悟、冠を落とす。
「養子、で、ホントにいいの?」
「うん……悟さんの気持ちが変わらないのはわかっているし、だったら私だって恋をしたい。でも、今の状況じゃ恋なんてとても無理だし……悟さんに甘えようかなと。」
ダメ?と百合がきいてくる。
「全然、ダメなんてことはないよ!ただ、百合が居づらくなるのは私的に不安だし……」
「それはないよ。ありがたいお話だしね。こちらがお礼をいわなきゃ。」
百合はまっすぐな目をしていた。
帰りの車の中でなんとなくその話になる。
「養子縁組みなんてしなくても、ただひっこしてくるだけじゃダメなのかなぁ」
「養子縁組みもせずに屋敷に呼ぶということは、百合姫様を愛人として迎え入れることになりますから、そうなっては殿方の目が向きませんからね。」
「そっかぁ……そういうものか……」
私は車に揺られながらお菓子を一つ摘まんだ。
「姫様、食べ過ぎでございますよ。」
と桃に言われて手をひっこめた。
だって牛車の中って退屈なんだもん。ついつい、手が……
それに、お出かけなんてそうそう簡単にしないから、浮き足立つ。
帰宅してみると、悟から
「今夜、会いに行きます」
と文が来ていた。ナイスタイミングである。
夜になって悟が来たら、養子縁組みの話をしよう、そう思っていた。
ところが、悟は来なかった。
というより来ることができなくなったのだ。
仕事の最中に落馬したとのこと、私は焦って見舞いの準備をしようとした。
ところが、悟から見舞いには来なくていい、と伝令が来たのだ。
私は大いに不満を募らせた。嫁に看病させずに誰に看病してもらおうと言うのだろう?
私は不満を募らせる一方だった。
◇
俺は執務中、落馬した。
とある貴族への文を言い遣っている最中に落馬。
そのとき、冠が落ちてしまったのだ。冠が落ちることは、下着で出歩くよりも恥ずかしいことだ。
ショックが大きすぎた。
綾は見舞いに来るだろう。
しかし、今の自分は誰にも会いたくなかった。
落馬のショックより、冠が落ちたショックのほうが大きかった。
その日、その場所には割りと人通りが多く、落馬の一部始終を見ていたものも多かったのだ。
冠を落としたなんて恥ずかしい話を、綾に話すことはできない。
いずれ噂になって耳に届いたとしても、直接言うことだけは避けたかった。
それだけのショックを、冠落ちた事件は持っていた。
俺は落馬のショックから二、三日寝込むと職場へ復帰した。
◇
私は見舞いに行けない悔しさを食べることで紛らしていた。
この時代はあまり食事が豪華ではなかった。ゆえにふくよかな方が美人とされていた。
だから、桃以外、誰も食べることについて言及してこなかった。
食べていて異変に気付いた。
あぁ、今月もアレがやって来た……
そう、生理である。
こうなると3日ほど月経小屋に籠らねばならない。特に私の場合はひどいから……
徐々に腰が痛くなって、お腹が痛くなってくる。
あの小屋、どうもいけ好かない。綺麗に拭きあげてはいるものの、なんというか、獣臭い。生理の時用の小屋だから当たり前っちゃ当たり前なんだけど、赤不浄という名前の通り、不浄だなと感じる。
ひどくない人は綿を詰めてそれで凌ぐらしいのだが、私の場合、筋力も弱いせいか、それでは足りないのだ。
で、結局この小屋に籠らねばならない。
小屋は不浄なので、琴などを持ち込めない。そこで贅沢を言って、小屋専用の琴を買ってもらった。一人娘のなすがまま、父はなんでも買い与えてくれる。
そんなことをわかっていながらおねだりする私。
一人娘なんだから、これくらいはいいよね?お父様?