養子
私が心配したのは、悟が百合を好きになったんじゃないかってこと。
私は本気で百合に勝てる自信がなかった。
百合は美人だし、髪も長いし、頭が切れる。多分、琴あたりも私より上をいっているだろう。
そんな百合相手に、勝てっこないと思うのだ。
先日の文には、私と悟の関係にやきもちを妬いていたとあったが、悟の心変わりだって考え得る。
その証拠に、最近は頻繁に百合の屋敷を訪れていると聞く。私のもとへはあれから一度も通ってきていない。
こんなんじゃ、北の方になったって一緒だ。むしろやきもちを妬いてしまうだろう。
親友である百合とゴタゴタするのはこれで終いにしたい。
思わず
「妻である私のところには通ってもこない。誰かさんの面倒見るのがよほど忙しいのね。」
と嫌味の文を出してしまうほどだった。
返事は思いの外早く、
「今は仕事がたてこんでいる。すまない。」
とだけ文が届く。
何が仕事がたてこんでいる、よ!百合のところには通っているらしいのに!
しかし、これは噂であって、事実かどうかはわからない。
私は唇を噛むばかりだった。
そんな様子を見ていた桃が、
「物見遊山にでもいきましょうか?」
と誘ってくれた。
私は二つ返事で行くことにした。
「下鴨神社と平安神宮へお参りに参りましょう。」
そうと決まれば後の準備は早かった。弁当に少しのお菓子を持って、翌日私たちは物見遊山へと出かけた。
牛車で揺られて行くのもなかなか乙である。途中、何軒かお菓子屋を巡り、お土産を購入した。お兄様の分と、義姉様の分と、迷ったけれど悟の分。お母様とお父様はあまりお菓子が好きではないということで、購入を控えた。
下鴨神社へつくと、私たちは手を清め、くちを清めた。
神社へお参りすると、境内にある湧水を飲んだ。甘くて柔らかい水の味だ。
そこで私たちは弁当を開いた。
最初の頃は味が薄くて文句を言っていたが、一年を過ぎた今では美味しく感じられるようになっていた。
あんなにまずいと言った醍醐も、今では好きな料理で、今回の弁当にもきちんと入っていた。
醍醐と塩を併せて食べるととても美味しい。
醍醐醍醐言っていたから何の料理だろうと思っていたが、チーズのことなんだね。一つ大人になったよ。
しばらくして、平安神宮へついた。朱塗りの目立つ神宮には、先客がいた。
私たちは手と口を清め、順番を待った。
先客は、百合だった。
百合は逃げるように牛車へ戻り、牛を走らせようとしたため、急いで止めた。私たちのご祈祷が終わるまで待っていて欲しいと言った。
百合はさすがに逃げられないと悟ったのか、牛車で大人しく待っていた。
私たちの牛車へ乗らないか、と問うと手狭になるので、と断固として断った。
私たちはそのまま百合の家まで行った。
相変わらずつぎはぎだらけのボロ屋敷だ。
今日は雨がふっていないからいいものの、雨が降るとそこらじゅうに皿を設置せねばならないそうだ。
百合が団茶を淹れてくれた。この頃はまだいわゆる「お抹茶」がなく、団茶という、茶葉を蒸して固めたものをほぐして使う。
お茶を飲みながら、ズバリ聞きたいことを聞いた。
「悟に一緒に住もうって、言われたの?」
「うん……と言っても友達のよしみかな、と思う。」
「形だけの妻、それでいいの?」
私は懸命に聞く。
「この家も見ての通り、長くはもたないわ。これじゃ生きていけないもの。」
「でも、例えば、悟が振り返らないってわかった時、他に好きな人ができたら困るでしょ?」
桃がハッとした。
「でしたら……養子縁組みなどはいかがでしょうか?」
私と百合はポカーンと口を開けていたが、桃の名案に納得した。
「桃、たまにはいいこと言うね!」
「たまに、は余計でございますよ。」
「私……そんなこと思いもつきませんでした。」
かくして、百合は養子になることと相成った