引きこもり化
私が引っ越してからというもの、毎晩悟がやって来る。
当たり前と言えば当たり前なのだが、なんだか気恥ずかしい。
桃が言うに、
「彰悟さまのご寵愛を一心に受けられて」
とのことだが、こうも毎晩通われると体力がもたない。元々貧弱だった私の体は、動き回らないこの世界において、より貧弱さを増していた。
悟はやって来ても何もせず、添い寝するだけの日もありはした。
でも、やっぱり「ご寵愛」を受けてしまう。
自分の家だからどこで寝ても勝手なのではあるが、毎日私の寝所から出勤するというのはいかがなものか……
よその旦那さんと比べたくても、ここに来てすぐの私にはまだ友達がいない。
早く友達作らなきゃな……鼻の下に筆を挟みつつ私は思った。それは桃にはしたないと怒られたのだが。
近所を知るにはまず悟に色々情報を流してもらわねばならない。
お隣が誰の屋敷だか、姫はいるのか、そういったことだ。
ご近所付き合いも大変だからね、うん。
ところが悟はそういったことに疎かったらしく、一向にそういう話が入ってこない。これは由々しき事態である。
早急に女房たちに命じて探らせた。
隣に住むのは同じ近衛の人だとわかる。奥様三人と住んでいるらしい。
反対の隣は近衛中将の人で、奥様四名と年老いた母親が一緒のようだ。
引っ越しの挨拶は悟がしてくれているはずだが、なんとなくあてにならない。
仕方ないので、両隣を合わせてお食事会を開くことにした。
北の地より取り寄せた、子もち鮭。玉子を塩漬けにして、鮭の横に添える。
なんと雅で豪華な食事だろうか。
よい店で取り寄せた醍醐、蛤の吸い物……思い付く限界まで贅沢な料理をふるまった。
御簾越しにも、舌鼓をうっているのがよくわかる。
今日のメインは、主人である悟のとってきた、鴨だった。
ほどよく焦げ目がついた鴨は、味噌とよく合い、たまらなく絶品だった。
この日のために、悟は昨日の朝から晩まで狩り三昧だったのだ。
こうして隣近所とのやり取りは始まった。
ただ、隣は二件とも一夫多妻制なので、悟のことを相談しようにも、相談できなかった。
そんな折、斜め前の家の少女を見かけた。
私が牛車に乗るときに、偶然見えてしまったのだ。
もちろん口元には桧扇で、はっきりとは顔は見えていないが、同じ年頃とみた。
その日から私の文によるアタックが開始された。最初はしゃっちょこばった挨拶から始め、文を送ったり、詩を送ったりするようになり、ようやく屋敷に遊びに来てくれることになった。
姫の名前は菫。
本当に、名の通り細くて小さく、儚げな印象だった。
菫姫はわたしと同じく、結婚して引っ越して来たばかりで友達はいないと言う。しかも、今はまだ北の方の菫姫一人だという。
環境も似ている菫姫にぞっこんになった私は、姫の欲しがるものはなんでもあげた。
このときの私は、それが姫を堕落させていくとは思っても見なかった。
とにかく、私は、菫姫一色に染まった。
聞けば、菫姫のところもご主人が毎晩ご寝所に入り浸りと言う。辛うじて仕事には行っているが、最近は出仕に遅刻したりなど、真剣に問題が出始めていると言う。
それはいずれ大問題だ。
私たちは対策をねることにした。
とはいえ、世間知らずの私たちでは充分なことが何一つできない。
とりあえず、今月は今が生理ですと言って逃れるしかなかった。
しかし、それぞれの主人にそれは効き目がなかった。二人とも、それならそうと、横でしゃべり続けてそのままねてしまったのだ。
対策はもっと練らなければならなかった。