小さな嘘
兼平がやって来た。
私はポーカーフェイスを極め込むのに必死だった。
「百合姫!先程の唄は……もしや、俺のことを?!」
「なんですか、騒々しい」
「はっ、も、申し訳ありません!先程の唄はもしや俺への気持ちかと……違いましたか?」
「はて?私はなんと返事をしたかしら?」
「えっ、ええーっ?!そんなぁ……」
「ふふっ、冗談ですわ。先程の唄、貴方へ向けて書きましたの。気に入っていただけたかしら?」
「えっ、ええーっ?!ホントですか?!」
私はウフフ、と微笑みながら言った。
「貴方に嘘をついても何にも私の得にならないですわ。本心です」
兼平は涙を流しながら言った。
「俺で――俺でよければよろしくお願いいたします!」
私はそんなことで泣き出す兼平をいとおしいと思った。
今まで何年も、ずっと悟のことしか見れなかった私。そんな私でもよければ……言いかけてやめた。
言っても兼平を傷つけるだけだから。
悟のことなんて、もう忘れてしまうんだから……
その日の夜、初めて兼平を迎えた。
それは兼平にとって初めて女性の元へ通った日となった。
「私、焼きもちやきなの。」
そう言う私の声を静かに聞いてくれる兼平。
癒してくれる。この人なら悟を忘れさせてくれる――――
「なぁ、他に誰か好きな人がいるんじゃないのか」
私はドキッとした。
「な……なぜ?」
「抱いてる最中うわの空だったから」
「それは兼平様の勘違いでございますよ」
「そうかなぁ。ならいいんだけど……無理矢理言うことを聞かせるのとか、あまり俺は好きじゃないからさ」
「……」
この人には見透かされている。
そう思うと早鐘のように胸が高鳴った。苦しい。
「あ、あのっ……」
「何?」
にこやかな笑みを浮かべた兼平を見て、また言葉に詰まった。
「な……なんでもない……です……」
「そう?ならいいけれど、何かあったらすぐに教えてくださいね」
はい……と私は答えた。
言いたい。言ってしまいたい。この人なら受け止めてくれるはず。
だが、私は結局何も言えないままだった。
夜も更けて朝方。兼平は出仕に出掛けた。私は着物の着付けのお手伝いをしていた。
3つも年下だなんて思えない広い背中。細いのに筋肉質なその腕。
この腕に、今日私は抱かれたんだ……と思うと胸がキュンとなった。
「いってらっしゃいませ」
「いってきます」
今まで三人の殿方が通ってきたことがあったが、こんな気持ちになるのは初めてだった。
あの頃は綾がこっちの世界に来るなんて思ってもみなかったから、悟は私のもの、という気持ちが強かった。でも、綾がやって来て……私は再びどん底まで落ち込んだ。
けれど、そんな私を救ってくれたのも綾だった。
綾のために忘れなきゃいけないという気持ちと、忘れたくない気持ちがごちゃ混ぜになって幾晩も眠れぬ夜を過ごしたりした。
今は……兼平にすがって生きている。
私はだめだな。誰かにすがってしか生きられないみじめな生き物……
そんな折、綾から琴を合わせましょうというお誘いがかかった。
私は女房に琴を持たせ、北の対へ遊びに行った。
聞かれる話題はわかっていた。
「兼平とは、その後、どうなの?」
「えぇ、よく通って下さるわ」
私は出来るだけポーカーフェイスで答えた。
純粋な綾にはそれで通用してしまう。
「仲良くしてるなら、よかった」
「うん、私もよかった」
と、小さな嘘をついた。
まだ、悟のことを忘れられていない。それを綾には知られたくなかった。
兼平――
私はどうすればいいの?
貴方にすがって生きていっていいの?
悩みは深まるばかりだった。