未来から来た姫。
桃の計らいで、未来から来た姫に会うことになった。
陰陽師に頼んで、訪ねていく日にちを決めた。
本当はもっともっと早くに会いたかったんだけどね、色々あって仕方がないということだった。
当日、明け方に牛車で出発した。
この世界で出かけるのは初めてだったので、かなり興奮した。梅雨の雨も気にならないくらいだ。
私は今日も五重の着物で来た。最近の流行りは五重らしい。
緑に緑を重ねた、蓬という重ね色目だ。重ね色目も最近では随分覚えてきた。普段することがないからね、こういうことも勉強勉強。
牛車だと歩くよりも時間がかかる。しかし、こんな格好では、外を歩くこともできない。しかも外は雨だ。致し方ない。
ギッ、ギッ、という音と共にゆっくり進んでいく。
平安時代は朝が早い。日ののぼる前、午前4時くらいから参内し、午前中いっぱい仕事をする。そして午後からはそれぞれの家に帰り、自由に過ごす。夕飯は午後4時くらいにとって、日の入りと共に寝る感じだ。
牛車はゆっくり進んでいく。
やがて日がのぼりきってから、姫のいる屋敷に着いた。
屋敷はうちとほとんど変わらない景観だった。
雨で裾を汚しながらも屋敷に上がる。
屋根はあるが、この雨を防ぎきるものではなかった。梅雨だから仕方ないけどね。
御簾越しに声をかける。
「綾にございます。」
すると、御簾をくるくるっと女房をあげた。
「綾!」
言われて頭を上げると私はとんでもなく驚いた。
そこにいたのは、百合だった。
「百合!!」
二人して駆け寄ると、抱きあってしばし再会のときを味わった。
「百合姫様、やはりこちらのかたをご存知でいらっしゃいましたね。」
桃の姉が言う。
「やはり、と言うと……?」
「綾姫様から謁見を申し込まれた際に、もしや……と思っておったのです。」
「よかった、綾、無事で!」
「それにしてもなんで百合がここに……?」
「私もよくわからないのよ。朝起きたらすでにここにいた、って感じで。」
「いつくらいからここにいるの?」
「もう半年になるかなぁ……」
半年。ということは、私よりも先にこの時代にやって来たことになる。
「それにしても、綾、髪伸びたのね。」
と感心している百合の前で、ズボッとカツラを外して見せた。
周りの女房たちが軽く悲鳴をあげる。
「まだここに来て3ヶ月くらいだから、あんまり伸びてないの。」
と言うと、
「だよね!綾はショートヘアーがトレードマークだったもんね!」
百合はちょっと安心した様に見えた。
それにしても、今回はびっくりした……まさか百合がこっちに来ていたなんて。よかった、これで心細くない……
百合は綺麗な長い髪をしていた。それにこれだけの美人だから、誰もがほっておくはずはない。
私は春に起こった吉嗣との話を百合に聞いてもらった。途中キャーキャーと女房たちが囃し立てたが、気にせずに伝えた。
すると、百合は
「そのままご寵愛を受ければよかったのに」
と言ったのだ。普段の百合はそんなことは言わないはずだった。
私はショックだった。
ご寵愛を受ける……そんなことは思ってもみなかったことだ。
「ゆ、百合はだれかいい人がいるの?」
「んー、今通ってくれているのは三人かな……」
通うって……
「それが今付き合っている彼氏の数ってこと?」
百合は悪びれもなく、
「うん、そうよ」
と答えた。
「一人の人には絞らないの?」
「そうねぇ、そろそろ絞って嫁ぐかな、とも思っているけど、三人とも北の方はいらっしゃるしね。まだ焦らないつもり。」
北の方って、正妻ってことだよね……
「ゆ、百合はそんな関係でもいいんだ……?」
「お世話してくれる人がいないと、屋敷も私も食べていけないしね。」
さらりと百合は答えたのだった。