べさせて」
「え? う、うん」
怠美の弁当のハンバーグを小さく切って箸で摘み、怠美の口に運ぶと口が逃がさないように閉じて食べ始める。幸せそうに眼をとろんとさせる怠美の口から箸の先端を引っこ抜き、今度はレタスを口の前に持っていく。
先ほどよりも面積大きいレタスの端をパクッと咥えてハムスターのようにモグモグと頬張っていく。
その姿に思わずキュンとする沙憧は次々と食べ物を怠美の口に運んでいった。
「うん、おいしい。ありがとう委員長」
「どういたしまして。はい、最後の卵焼き」
卵焼きを怠美に近づけるが首を横に振って食べるのを拒否される。何か気に入らない事でもしたのかと不安になっている沙憧。
「それは委員長が食べて。食べさせてくれたお礼」
「いいの?」
怠美は一度だけ頷く。
箸に持った卵焼きをジッと見つめる沙憧。遠慮していたが実際は怠美の弁当箱が気になっていた。特に子の卵焼きはとても綺麗な焼き色をしていたので少し食べてみたいと思っていたのだ。
恐る恐る口の前にまで持ってくると卵焼きを口に放り込む。
口の中が甘めの卵焼きの味で一杯になり、体が反応してしまう。
「おいしい! 怠美ちゃんいつもこんなにもおいしいもの食べれるんだね。いいな~」
「そう?」
怠美は上体を起こして空になった弁当箱をしまう。
「怠美ちゃんのお母さん料理上手だね」
鞄から手を引き抜こうとした姿勢でピタリと止まる。
「……両親、いないんだ」
空気が急に重くなった。やってしまったと思い何を話せばいいのかあたふたする沙憧。
「あ、あの。ごめんね」
「なんで謝るの」
小首を傾げて平然としている怠美。本人が気にしていないのだからこれ以上触れない方がいいのか。しかし、空気を変えたのは自分のせいと頭の中で思考がぐるぐると回る。
「だ、だって。両親が死んじゃってるのにお母さんなんて。あ! 何で私はっきり”死んじゃってる”って言ってるの。ご、ごめんね!」
自分が何を言ってるのかも分からない沙憧をとりあえず落ち着かせる。
「委員長落ち着いて。勘違いしてるようだけど両親は生きてるよ。ただ出張中なだけ」
「え、じゃなんで急に暗い顔したの?」
「宿題あったの忘れてた。しまったな、前はパンツと交換でやってもらったからうっかりしてた」
「へ、宿題? え! パンツ!?」
怠美の言葉をどこから指摘すればいいのか。分からない沙憧はとりあえず、
「パンツって!?」
パンツについて聞く。
「あー、うん。前にパンツ渡して宿題やってもらったの」
「いくらなんでも、お、おお男の子にパンツあげちゃダメだよ!」
「あげたのは女の子だよ?」
「女の子……」
顔面蒼白の沙憧。気のせいか背筋に視線を感じ振り返る。
宿題をやってもらったという事は同じクラスの可能性がある。もしかしたら仲良くしていた子がそっちの趣味だったのでは? そう思と自分の貞操の危機が。
「突然挙動不審になってどうしたの?」
「そのー、身の危険を感じちゃって」
「ああ、もしかしてわたしのパンツあげたと思ってるの? 安心して。弟のパンツって言い張った新品のパンツだから」
「なんだー、びっくりしちゃったよ」
ここで安心してしまった沙憧は相当疲れているのかもしれない。
何やかんやあって放課後。
楽達が用事と言う事もあり真っ直ぐ家に帰ろうとした努維はばったりと靴箱で居合わせた怠美、妬亜と共に帰り道を歩いている真最中。
「あ、そうだ。優美恵がどうしても努維のお弁当が食べたいらしいんだけど」
「なんでまた」
「相当味を気に入ったらしいのよ。もちろん作ってくれればお金は払うって。作れない? 無理には頼まないわ。別に努維がやる必要なんてないんだし」
「それでもちゃんと俺に聞いてくるあたり妬亜ねえは優しいんだな」
プイッと照れ隠しでそっぽを向く妬亜。
「まぁ、たまになら別にいいよ。優美恵先輩にもそう言っといて」
「ん……」
「妬亜ー、おんぶしてー」
後ろからだらだらとついてくる怠美。しかしいつもなら知り合いがいればすぐさま寄生して家に向かう怠美が歩いている事に努維は少し驚いている。
「怠ねえが妬亜ねえに寄生しないなんて、どういう風の吹き回しだ?」
「自力で帰らなきゃわたしのエロゲー捨てるって言うんだもん」
「あんた、最近運動してないでしょ。そんなんだとすぐに服とかきつくなっちゃって目を背けたくなるような体つきになるわよ」
「確かに、最近太ったかも」
怠美もその辺は女の子らしい悩みを持っているのか、少し表情が強張った。
「そうなの? もしかしてお腹の肉が摘まめちゃったりしちゃう?」
「その辺はまだ大丈夫」
「じゃあ、太もも辺りが太くなったのか?」
「ううん。ズボンも全くきつくなかった」
「現代に生きる女子高生なんだからズボンじゃなくて、パンツって言いなさいよ。てか聞いてる限り太ってるなさそうだけど」
「いや、最近」
すらっとした白い指先で胸辺りを指差しながら、
「胸のあたりがきつくて」
と言った。
「な、怠ねえ。それは多分気のせいだ。きっと何か悩みがあったりとかで胸が締め付けられてるんだ」
横目で無表情の妬亜はチラチラ様子を窺いながら話をそらそうとタイミングを計るが話を区切る境目が見つからない。ならばせめて起爆しないようにうまく立ち回らなければ。
「そう? でも前メジャーで測った時数ミリ大きく――」
「そんなの誤差の範囲だ!」
「数ミリが……誤差の範囲?」
思わず「あっ」と声を漏らす。隣からの殺気で顔が見れない努維。まさか自分で起爆させるとは思ってもいなかった。
「へー、数ミリは誤差の範囲なんだー。じゃあ、その数ミリも変わらないあたしの胸は凄いのかなー?」
乾いた笑いをしてどんどん顔を近づける。一方の努維は視界に入れないように必死に明後日の方向に視線を向けている。
「妬亜ねえ、謝るからハイライトはOFFにしたような目で俺を見ないでくれ」
「なんで努維が謝るのかな?」
「もう茶番はいいから早く帰ろ?」
事の発端でもある怠美にきっとにらみつけ、妬亜はグイッと近寄った。
「そもそも運動しない怠美は体の維持出来て、あたしの方が苦労しないといけないのよ! てかあんた! 強と暴がいるんだからエロゲーなんて買ってくるんじゃないわよ! 何? 欲求不満なの!?」
この言葉に基本温厚の怠美も顔をムッとさせる。
「エロゲーの全部が全部ヌき目的だと思わないでよ。わたしはストーリーが面白いからやってるの」
「結局はエロゲーじゃない! どんなに綺麗なストーリーでも主人公とよろしくやって最終的には合体するんでしょ!」
にらみ合う二人は一歩も引かない。
「「努維はどう思う!?」」
「俺に賛否を問うな! 誰が好き好んでエロゲーとかヌキとか合体とか生々しい単語を姉達の口から聞かなきゃいけないんだよ!」
「「それ、お姉ちゃん(お姉さん)の前でも言えるの?」」
「色ねえを引き合いに出すのはやめてくれ。納得する自分がいるから」
とんだ茶番を繰り広げ、ようやくヒートアップした空気が冷め、それ以上お互いに踏み込まないように気を配りながら玄関の前に着いた努維達は扉を開けて家に入る。
「……で、何があったか説明してもらおうか色ねえ」
「そ、そのー。ゴキブリがいたの」
「うん、それで。それを見たお姉ちゃんはどうしたの?」
「びっくりしちゃってね。早く退治しようと」
「しようとしたお姉さんは?」
「……洗い物してた皿を投げました」
粉々に割れた皿が入った箱を見つめながらそう話す色はこの後しばらくの間家事に関する一切の作業を禁じられたのだった。