大罪さんちの観察・三男
自分以外の兄弟が家にいない時の行動
三男・強の場合
「つまんなーい!」
強の悲痛な叫びが家中に響き渡る。
遊ぶ約束をしていた友人から自宅に電話がかかり、大切な用事のため遊ぶ事が出来ないとの事だった。
他の兄弟達も外出しており、一人寂しくソファに寝ころびながら叫んでいる現状である。
「努維兄ちゃんと傲兄ちゃんは用事でどっか行っちゃうし、暴は妬亜姉ちゃんと色姉ちゃんについてちゃったし、怠美姉ちゃんはおさげの女の人に連れてかれちゃったし」
脚をばたつかせながら仰向けになり、どうしたものかと悩む。
もう時間は昼の一時。ゲームもいいが今日は外で思いっきり遊びたい。
「もしかしたら、公園に誰かいるかも!」
バッと起き上がりすぐに外に飛び出す。鍵をかける事も忘れず、急いで公園に向かった。
天気は気持ちいほどの快晴。しかし、公園にいるのは親子と散歩中の老人、ベンチでひなたぼっこ中の猫だけで友人達はいなかった。
「なんだ、誰もいないのか」
「あら、強君。どうしたのこんな所で」
肩を落とす強に喋りかける女性。顔を見た途端、「あっ!」と声を上げた。
「コロッケ屋のおばちゃん!」
「うーん、出来ればおねえさんって呼んでほしいな…………まだ20代だし」
後半をぼそりと言われて聞こえず首をかしげる強。
「それで、どうしてここにいるの? お兄ちゃん達は?」
「誰もいないから。退屈でここに来たんだ。友達に会えると思ったけどいなくて」
残念がる強を見ていたたまれない気持ちになる女性は何かを思いついたように手をポンと叩く。
「そうだ。趣味で野菜育ててるんだけど、一緒に収穫しない? お母さんも強君が来てくれると嬉しいしと思うの」
太陽のような笑顔で強は一度強く頷いた。
「こんにちわ!」
「あら、強君こんにちわ。一緒に収穫手伝ってくれるんだって? ありがとう」
褒められると強は子供らしい笑みを浮かばせる。
「はい、強君。これを使ってね」
倉庫から戻ってきたおばちゃん(おねえさん)から受け取った軍手を手にはめるが、指先がぶかぶかで不快感があるよう。しかし、銀色のスコップを手渡されると気持ちは一変してご機嫌になった。ピカピカのスコップが剣に見えて仕方がないのだ。ゲームの中の勇者になりきって家庭菜園をしている庭に駆けだす。
「植物の魔物は僕が全部倒してやる!」
「出来れば収穫してほしいかな」
苦笑いを浮かべて後を追うおばちゃん(おねえさん)。
多種な野菜の苗や成熟した野菜が彩り豊かに生えている光景は感性豊かな子供である強の目に入り込み、思わず意気込んでいた勢いを打ち消してしまうほど綺麗に映った。
「わぁ、凄い!」
「うん、今回の野菜の出来はいいね。早速収穫始めようか。取れそうなのは人参とジャガイモかな」
おばちゃん(おねえさん)が指さす先には頭を出して大きな葉を生やした人参が埋まっている。早速人参の葉を持ち、スポッと取り上げた。土を払い退ければ綺麗なオレンジ色が新鮮さを教えてくれる。
「大きくて強そう!」
キラキラした目で人参をまじまじと眺める強にクスクス笑っているおばちゃん(おねえさん)。
「よし! この調子でどんどん収穫しよっか」
「はーい!」
次々と人参とジャガイモを収穫し、用意した籠一杯になるほどになった。
「これで最後」
「終わったー!」
最後の一個を籠に収めると泥だらけの軍手で顔を拭い、顔も泥だらけにする強を見かねたおばちゃん(おねえさん)は目線を合わせて自前のハンカチでその泥を拭く。真っ白だったハンカチは泥で汚れるが強の顔から泥は取れたようだ。
「これで綺麗になったよ」
「ありがとうおばちゃん!」
「だからおねえさんだって」
「あら、一杯採れたわね」
そこにおばちゃん(おねえさん)の母親が様子を見に来ると豊作に驚いていた。
「僕が頑張って取ったんだよ!」
「ありがとうね。……そうだ」
家に戻っていったかと思えばビニール袋を持って戻って来る。次々に収穫した野菜をビニール袋に詰めるとキュッと縛って強に渡す。
「はいこれ。手伝ってくれたお礼」
「いいの!? ありがとう!」
嬉しさで舞い踊る強の姿におばちゃん(おねえさん)は顔をほころばしながら子供の良さを実感していると母親がぼそりと発した声が耳に入ってきた。
「早く孫が欲しいわね」
体をこわばらせぎこちなく顔を向ける。自分の母親が真剣に悩んでいる姿が心に深く刺さり、「早く結婚しないの? というより彼氏を早く作りなさい」などの母親の心の声がひしひしと伝わってきた。
「お、お母さん。まだ私はそんな年じゃ」
「最近25歳にもなったのに彼氏が出来た事なんて一度もない。そもそも男友達も作った事もない。特別料理が出来るわけでも、掃除とかが出来るわけでもない貴方なのにまだそんな年じゃないって言うの?」
身内に。しかも母親から容赦ない言葉が突き刺さる。別に見た目が悪いわけではない。学生時代の彼女は色恋沙汰に興味がなかったわけでもないが、友人達との時間が何よりも大事だった。しかし、ここ最近友人達の相次ぐ結婚報告に流石の彼女も焦りを感じ始め、彼氏だけでもと合コンや結婚相談所まで使っているがどれもうまくいかず、本当にこのままおばちゃん(おねえさん)がおばちゃん(おばちゃん)になってしまうのは時間の問題だった。
「私だって、ヒグッ……がんばっでるの」
「もう、いい大人が泣かないの」
「おばちゃん大丈夫?」
大人の事情など知る由もない強が見上げていると、おばちゃん(おねえさん)はしゃがみこんで強の両肩を掴んだ。
「強君。努維君か傲君と一緒にまたコロッケ買いに来てね。私の目の保養と楽しみのために」
「よくわかんないけど、わかった!」
両肩から手を離された強は手を振って家へと走り去っていった。
「ただいまー」
「お、やっと帰ってきたか」
先に帰ってきていた努維と傲が強を出迎えると強は野菜が入ったビニール袋を二人に突き出した。
「コロッケ屋のおばちゃんに野菜貰った!」
「そうか、なら今度行かないといけないね」
「そうだな。よし、明日にでも俺が強連れてコロッケ屋に行ってくる」
そういって袋を受け取ると台所に運んでいく努維を見て何かを思い出した強。
「そうだ。傲兄ちゃんも僕と一緒にコロッケ屋に行ってね」
「え、それはいいけど、どうして?」
二人を連れてきてほしいと頼まれた事は覚えているのだが、その理由が上手く思い出せない強は断片的に残っている記憶を繋ぎ合わせていく
「えーっと……コロッケ屋のおばちゃんが泣きながら、兄ちゃん達を保護して楽しみたいからだっけ?」
その言葉で傲の体は固まったまま何かを考え出した。
「もしかして、色姉さんと同類の人が……」
ぶつぶつと独り言をする傲を横目に強は洗面台に歩いていき、手洗いうがいを忘れないのであった。