契約~やくそく~
七年前。当時まだ小学生だった俺は、その時の出来事に関して、記憶に残っていることは少ない。
ただ、そんな曖昧な記憶の中に、唯一色濃く残っている記憶がある。
――――――家族の死だ。
うちの家系は両親が海外に足を運ぶ事が多い仕事をしていた。
まだ幼いからか、知られたくなかったからなのか、俺はその仕事の内容に関しての一切を知らない。
同時に、俺よりも四年先に生まれた姉は、学校にも行かず、両親の手伝いと言って、一緒に仕事に行っていた。
その度に俺は幼馴染の家に預けられ、いつの間にかそこが第二の家であって、家族にもなって、いつか両親とずっと一緒にいられる日が来るのかなとか、自分もそれなりの年になったら、連れて行ってくれるのだろうか。なんて考えて帰りを待つ日々だ。
……そして、そんな幸せは長く続かなかった。
普段通り、ロビーで家族を見送って、俺は屋上にあるテラスから、家族の乗った旅客機が飛び立って行くのを眺めていた。
一瞬だった……。
眩い閃光が放たれたと思った瞬間、人工的に作られた鉄の鳥は、当時十歳だった俺の目の前で爆発した。
そして現在、二〇三二年。この世には人々に害をもたらす、幻獣と呼ばれている生物が存在する。
人類が生まれてから――――――いや、もしかしたらもっと大昔からかもしれないが――――――数々の災害や謎の事件が起き、人々を悩み苦しめた。
しかしそれは、幻獣によって引き起こされたのが事実。幻獣には、人間に害のないモノも居れば、害をもたらす幻獣もいる。
――――――そして俺、咲原春も、幻獣によって人生を狂わされた一人だ。
『今日未明、旧市街地区渋谷付近で、突如旅客機が制御不能となり、墜落したとの情報がありました。現場は旧東京内との事で、自衛隊の支援も入りずらく、七年前の災害後から、幻獣の存在も確認されている事から――――――』
俺は夕食を食べながら、横目で母の付けたニュースを見ている。報道されているのは、今日起こった飛行機事故らしい。
正直、それを聞いているだけで嫌な記憶が蘇って、食欲が無くなってくる。
「春、無理にテレビを見ない方がいいわよ? どうせろくなニュースなんてやってないんだし。……それに、ご飯を食べながらテレビを見るな。なんて言いやしないけど、おすすめはしないわ」
「別に無理はしてないよ。っていうかそっちこそスマホ操作しながら夕飯食べてんじゃん」
「わ、私は良いの! 大事な用なんだから!」
なんとも親が子供に言いそうな言い訳を言ってくるのは、両親のいない間俺を引き取ってくれた家族の娘であり、お互いをよく知る、幼馴染の紗雪美依。
そして俺の家族の死後、身寄りのない俺を両親に言って引き取ってくれて、本来なら人生の恩人にも等しい相手のはずだけど、俺も当人も、そんな意識は一切ない。
むしろ今では家族と言う枠を超え、恋人ですらある。
「はいはい。どうせまた友達との予定でしょ」
「あ、お母さん。春が気分悪いからチャンネル変えて上げてー!」
そう美依に言われ、母はチャンネルを変えるどころか、テレビはプツンッ。と音を出して画面が真っ黒になった。
本当に大丈夫なのに。と俺はため息混じりに、迎えに座る美依へ質問を投げかけた。
「ん。なあ、夜中にどっか出掛けてる?」
「ええ? っと……どこにも行ってないわ。気のせいじゃない?」
質問をされたと同時にピクっと両肩が反応したのを見ると、本当らしい。おまけに軽快に食べていた箸の持つ手も一瞬止まる。
さらに会話の歯切れも悪い。
絶対何かある。俺に隠してる何かが……。
時間は午前二時。家の中は誰一人として起きてなくて、静寂に包まれている。
俺は布団に入って、静かに隣の部屋の動きを待っている。
するとガチャッと、ドアノブが回され、次には扉の開く音が、家に響く。
(やっぱりこんな時間に……何をしてるんだよ)
扉の閉まる音としてすぐ。俺の部屋のドアから音がして、ゆっくりと静かに開いていく音がする。
俺は咄嗟に狸寝入りをして、チラッと布団の隙間から、薄目で扉を見た。
どうやら俺が寝ているか見ているらしい。扉は俺の頭が見えるくらい。数センチだけ開けられている。
しばらくして、俺が寝ている事を確認したのか、扉を閉めて階段を下りていく音がした。
俺の思ったとおり、美依は真夜中に出掛けていた。
しかしこんな時間に、一体何処に何の用があって出掛けて行くのだろうか。
美依は中学を卒業して、俺と高校に入学せずに、一人で家に居ては、ちょくちょく出かけているらしいし、俺としてはその辺りの理由もしっかり知っておきたい。
家族なんだし、俺の人生経験上、もしものことがあったら困るし、危険なことに手を出しているなら、全力で止めるつもりだ。
俺は家を出てから、ずっとバレないように距離を保ちつつ、後をつけていく。
時折キョロキョロと気配を察知したかのように後ろを向いたりするが、それも暗いおかげてバレずに済む。
数時間、休憩も無くだ。
かなり早いペースで歩いてるし、俺はヘロヘロ。それなのに美依は息切れ一つしてないように見える。
数時間も歩いたからか、日ごろ見慣れた景色が、次第に寂れた風景に変わり、今見えるのは、人工的に作られた街灯も地に倒れ、チカチカと点滅するように光り、建物はもう人が住める状態ではない。
―――――旧東京都〈首都〉。
七年前の幻獣と人が繰り広げた、人類史上最も残酷な戦争。
今はその戦争跡が残り、人は一人もいない。
元々いた人間はみんな、渋谷を半円で囲うかの様に、住める所に住み、消えた文の土地は、国会での議論の末に、東京湾に人工的に作った土地で補った。
しかしこの戦争の相手、人類が作り上げた兵器の一切が通用せず、例え一発で大都市を消滅させる程の威力を持った核爆弾でさえ――――――犬等の小型の幻獣は制圧できた――――――生き延びる幻獣もいたと、教科書に書かれていた。
そんな生物と人間が戦争をして、この東京と言う一つの待の一部が崩壊しただけで済んだのは、まさに奇跡。
渋谷を最終地点に、大岳山が最初の出現地点。そこから山を下り、一直線に渋谷に到達。そこで待ち構えていた人類側の抵抗で、たった二日間の戦争は集結した。
ただその戦争で謎だったのが、人類兵器の一切が通用しない相手に、どうやって勝利したのか。それに関する一切は謎に包まれていると書かれていた。
こんな人一人いない捨てられた地域。
一体こんなところで何をするのか。はたまたしているのか。
美依はだんだん、記憶に真新しい場所に向かって言っているのが、周りに見えるモノから察しがつき始めた。
「ここって……確かニュースで映ってた墜落現場の近く?」
周りに見える看板や建物の特徴が、それに一致している。
近くに見える標識を見れみれば、確かに此処はその場所の近くらしい。古い道路標識がそう教えてくれた。
ジャリッと、土を踏む音が音がした。
「……誰っ!」
「っ!?」
道路標識を見るために、物陰から身体を出したのはいいが、アスファルトが脆くなり、砂利になっていたのに気づかなかった。
その結果音を出してしまい、バレてしまった。
「出てきて!」
こんなに警戒されてしまえば、流石にもう尾行はできない。
ただそれでも、美依が夜に出歩いているにのは分かった。 これなら別に姿を出しても、問い詰めることができる。
「出てこないなら、この石投げるわよ!」
「ちょっ! ちょっとストップ! 俺だから!」
「ん? ……な、なんで着いてきてるのよ!」
持っていた石を地面に投げる捨て、俺の頂上に驚きつつもため息をついている。
おまけに頭痛でもするのか、頭を抱えている。
「だってほら、一応彼氏な訳だし? 彼女が夜遊び行くのを黙って見ているのも、な」
一応、本当だ。
「な? ……じゃないわよ! あーもう、どうしよう……」
美依は呆れきっているのか、それともただ単にどうしようか悩んでいるのか。再び頭を抱え出す。
「てか、こんなとこで何してんの?」
「っ! うるさいから黙っててっ! 今から一人で帰す訳にもいかないし。はあ、もういいわ。……でも約束して頂戴。大人しく着いて来る。絶対に勝手な行動をしない。私の側を離れない。……いい? わかった?」
いつになく真剣な眼差しでそう言う美依に、俺はただ頷く事しかできなかった。
そして俺に言うだけ言って、再び歩いていく。
「美依、一体どこまで歩いてっ――――――」
「シっ! 静かに……」
そう言って、手を俺の口にそっと当ててくる。
俺は反射的に質問を止めた。
美依は俺が口を閉じるのと同時に、口から手を離し、しっかりと聞き取れないが、何か言っているようだ。
「ビンゴッ!。この辺りだったのね……春。今から起こる事に対して先に言っておくわ……」
そう言うと、彼女の身体の周りに、光の粒子が存在し始める。
「これは夢でも……」
次第にそれは形を形成し。
「幻でもない」
俺は目の前の現実に、思わず生唾を飲んだ。
美依はガチャッとレバーを引いては戻す。
「――――――現実よ!」
美依が言い終えると、その手には大型のライフル。
戦争系ゲーム少しやっていた頃があるから、あの形はわかる。
狙撃銃だ。
「さあ行くよ!」
誰に言うでもなく、美依は膝立ちになり、空、斜め上にライフルを構えた。
しっかりと銃の後部を右肩につけ、右の頬をストックの側面に当てている。
ゲームや映画で見る典型的な構え。
「距離調整よし……目標確認」
さらになにやら左手でスコープを弄っている。何か調整しているのだろうか。
そしてスコープから手を離すと、その手を再びライフルを安定させるために為に使う。
じっくりと狙っているからか、左手が閉じたり開いたりしている。
「下位狙撃術、貫通弾」
静寂に広がる大きな発射音と共に、微量の砂煙が舞った。
耳にキーンと響く音。
だが次の瞬間。さらに脳に響くような甲高い鳴き声を上げて、現実ではありえない、巨大な鳥が俺たちのいる場所に、空から飛翔してきた。
大きさはもうどれだけでかいか分からない。不死鳥が存在するなら、きっとこんな感じの大きさなんだろう。
それだけでかい。
「な、なんだ……これ」
「ふう。……少しだけ説明してあげる。これが――――――」
俺の言葉に美依が立ち上がり簡単に説明し始める。
「――――――幻獣と呼ばれている生物の正体にして、人類最大の敵よ」
これが、最後の災害の原因となり、人類の最大の敵なのか?
陽気な美依に対して、俺が唖然と見上げていると、そいつは再び声を上げる。
「……ん~。やっぱりこれだけ大きいと今なら弾じゃダメね。……リンっ!」
そう呼ぶと、ライフルは再び光の粒子に戻り、美依の横に形を形成していく。
その姿は四本足で達、大きさは俺の―――――――身長一七五センチ――――――肩程の位置に顔がある。白色で横には青く細いライン。
凛々しい顔つきは、犬に似ている……それは狼だった。
「ほら、春も乗って、早く」
「は、はあ!? いきなり乗れとか言われても!?」
この人急に何言ってるんですかね!?
「大丈夫。この子は味方だから」
そう言って差し出す美依の手を取って、俺はその狼に跨る。
「走ってリン!」
リンと呼ばれているその狼は、俺が乗ったと同時に指示を出した美依の言葉通り、いきなり疾走し始める。
「す、すげえ! 何これ! マジで現実!?」
「これは現実。試しに噛まれてみる?」
「いや、それは遠慮しとく……」
美依のブラックジョークもしばしば、さっきとは少し離れた所で下ろされた。
そこは何やら古びた高層ビルの四階だ。
「ごめんね春、貴方を巻き込みたくないの。だから私が戻ってくるまでここで見てて」
「戻ってくるまでって! あんなの一人で大丈夫なのかよ!」
とか言っているけど、現状、俺にはなんの戦う手段もなく、反論されたら言い返せないし、説得もできない。
「大丈夫よ。この子もいるし、別に初めてって訳じゃないんだから」
そう言って俺から離れ、先ほどの場所に戻ろうとする。
「美依!」
「約束!」
「っ!」
「破ったら絶好」
そう言い残して、一人――――――それと一匹――――――駆けて行った。
俺は一人、ビルの一室に取り残された。
頭で考えるものの、何も思いつかない。そもそ現状が異常だ。
――――――でも、こんな所でつった立ってるのは……嫌だ!
俺はとにかく走った。
人の足では随分と離れたところまで運ばれたものだ。
幻獣はデカイせいか、距離は近場に感じるが、走ってみるとそうでもない。
走りながらも、美依のと思わしき、ライフルから放たれるであろう小さなフラッシュを目で追い続け……。
「っ!? 直撃!」
美依の居たであろうあたりに、幻獣から放たれた、羽の様なモノが飛んでいくのが分かった。
その枚数はパッと見で数万は超えていた。
「美依!!」
俺はやっとの事で到着すと、倒れている美依を半ば引きずる様にして物陰に移動した。
いつの間にかあの狼もいなくなっている。
「いっ……バカっ! 何やってんのよ!」
「バカはどっちだよ!!」
俺が声を上げると、美依はキョトンとした。
「クスッ。それ、こっちの台詞なんだけど?」
そう言って笑顔で傾げて見せる。
そんな普通に接している彼女だが、その左足を見れば、鳥の羽が二枚程刺さっているのが分かる。場所は脹脛の辺り。
血も出てるし、止血しないと不味いんじゃないのか?
「美依、それ……」
「あ、これ? 平気平気。全然痛くないから」
そう言って立ち、再び笑顔を見せるが、その表情は引き攣っていて、頬に汗が伝う。
明らかに痩せ我慢だ。
「……逃げるぞ」
「えっ……? ちょっと!?」
美依を抱き上げて、俺は物陰を利用しながら家の方向に走る。
「ダメっ! 下ろして春! ねえ!」
「そんな足じゃダメだ」
「お願い! このままじゃアレが街に来ちゃうから!」
俺の腕の中でダダを捏ねて暴れるが、心なしか動くと足が痛むのか、抵抗は弱い。
「それでもダメだ」
そう言うと諦めたのか、抵抗しなくなった。
「……っ! 春後ろ!」
「なっ……クソっ!!」
美依に言われて足を止めずに目線だけ後ろにやると、幻獣はすぐ後ろにまで来ていて……。
「春!?」
俺ができる事と言えば、咄嗟に美依を、左にある瓦礫でできた壁に放る事だった。
もちろんその行動に美依が声を上げた。
でも俺は美依を投げた反動で体制を崩して倒れたし、多分今の美依に俺を助ける手段もない。
でも、それでも人間の生存本能からか、体は無残にも両腕で頭と胸を隠す体制を取る。
二回目の美依の叫び声と共に、全身に何かが刺さる感覚と同時、普通に生活していたら表現のしようのない激痛が起こったと思ったら、俺の意識は暗闇に飲まれていた。
『少年……起きろ』
誰かの声が頭に響き、俺はハッと目を覚ます。
さっきまでの光景は一体どこへ、今は光る真っ白は空間に、なんと言うか、これが正しいか分からないが、浮いている感じだ。
「ここは……あの世?」
自分でもなんてベタな台詞なんだろうとか、こんな状況なのに内心呆れるけど、思ったよりも自分が冷静で良かったとも思う。
『ここは君の精神世界』
頭に声が響き、先程までのそれが幻聴でない事が分かる。
だが一体、声に主は一体どこにいるのだろうか。
「俺の精神の中……」
『そう。そして君は紗雪美依を助け、死に直面した事で、それが引き金となり目覚めた』
一体なんの話をしているんだ?
それに美依の名前を……。
「話が見えてこないんだけど……」
『君は本来適性のない存在だったのにも関わらず、幻獣使いに選ばれた』
幻獣使い?
頭の中で復唱する。それは……美依の事なのか?
『幻獣使い。力のある者が、自身の心を具現し、幻獣として従え、人間に害のある幻獣を仕留めていく者』
って事は、Sの狼も幻獣って事か。
「さっきの言葉通りなら、俺にもそれが使えるんだろ! なら早く! 美依が危ないんだ!」
こんな事してる間でも、アイツは!
『そう慌てるな。君に力を渡す代わりに、それなりの対価をもらおう』
「何でも良い! 命以外ならなんだってやる!」
『私が君に要求するのは、契約だ』
「契約?」
「そう。願い。思い。夢。理想。何でもいい。その中で私と特別な契約を結んでもらう」
そんなもんでいいのか?
「だったら俺は……二度と家族を失わないように、アイツを守れる絶対的な、唯一無二な力が欲しい!」
アイツを守れるなら、どんな残酷な力でも受け入れてやる。
『……絶対的な唯一無二の力……・その覚悟聞き届けた。君に幻獣を授けよう――――――』
すると俺の目の前に、小さな光の球体が現れ、その球体は俺にゆっくりと近づき、体の中に入った。
「……これで終わりなのか?」
『彼はかなり気難しくてね、しっかり育てるんだよ?』
その言葉を最後に、声は聞こえなくなり、同時に辺り一面光に包めれて――――――
「っん……春!」
「……美依」
目が覚めると、そこは現実。俺はビルとビルの間に連れ込まれてたようだ。
しかも美依が泣きながら俺に抱きついてるとは、なんとも珍しい。
「っ春! よかったよぉ!」
「心配掛けたな」
俺はいつまでも泣いてる美依を離し、 立ち上がる。
「春、動いちゃダメ! 傷!」
「……大丈夫。もう治った」
美依に言われて身体をあちこち見てみるが、特に以上は無いようだ。
美依を見れば足からの出血が今だ続いているのか、少し顔色が悪く見える。
「あとは俺に任せればいいから……ここで待ってればいい」
出血は続いているが、一度に流れる血の量は少ない。きっと羽を抜いてない事が幸いしている。
これは長引かせるわけには行かない。
この体の中にある力は、美依を失わない為の力だから。きっとこの状況をどうにかしてくれるはずだ。
俺はビルの隙間から見える幻獣を見据えて走っていく。
一話を全面的に書き直しました。今後しばらくは書き直しの作業が続くので、最新話の更新が遅れます。
活動報告の方に詳細を載せるつもりですが、ヒロインの沙雪美夜理の名前を、紗雪美依と改名します。
読み方はいままで通り、さゆきみよりです。
12月15日 1話加筆修正しました。