初夜
今夜、月を一緒に愛でよう、という悟からの文が届いたのは、蹴鞠大会から一週間過ぎた頃だった。
私もここに来て早くも一年が経つ。
一年経つ間に色々あったな……
あれから吉嗣ともメル友のような関係になり、しつこく誘ってくることはなくなった。それでも、時折恋の唄なんかが入っていたりしたけれど、私を落とすことは諦めたようだ。よかった。
それより、今夜こそ、初夜を迎えるんだ。今まで何度もフイにしてきた初めての夜。
桃に香油を塗ってもらうのはこれで何度目だろう?
「今夜こそ、ですわね。」
桃がささやく。緊張するからやめてー!!
「そういえば彰悟様は蹴鞠大会で1位だったそうですわね。」
「当然と言えば当然でしょ」
「成明様と吉嗣様がご一緒だったようで。」
「それも吉嗣の文で聞いたー。」
なんとなく投げやりになる私。
そう、悟より早く、吉嗣からの文で何もかも聞いてしまっていた。悟からの文はその翌日届けられたのだ。なんとなくやる気がなくなるのもわかる気がする。
やっぱり吉報って、本命から聞きたいよね。
あとは今夜に関しての緊張を知られたくなくて強がりを言ってみせているのだ、とも思う。
香油を塗り終えた私は、五重の着物を着た。
朱に白の桜という重ね色目である。
桜が舞い散るなかで、私は御簾によって、その姿を見つめていた。
我が家の庭は四季折々の風景が楽しめるように工夫がされている。春には桜、夏には向日葵、秋には紅葉、冬には枯れ山水。庭には大きな池があって、舟を浮かべて楽しむこともできる。
お父様の職がそれなりにいい職だったため、こんな豪華な屋敷に住んでいる。いずれはお兄様が跡を継ぐことになるのだろう。
その時までに悟の家に移り住めたらいいな、と思う。
まるで夢の中のような感覚。でも、近々そうなるかもしれない。それは今夜にかかっている。
一年たって変わったことと言えば、髪の毛がボブより少しながくなったこと。いまだにカツラをつけていなくてはならない。今じゃ充分に慣れたけど……
五、六メートルの長さには到底なりそうもなかった。
◇
夜になって、悟が顔を出した。
人払いしてあって、近くにいるのは桃のみだ。
緊張が高まる。
御簾をあげて悟がはいってくる。
衣擦れの音が響く。
願っていたこととはいえ、目前になると逃げ出したい気持ちにもかられる。
そんな私の指先を、悟がつかんだ。
私は初めての経験をした。
愛し合うって素晴らしいと思った。
恥じらいもなにもかもわすれて悟に身を任せる。
私たちは何度も確認しあうように愛し合った。
やがて、夜も更け、悟は帰って行った。
夜が明け、後朝の唄が届けられたときに、ようやく妻になったのだと実感した。
その日から三夜連続で悟はやって来た。私は幸せだった。
三日目の晩、帰る間際に悟がこう言った。
「俺の新居へ、北の方として来てほしい。」
私は涙を流してそれを承諾した。
ところが、
「それにはもう一つ条件がある。」
「なあに?」
「百合をうちで引き取ろうと思う。」
「百合を?」
「今の屋敷じゃ充分に手が回らないんだ。」
「それって……百合も悟のお嫁さんってことになるの?」
「あぁ、そう思ってくれて構わない。」
「私だけじゃ、ダメなの……?」
「百合には形だけの夫婦ということで納得してもらう。あくまでも形だけの夫婦だ。約束する。」
「でも、そんなこと百合が納得するわけ……」
「百合はそれで構わないと言ってくれている。」
「私は……私は嫌。私一人を愛してほしい。」
「愛してるのはきみだけだ。誓ってもいい。」
「少し……考えさせて。」
私はそう言うと、上着に顔を埋めた。