百合
百合は三人の男性と関係を持っているという。
私が知っている昔の百合なら考えられないことだ。
「北の方って……奥さん持ち……?」
「そうなの。だからまだ決められなくて……」
ほう、とため息をついて百合が答えた。
「なんたって、もう年齢が年齢だしね……」
え……年齢?
「今の時代では十二才が成人よ」
百合は察したように答えた。
「吉嗣様なら北の方もまだいらっしゃらないし、ちょうどよかったのに……」
「そうなの?!っていうか、そんな情報をどこで知るの?」
百合は女房たちを示して言った。
「うちの女房勢は色々物知りでね。綾のところは情報に疎いのね!」
アハハ、と百合が笑った。
桃がぎゅっと拳を握った。そりゃ、バカにされて悔しくないわけじゃない。だけど、今ここで怒ったところで、私が女房勢をまとめれていないことは確かだ。桃の手にそっと手を重ねながら、言った。
「うちはゆっくり派だからね」
「アハ、ゆっくり派?!そんなものがあるの?」
百合は更にバカにした態度を露にした。
どうしてこうも突っかかるものの言い方をするんだろう。前世の百合はこんなこと言ってくるような人ではなかった。なにが百合をこんなに変えてしまったのだろう?
「前世でもあなた、うすのろだったものね、前からずっと思っていたわ。」
さすがに堪忍袋の尾が切れた。
「桃、帰るわよ!!」
「あら、夕食くらい一緒に摂りたいわ。今日はキジが手に入ったからキジ汁なのよ。」
「結構です!!」
私は桃を従えて牛車に乗り込むとため息をついた。
「桃、ごめんね。あんなこと言う人じゃなかったんだけど……」
「私のことなどお気にかけていただけなくても大丈夫です。ですが、姫様をうすのろだなんて、許せない!!」
桃はカンカンだった。
でも、これにも訳があるのかもしれない、と思うように努めた。
◇
じめじめした梅雨も明けて、蝉の鳴き声が聞こえだした。
私は相変わらず勉強ばかりしていた。
貝合わせや石投といった遊びもきらいではなかったが、前世のようにゲーセンがあるわけでもなかったので、いつも同じ面子で飽きてきたということもある。
私は今、琴と琵琶を習っている。それに没頭することで、先月の嫌なことを忘れようとしているのかもしれなかった。
琴と琵琶の練習は楽しかった。
今まで音楽の授業すらまともに聞かなかったことが悔やまれるくらい。
カラオケはないけど、即興で唄を唄ったりという楽しみもあった。私のビジュアル系好きはこの世界では理解されなかったけれど、いいのだ。自分さえ思い出を大事にできれば……
――歌が聞こえる。
そう、私は今、カラオケに来ている。歌う順番は座っている順に時計回りだった。
百合が歌う。気持ちのいいビブラートがかかって、歌っていないこちらまで歌ったかのような気持ちいい感じになる。
次は綾だよ、とマイクを渡されて歌おうとするが、声がでない。
「どうしたのー?」
「ってか、まじ大丈夫ー?」
「声が出ないの?」
するとマイクを奪い取った人物がいた。百合だ。
「声も出ないなんてね、このうすのろさん!」
と言って笑い出した。百合の笑う声が頭に反響して……気持ち悪くなった。
――っと、そこで目が覚めた。嫌な夢だった。
いつの間にか桃が隣に座っており、手拭いを持って来ていた。
「姫様、ずいぶんうなされていらっしゃったようですが、大丈夫ですか?」
私は手拭いを受け取ると、
「うん……大丈夫。ちょっと嫌な夢を見ただけ。」
「先日もそのようなことをおっしゃっていましたが、あまりお加減がよくないのでしたら、陰陽師をお呼びになりますか?」
「いや、そこまでひどいわけじゃないから、大丈夫。」
私はそう言って手拭いで顔を拭ったのだった。