お食事はいかが?
改めて桃に聞くと、今ここは平安時代の京都だということがわかった。
わかったけど……納得いかない。さっきまで学校にいたのに、どうして……
桃が気を使った様に、
「姫様、お夕食をお持ちしますわね!」
と言ってどこかへ行ってしまった。
私は何の気なしに御簾から出て周りを見回してみた。
すると、
「姫様、人の目がございますから!!」
と慌てて女官がやって来た。
ただ周りを確かめたかっただけなのに、どうして?
桃が慌てて戻って来た。
「姫様、どうしたことでしょう?何か用事がありましたら、桃をお呼びください!」
と怒られた。
「どうしてそんなにこんなこと位で怒るの?」
「そんなことどころではありません!人の目につきますゆえ。」
「人の目にって、誰かに会うといけないみたいな言い方、どうして?なんで?」
「姫様……礼儀作法もお忘れになっていらっしゃるのですね、お可哀想に……」
桃は泣き顔だ。
「わかった、わかったわよ。でも、桃がいないときはどうしたらいいの?さっきみたいな状況のときとかさ。」
「それはお近くにいる女官を呼んでいただければ済むことです!」
「女官……ねぇ。」
「深窓の姫ぎみたるお方が人の目に触れることは許されません。それから殿方とも直接お話になってはいけません。」
そういや、歴史の授業でちらっとそんなことも習ったような……
「わかりましたねっ!姫様!」
「はいっ!わかりました!」
思わず返事してしまったけど、これからどうしたらいいのやら……
食事の支度ができたと言い、桃が御簾を巻き上げて隣の部屋へと連れていってくれた。
食事は質素なものだった。
それでも、桃は
「今日は珍しいものをいただきましたのよ!」
とはしゃいでいる。
「珍しいもの……?」
「はい、なんでも醍醐という、外国から伝わってきた料理ですわ!」
ほうほう、醍醐とな。
どれどれ、味わってみようではないか。
「……酸っぱい。」
と、私は言い、顔をそむけた。
「これは、こういう食べ物なんですわ!」
他の食べ物も、味が薄すぎる……もっとしょっぱくできないの?
「桃……塩、あるかな、塩……」
「塩でございますか?あるにはございますが……」
「このお皿に塩を三つまみほど持ってきてくれる?」
「もしや、姫様、お口に召しませんでしたか?」
はい。正直に、合いませんでした。
「全体的に味が薄いよね。」
と言った私に驚く桃。
「お毒見した際にはその様には感じませんでしたが……」
「そうなの?じゃあこれがこの世界の平均なのかな?私はもっとがっつり味が濃い方がいい……」
すると、桃が、
「次回からはお塩を多く使うように言ってまいりますわ。」
と言ってくれた。
ついでに塩も持って来てくれた。ありがとう!桃!きみは命の恩人だ!
とりあえず食事を終えると眠くなってきた。そうだよね、今日はいろいろありすぎた……
とりあえずお風呂に入りたい。
桃を呼ぶと言った。
「お風呂に入りたいんだけど……」
「お風呂でございますか?今から準備させますと、一時かかると思われますが、よろしいですか?」
「汗を流したいだけだから。」
「まあ。それは湯殿でございますね。」
「んあ?そうなの?」
「湯殿でしたら、割りと直ぐにご用意できるかと。」
「じゃあ、お願いね。」
桃は側の女官を呼び、湯殿の準備を整えるように言った。
「お風呂って、こっちの世界ではどんなものなの?」
「そうですわね、蒸したり、薬湯であったり、ですわ。」
「そっかぁ。色々違うんだなぁ。」
桃は言いにくそうに聞いてきた。
「先程から、こっちの世界、とおっしゃってますが、どういった意味合いでしょうか……?」
そこで、私は初めて後世から来たことを桃に告げた。
桃は大層驚いていたが、意外にすんなりと受け入れた。
「では、今までの姫様とは別人、ということになるわけですわね。」
「そういうことになるね。」
「あの陰陽師、どこまでわかっているのか、わかりませんわね。」
フフ、と桃は笑った。
湯殿の準備が整った。
私は全裸になると、湯をかけて綺麗にした。
すると、桃が
「失礼します。お背中を流しに参りました。」
と言って湯殿へ入って来た。
入って来るなり、
「姫様!下着は着たまま湯あみなさってください!」
と真っ赤になって言った。
え?そういうもんなの?
下着はって、あの浴衣のことだよね……。
なんだか礼儀作法ってうるさいみたい。
寝るときになって、あの痛かった枕を思い出した。
桃を呼んでタオルがないか聞く。バカだった。あるわけがない。
すると、桃が思い付いたように言った。
「手拭いでしたら、たくさんお持ち出来ますわ。」
あー、それそれ!さすが、有能な女官は一味違うね!!
私は手拭いを何重にも巻いて、枕の代わりにして睡眠を取った。
桜の咲く暖かい日の出来事だった。