百合、初夜を迎える。
初夜。
それは緊張と歓喜の両方を持った言葉だ。
今までにも兼平が通ってきたことはもちろんあったけれど、こんなに緊張した夜はなかなかなかった。
今日から三日間、兼平が通ってきたら結婚だ。
私は緊張しながらもそのことが嬉しくてしかたなかった。
今まで結婚を考えたことはなかった。悟は綾にご執心だし、通ってきた殿方はみんな奥さん持ちの人ばかりだったから、嫁ぐつもりもなかった。
そんな中で、兼平だけが私を見つけてくれた。救ってくれた。
私を孤独の海から、抜け出させてくれた。
だから、兼平には感謝せずにはいられないのだ。
そして今度はそんな私をお嫁さんにしてくれるという。
私はなんという幸福者だろう!!
その想いは今日、伝えきれるのだろうか?
夜になり、牛車の音がする。
兼平だ。
私の緊張は高まった。
ドキンドキンと鼓動が聞こえる。
「百合?入るよ」
兼平が御簾の内にはいってくる。しゃらすると鳴る衣擦れの音。
何度も聞いたはずのその音に心臓がバクバク言う。
「いらっしゃいまし」
そう言う私の言葉は少し上ずっていたようにも思う。
兼平と目が合う――
――逃げられない――
逃げてはいけないのだけれど、なんだか怖くなってしまった。
そんな私の頭をポフポフと撫でる兼平。どうやら緊張しているのが伝わったらしい。
「大丈夫だから、心配するな、な?」
私はほんの少しべそをかいてしまった。
「待たせたな。これからもよろしく頼む」
頭をポフポフしながら優しく囁いた。
◇
夜更けに、牛車の音がして、兼平が帰るのがわかった。
私はふと悟を見やると、ぐっすり熟睡中だった。
「そっか、無事に終わったか……」
と呟いて再び眠りについた。
翌日、昼近くに起きた私は遅い朝食を食べ、百合のところへ渡って行った。
百合はもう起きていた。
「百合!」
「綾」
「昨日どうだった?うまくいった?」
ニヤニヤと笑みをこぼしながら私は聞いた。
「うまくって……まあ、いつも通りよ」
強がってる空気をかもし出している百合。これがツンデレってやつですか、わかります。
「そっかぁ、うまくいったんだぁ」
ニマニマしてしまう私。
「だから〜いつも通りだって!!」
百合は恥ずかしそうに頭を振った。
「お腹……大きくなってきたね」
「うん……まだ少しだけどね」
「男の子だと思う?女の子だと思う?」
「どちらでもいいかな。」
百合は少し止まって、そして言った。
「元いた世界なら、もう男の子か女の子かわかっちゃってるんだろうけどなぁ。触っていい?」
「うん、どうぞ!!」
百合はお腹を擦ると、声をかけた。
「おーい、元気かぁ?頑張って生まれてくるんだぞ!」
その時だ。
「あ。」
「あ?」
「動いた!動いてる!」
百合がお腹を擦る。
「ホントだ!!動いてる!」
「今まで、動いてるかな、って思うことはあったんだけど、こんなにはっきり動いたの初めてだよ!」
すごい、すごい!!お腹をグリーッと動いていく。これは足なのかな?
外から触っている百合にもわかるほど大きく動いた。私の赤ちゃん。
いとおしくてたまらなかった。
出仕から帰ってきた悟にその話をして聞かせた。
悟は、どらどら?と言ってお腹に話しかけた。
しかし、なにも起こらない。
「今、寝てるのかもしれないから」
と、悟を宥めるのが大変だった。
◇
俺は心ここにあらずで仕事をしていた。
百合といよいよ結婚か、と思うと緊張もし、嬉しくもあった。
そんな中で、同僚が
「今日飲み会やるからこないか?」
と聞いてきた。
「俺、ちょっと用事があるからパスで」
すると、上司の上司がやって来て言った。
「兼平くん、これは私の飲み会の席だ。欠席は困るよ」
どうしよう……結婚のこと言ったら妨害とかされるかも……その当時、二大勢力が争っている中だったので、断っても痛い目みるし……
思いきって言おう!
「私は結婚の最中ですから、申し訳ないのですが、同席できません」
兼平の周囲が盛り上がった瞬間だった。