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悪阻

なにも知らない悟は帰宅して驚いたようだった。


今まで家で見たことのない豪華な食事が待っていたのだ。

「あ、綾、これはどういうこと?百合の結婚が決まったとか?」

「秘密ー!」

と私は言うと、百合をチラ見した。

百合はウインクすると、悟を屋敷の中へと(いざな)った。

屋敷の中には垂れ幕が垂らされており、朱色で

「悟・綾、おめでとう!!」

と書かれていた。

悟は尚もわからぬ顔をしていたので、やっと百合が(ささや)いた。

「おめでたですって。おめでとう」

「えっ?ええーっ?!最近体調が悪かったのも……」

「そっ、つ・わ・り♪」

百合がご機嫌な口調で言う。私はまだ照れ臭くて顔を(うつむ)けていた。

悟は目を輝かせて私の方へ寄ってくると、私の手を握りしめた。

「綾、ありがとう」

「ありがとうだなんてまだ早いよ……」

「そっ、そっかぁ。じゃあ何て言うのかな?」

悟が感極(かんきわ)まっているのがわかる。百合が横から

「よろしく頼む、じゃない?」

と茶々を入れてきた。

「だ、だよな。綾、よろしく頼む!!」

ここまで喜ばれるとは思いもしなかった。私はなんだかとても暖かい気持ちになった。



冬、寒いなかの悪阻(つわり)。気持ち悪くて、何度も吐いたのに、まだ吐き気がする。

頭の上に置いた桶に何度も嘔吐(おうと)した。

食べたいものを食べればいいとか言うけれど、食べたいものがない。強いていうならアイスが食べたい。ハロゲンダッツのバニラが食べたい。


そんな話を悟に言った翌日、朝日もあがらぬうちから、悟が大騒ぎしていた。

なんだろうと思って雨戸を開けてもらうと、そこは銀世界だった。

悟は何を大騒ぎしているのだろう?

そう思っていると、私の目の前にかき氷ならぬ、かき雪が置かれた。甘い蜜をかけてある。

どうやらこれを食べさせたくて騒いでいたらしい。

ふふっ、と自然に笑みがこぼれる。

私は幸せだな、と思った。





綾の妊娠発覚から二週間。まだまだ悪阻が酷そうな感じだ。

兼平の見舞いにも行かなければならず、私はバタバタとした日常を過ごしていた。


「悪阻って……いつまで続くんだろ」

何となくそう思って綾に聞いてみる。

「早い人は一月くらいで治まるみたいなんだけど、酷い人は五ヶ月の安定期までかかるみたい……」

「じゃあ綾は酷い方ってことね」

ガリガリに痩せていく綾の手を握りながら私は頷いた。

「でもね、最近はずいぶん食べれるようになったのよ」

と、起き上がる綾。それを支える私。

このまま栄養を()らなければ綾にもお腹の子どもにもよくない。

私は綾に食べれるものを聞いた。

お粥に塩をまぶしたもの、それこそが綾の生命を繋ぎ止める唯一の食べ物だった。

私はそれを台所に指示すると、兼平のところへ向かった。



兼平は元気だった。ただ、腕の骨折がまだよくなってはいなかったので、出仕にはまだ行っていなかった。

けれど、そろそろ出仕しないと仕事が溜まりすぎているだろう……私はそれを心配した。なんと言っても、(うち)に来る途中で事故ったのだ。それはかなり私としても恥ずかしい。

表向き、悟への用事ということになっているが、見る人が見たら私のところへ通ってることがバレバレなのだ。

さすがに気まずい。

そこのところを兼平はわかっていない。休暇とばかりにのんびり過ごしている。それを正してやるのも妻の務め!!

「兼平様……?いつまでお仕事をお休みなさるおつもりですの?」

「え?治るまで休んでいていいって……」

「もうほとんどよくなっているではありませんか!文字が書けないところなどは下の者に頼めば良いのです!」

「ええーっ、俺まだ休みたい……」

「とにかく、明日から出仕!わかりましたね?!」

「は……はい……」

妻というのは、いつの時代にだって大変な職業であった――

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