結婚
「結婚しようか」
その一言をどれだけ望んでいたかわからない。
出会ってまだそんなに間もないのにその言葉を待ち望んでいた。
泣くほど嬉しい瞬間だった。
「もう……そんなに泣くなよ……なんか悪いことしたか?」
私はブンブンと頭を横にふり、兼平の手を握った。
「ありがとう……私、その言葉をずっと待ってた……」
兼平はそんな私の手を強く握り返した。
「俺はいつ言おうかと迷ってた。綾さんが悪阻で酷いときに言うのもダメかなって思ってたけど、今日会ったら我慢できなくなった」
私は泣きながら笑顔を作った。
「兼平様……本当にありがとう……」
「いや、こちらこそ、ありがとう」
その日は二人、夜が明けるまで語り合った。
◇
私の悪阻はほぼ落ち着いた。今は食べるものもおいしく、ほとんど吐き気も治まっている。
あんなに苦しかったのが嘘のよう。今からはお腹の子どものために食べこむ時期ということか。
あぁっ、アイスが食べたい!
春めいたその頃、私のお腹は少しずつだけれど大きくなり、私はよくお腹を擦って子どもに話しかけた。
縫い物をしながら、子どもの名前を考えていた。
女性だったら、百合のように綺麗な人に育って欲しい。百合の「ゆ」の字をもらって、「優」とかはどうだろうか。
男性だったら、やっぱり悟のように育って欲しいから悟史とかどうだろう?
陰陽師に吉凶を見てもらったほうがいいかな。
そんなことを考えながら、日は確かに過ぎていった。
百合が話があるという。何の話だろう?少しドキドキしながら、百合が渡ってくるのを待った。
「話ってなぁに?」
と聞くと、百合は顔を夕日のように赤らめながら
「兼平と、結婚しようかという話が出てて……」
「ホントっ?!それはよかったじゃない!で、いつにするの?」
「実は一月前に申し込まれていたんだけど、綾の体調の方はどうかなって……」
「そんなの、全然平気だよ!もっと早くに教えてくれればよかったのに!」
「綾の体調が無事戻ってからって約束してもらったから大丈夫。よかったら、今日、陰陽師さんにいつがいいか日取りを聞こうと思って……」
私は百合をしっかり抱き締めると、
「よかったね!ホントによかったね!」
と歓喜の声をあげた。
すぐに手配して陰陽師に吉凶を見てもらう。
ついでに子どもの名前も見てもらう。
結婚はいまから四日後が吉と出た。
子どもの名前も吉と出た。
私は喜び余り、帰宅してきた悟に飛び付いてしまった。
話の見えない悟はびっくりしていたけど……
話を聞いて悟も大喜びした。
結婚の日取りに合わせて食事の準備も進める。
結婚は、三日間の晩、男性が女性の家に通ってから、三日目に露顕と言って、女性宅の親類が集まって披露宴のような宴を持つところまでかかる。私のときもそうだった。
三日三晩、女性は気が抜けない。
百合は初めてのことに緊張していた。
私は
「大丈夫。リラックス、リラックス」
と言って百合の緊張をほぐした。いつもとは逆のパターンだ。
いつもしっかり者の百合は私の後押しをしてくれた。その百合を今は私が支えている。
以前なら考えもしなかったことだ。
今はただただ百合をしっかり支えることに専念した。
結婚初夜、牛車が止まる音がして兼平がやって来たことを悟った。
百合は緊張しすぎていないだろうか。私のほうがそわそわしてしまう。
でも、覗きにいくわけにいかないし、悟の手を握りしめ、自分の緊張を解いた。