大罪さんちの友人関係 その2
ようやく学校に着いた努維は自分のクラスの扉を開ける。
教室には努維が最も見慣れた三人がすでに登校を済ませて駄弁っていた。
その中の男子生徒が怒維の存在に気がつく。
「お、やっと来たか」
そう言って短髪の男子生徒が笑いながら努維の肩に腕を回す。
「ちゃんとお前の姉ちゃんと仲直り出来たか?」
「したっての。それよりも悪かったな楽。急に泊めてくれなんて言って」
「いいって事よ。お前といると飽きないし。それに俺は面白ければそれでいいんだからな」
「相変わらず楽観的と言うのかなんというのか」
「まあまあ」
笑い声を上げながら怒維を連れて二人の女子生徒の元へ。
「哀、真喜。怒維が来たぞ!」
二人は振り向くと笑顔で怒維に挨拶を交わす。
「あ、怒維君おはよー」
「ん、おはよう。真喜もおはよう」
「うん、おはよう」
無駄な手間をかけていないストレートの黒髪を肩まで伸ばした少女が二ノ宮真喜。同じく肩まで伸ばしたクリーム色の髪にウェーブをかけている少女が神谷哀。どちらも美少女の部類に入るが、真喜はしっかり者のお姉ちゃんを彷彿とさせ、哀は守りたくなるような小動物のイメージが強い。
そんな二人と先ほどの城田楽、怒維の四人でグループをなしている。
「ところで怒維君。さっきお姉さんと喧嘩したって聞こえたけど何かあったの?」
眉をハの字にして小首を傾げる真喜にいつもと変わらない調子で答えた。
「そんな顔するな。大げさな事じゃないから」
「そうなの?」
「でも怒維の家大騒ぎになったんじゃねえか?」
「…………それぐらい大した事じゃない」
「明らかにその間は大した事だと思うんだけど」
雑談をしていると鐘の音が校舎中に響き渡り、すらっとした美人女教師が名簿などを小脇に抱えて颯爽と教室に入る。
怒維達のクラス担任である新美愛子は机の上に置くと号令をかけた。
「はい、ST始めるわよ。ほら、そこの四人も席つきなさい」
素直に四人は自分の席につくと一呼吸してからSTが始まる。
「ーー以上で連絡終わり。一時限目は英語だな。なら、ちゃっちゃと準備して始めるぞ」
英語の担当でもある愛子は生徒達の準備が整った事を確認し終えると教鞭を執った。
「前回やったページの次を開いて。えーっと、ここでの話はボビーとメアリーの……カップル、を、例とした、話」
クラスの生徒全員が愛子から放たれる禍々しいオーラに思わず背筋が伸びてしまう。
チョークを持った愛子の手がプルプルと震え、亀裂が入ったチョークは粉々に砕け落ちる。
「周りの友人だけじゃなく、こんな本にまで私をコケにするのか?」
結婚してもおかしくない愛子だが、結婚相手のいない愛子にとって教科書とは言え目の前でカップルの話が持ち上がる事に嫉妬の炎を燃やさずにはいられなかった。
「何がいけない。彼氏がいつまで経っても結婚しようって言ってくれないから言いやすいように見えやすい所に結婚雑誌(附箋付き)を置いておいたり、『誕生日プレゼント何がいい?』って聞かれたから『貴方の給料3ヶ月分の何か』って答えたり、子供とすれ違うたびに『子供ほしいな……』って聞こえるか聞こえないかぐらいの声で呟いたりしたのに……話があるからやっと結婚してくれるかと思えば『別れてくれ』? 何で!」
血涙を流す姿にクラスの生徒が「そりゃそうだ」と言わんばかりの表情をするが、実際に言葉にしてしまえば、
「そりゃ逃げたくも――ぶへっ!」
楽のように全力で投げられたチョークが眉間に突き刺さるのだ。
「せ、先生! 今は授業を続けましょうよ!」
場の空気をこれ以上悪いものにしないためにも真喜が積極的に授業の振興を促す。
「そうだな。進めるとしよう。えーっとなら……」
授業を進めようとした愛子はある一文を目にしたまま固まってしまう。
「……大罪、上から3行目の右から2単語目からピリオドまでの分を読め」
「え、なんで俺が」
「いいからさっさと読め。それとMaryはyouに変えろよ」
「はぁ、分かりました」
努維が少しだらけながら立ち上がると愛子から指摘が入る。
「コラっ。シャキッと立て。真っ直ぐ私の目を見て話せ。生半可な気持ちで話すなよ。気持ちを込めて真剣に」
様々な注文をされ、嫌気を差しながらも指示通りに姿勢を正して真剣な眼差しで愛子の目を真っ直ぐ見て息を吸う。
「I love you……」
その瞬間、努維達のクラスだけが時間が止まったかのように静まった。
努維も何故こんな事を平然と言ってしまったのかと自問自答をしている。
「ふふっ。まさか生徒から告白されるとは。……なんてな。冗談だ、冗談」
笑いながらそう言うとチョークで今回の英文法を黒板に書き並べていく。しかし、生徒全員が一切の笑い声が上がらない。生徒は見逃さなかったのだ。努維が言い終えたと同時に愛子の眼差しは女の目をしていたのを。
時間は経過して昼休み。4人は机を固めて昼食をとっていた。
「一時限目は気まずかったな」
「チョーク投げられてさんざんだ」
「それは楽君が悪いんじゃ……」
「努維君は巻き込まれて大変だったね」
楽は惣菜パンを齧り、後の三人は弁当を広げている。
「いつ見てもお前の弁当は手が込んでるよな。しかも兄弟の分まで作ってるんだろ?」
マジマジと努維の弁当箱を覗く。
「そうか? 別に大変だと思った事ないけどなー」
哀と真喜も努維の弁当をチラチラと盗み見るが彩や健康を考えて作られている事が一目で分かる。三人が共通して入っている卵焼きにも差がはっきりとしていた。努維の卵焼きは黄色と言うよりかは黄金と言いたくなるほど綺麗な色と焼き目が付いている。努維と同様に自分で作っている哀と真喜は女子力の高さを見せつけられ、肩を落とす。
「努維って家事全般出来るよな。彼女が出来たら引け目を感じさせそうだな」
彼女と言う単語に真喜の耳は聞き逃さない。
「てか、努維のタイプってどんなのなんだ?」
「そうだな……」
天を見上げて考え、視線を落として真喜をジッと見つめる。
「真喜みたいな奴かな」
「ふぇっ!?」
思わず箸を落っことしそうになった真喜。クスクスと哀が笑い、楽はニヤニヤした。
「ほうほう。決め手は?」
「決め手とういうかな」
真喜はモジモジして努維の言葉を今か今かと待ちわびる。
「(色ねえとは比べものにならないほど)清純で、(怠ねえに見習ってもらいたいほど)自分から行動するし、(すぐに感情的になる妬亜ねえとは違って)落ち着いてて(全く手がかからないから)好きだな」
「あ、え、そ、その……あぅ~」
蒸気が出そうなほど真っ赤な顔の真喜に努維は小首を傾げた。
「大丈夫か?」
「だだ、大丈夫」
慌てて紙パックのお茶をストローで啜って顔のほてりを押さえる。
(どうせ色々と言葉が足りてないんだろうなー)
(努維君の態度を見る限り、努維君の好きは別の意味なんだろうな~)
二人をよそに哀と楽は食事を進めた。