大罪さんちの観察・次男
自分以外の兄弟が家にいない時の行動
次男・傲の場合
「みんな出かけちゃったか」
色は調べ物をするため大学へ。怠美は妬亜に引っ張られながら外出し、怒維は友達とアミューズメントパークに行く暴と強の保護者役として同行した。
横目で机の上に広がる教科書やノート見る。ノートはビッシリと数式が書かれ、教科書には蛍光ペンのラインや赤丸が書き加えられていた。
「宿題も終わってるし、何するかな」
天を仰いでも今やるべき事は見つからない。
「とりあえず外に出ようかな」
立ち上がった傲は白いTシャツとジーパンに着替え、車庫に向かう。
機動性を確保するため自転車にまたがり、目的のない外出のためペダルを漕ぐ。
家を出てすぐ右側のなだらかな坂を立漕ぎで上る。季節が張ると言う事もあり、少し体が熱くなる傲。
ようやく坂を上り終わると、そのまま一定のリズムでペダルを回した。
しかし、ただこうして漠然と走っていてもしょうがない。この道を通って行ける場所を頭の中に浮かべる。一番初めに浮かんだ本屋を目的地へと設定した。
颯爽と自転車で駆け、風を感じていると傲の火照った体は自然と冷まされていく。
十分後には本屋に到着した。
入店した傲は真っ先に新刊の少年コミックスコーナーへと足を運んだ。本の発売日をあまり気にして確認しない傲は他の兄弟達から聞かされるか、こうして気分で寄った時にやっと自分が買っている本が発売している事を知る。
「お、もう発売してたんだ」
買い求める本を手に持つと、少年の漫画が並ぶ棚に向かった。
王道のバトル物からスポーツ漫画。少年心をくすぐる内容は子供達の将来の夢を決めてしまうほど影響を与えている。
傲の学校でも漫画に影響を受けた同世代がテニスやバスケ、野球に全力を注いでいた。しかし、結局は漫画だ。誰も打てないような球を投げたり、人を飛ばすほどの威力を出したり、消えたりする事なんて出来ない。
「面白そうなのあるかな」
人差し指で背表紙をなぞりながら探すが、特に買おうという意思が傲にはわかない。大抵の人気作品は巻数が多く、中学生のお小遣いから考えるとすべて集めるのにお金がかかり過ぎてしまうからだ。
指先を離し、再び歩き出すが、すぐに足を止めた。
目の前にはドラマ化され更に人気を獲得した少女漫画が並べられている。
「へぇー、あのドラマの原作これだったんーー」
何かを感じた傲が周りを見渡すと、少女漫画の棚にいた年上の女性達がヒソヒソと話をして、チラチラと様子を窺っている事に気がついた。
(まずい。男が少女漫画をジロジロ見てるからキモいと思ってるよ。は、離れないと)
逃げるように少女漫画から離れる傲を見つめながら女性達の会話は続く。
「ねぇ、あの子かっこよくない!?」
「それに、少女漫画を興味あるなんてカワイイ!」
好印象を与えている事を知らずに大人コミックスの棚に足を運ぶ。
少年や少女よりも一回り大きい本がずらりと陳列され、作画もやはり少年とは違った臨場感が感じられる。
シリアスなものが多く並べられている中、見覚えのある表紙を目にした。
前に怠美の部屋を訪れた時に見たゲームのパッケージと瓜二つ。
数日前。
「怠美姉さん。はいるよ?」
「え?……え! ちょっとまっーー」
姉の返事を待たずに扉を開くと不自然な中腰の体勢でパソコンを背後に隠す怠美の姿に傲は疑問符を浮かべた。
「何してるの?」
「いや、なんでも」
冷や汗を姉の言葉など信じられる訳もないが、むやみやたらに踏み込むのも悪いと思いそれ以上は何も聞こうとはしない。
「ならいいけど。兄さんがもうそろそろご飯できるから下りてきてだって」
「うん、わかった。もう少ししたら行くって言っといて」
「うん、わかーー」
扉を閉めようとして後ずさりをすると、布団の上に転がるゲームの箱が目につく。
ただなんとなく部屋に入って拾い上げた傲に激しく動揺する怠美。
「怠美姉さんもRPGやるんだ」
拾い上げたゲームのパッケージは男勇者と周りには様々な職業の人が囲むように立っている。
ひとつ疑問に思う事は、勇者以外はなぜ女なのかだ。
「う、うん! わたしもたまにやるんだ」
ふーん、と言うだけで箱を元の場所へ戻すと部屋を後にする。
弟が部屋から出て行った事に安堵した怠美はパソコンをスリープモードにしてそっと閉じた。
「これってあの時怠美姉さんの部屋にあったゲームの原作かな?」
裏返してあらすじを見ようとしたが、何も書かれておらず、表紙からファンタジー系の内容である事しかわからない。
「結構好きな絵だし、ファンタジー系もわりと好みだし……買ってみるか」
手に持って少年コミックと重ね、その後はぶらぶらと小説や雑誌のコーナーを回り、見る所がなくなったのは入店してから30分後だった。
2冊の漫画の他に、学校の休み時間に読むための小説を数冊を抱えてレジに並んだ。だがこの時、傲は一人と言う事を忘れていた。
人見知りが激しい傲は他の兄弟がいなければまともに話す事が出来るかも怪しい。
しかも今レジにいるのは全員女性。余計に意識してしまう。
「次のお客様、こちらにどうぞ」
女性店員に呼ばれ、体が過剰反応させる。ビクビクとレジの前に行き、本を差し出すと次々にバーコードが読み取られていく。
「1680円になります。小説のカバーはおつけしますか?」
店員はマニュアル通りの事をただ喋っているのだけだが、変に緊張した傲の額にはうっすらと汗が浮かんでいた。
「ひ、ひゃいっ!」
妙に裏返った声に思わず店員は吹き出す。恥ずかしさで赤面した傲はコミュニケーションが上手く出来ない自分が嫌になった。
すぐに財布からレジに表示された金額を取り出す。
「1680円丁度お預かりします」
レシートを受け取った傲はこのまま自分ではいけないと思い、店員に対して最後に何か一言言おうと決意していた。
「ありがとうございました。またお越しくださいませ」
心臓の鼓動は大きく、そして小刻みに跳ね上がる。頭の中では色々な言葉が駆け巡るが、言葉にできない。次第に頭の中は真っ白になり、ようやく振り絞って言った事は、
「お姉さんの可愛い笑顔が見たいのでまた来ますね」
女性を落としにかかったものだった。
笑顔のまま固まった店員。すぐに自分がキザったらしい言動をした事に気がつき、奪い取るようにカウンターに置かれている本を持って店を出た。
「佐藤さん? どうかしーーき、気絶してる!?」
後に気絶していた女性店員に何があったか話を聞くと、「王子様は現実にいた」と意味不明な事を話す。
「はぁ〜、またやっちゃった」
肩を落として自分の部屋に入った傲はベットの上に身を投げる。
気を取り直し、買ってきた少年コミックを寝転びなからペラペラとめくっていく。数十分後には読み終えたコミックをベットに置いた。
「喉乾いたな」
乾いた喉を潤すため台所に向かう。
冷蔵庫からペットボトルのジュースを取り出す。一口飲むとペットボトルを持って部屋に戻る。
ベットに座り次の漫画を読もうかと手を伸ばした時、下の階から玄関の扉を開ける音が聞こえた。誰かが帰ってきたらしいが、気にせず漫画を手に取る。
数ページをめくり、大方の物語設定を把握し、次々とページを左から右へ。
話が中盤あたりまで差し掛り、本をめくりながら口をつける。
主人公とヒロインの女騎士が宿屋で二人きりの場面。
仲間であり、幼馴染みでもある女騎士が主人公への心の内を告げると、主人公はそっと抱きしめ、気持ちを受け止めた。そして……
「ぶふっ!?」
濃厚なベットシーンへと移る。規制がかからないように見えなく描かれているが、艶かしさはアダルト漫画とあまり変わらない。
唐突な過激シーンに傲は思わず口からジュースを吹き出し、漫画を投げた。ペットボトルからこぼれたジュースがズボンの上へ落ち、どんどんズボンに広がる。
「うわっ! 早く拭かないと!」
急いでティッシュを箱から引き抜いてズボンを拭くが、すでに下着までじんわりと冷たさが伝わっていた。
ズボンを脱ぎ、何度もティッシュで拭く。
吸い取るだけ吸い取ったが穿く気になれるはずもなく、隣に置いた。
「傲、騒がしいけど何かーー」
珍しく騒がしい弟を心配した怒維は扉を開けて一歩足を踏み入れると足先に硬いものがぶつかる。
視線を落とすとそこには漫画が。
何気なくその漫画を拾い上げ、ページ全てをパラパラとめくると視線を上げる。
ゴミ箱には使用済みのティッシュがいくつも丸められ、傲は下着姿のまま佇んでいた。
「に、兄さん。これはその」
「安心しろ。お前もそういう事に興味を持つ時期だから。男だもんな。でも、今度からは静かにな」
「待って、誤解してる! なんでそんなに優しい目で見つめてるの!? お願いだから悟ったように出て行かないでよ! 兄さーん!!」
家中に傲の悲痛な叫びが響き渡る。
後に、この事を「思春期騒動」と呼ばれたとか、呼ばれなかったとか。