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初午

鏡を置いて以来、体調不良にも、夢にもうなされることがなかった。


百合は今頃どうしているだろうか。





悟はうちに来ることはなかった。

何度も誘いをかけているのに。


私は道満に当たり散らした。道満はニヤニヤしながらそれを聞いていたが、牛車の音を聞いて言った。


「ご到着ですよ、姫様。」


牛車に乗ってきたのは悟だった。部屋の前まで案内されると、ボーッとした顔でお決まりの挨拶をした。

「百合姫にはご機嫌麗しゅう……」

だが、ボーッとしたまま、身動ぎもしない。


「これはどういうこと?!」

道満がニヤニヤしながら言った。

「悟様がこちらに振り向けばいいとおっしゃったじゃありませんか。ですから、悟様をお連れしただけのこと。あとはご自由に。」

そう言うと道満は軽い足取りでどこかへ行ってしまった。


「悟さん……悟さん?!」

声をかけても返事もなく。ただただ

「ご機嫌麗しゅう……」

と繰り返す悟。

このまま既成事実を作ってしまえば、悟は私から離れようとはしないだろう。

だが、私の欲しいものはそんなものじゃなかった!!

私は悟の心が欲しかった!!

こんなお飾りのようではない、悟の気持ちに振り向いて欲しかった!

私は(むせ)び泣いた。





悟はあれからあまりうちに来なくなった。

私が悪夢を見たり熱を出したりしていたせいもあるが、文のやり取りも少なくなっていた。

私から積極的にならないとね!

私はそう思って文をたくさん出した。

しかし、返ってくるのは事務的な、表面だけ取り繕うような文ばかりだった。


そんな折、悟が百合のところに出入りしているとの情報が入ってきた。


百合のところに行ってたんだ……私は胸騒ぎがした。



私に文が少なくなった時期とそれが思い切りシンクロしている。

悟は百合に誘惑されているのだろうか?

そんなあらぬことばかりが胸をよぎって苦しくなる。まさか、あの夢みたいに、百合と悟は……

いや、そんなことはないだろう。だって目があった瞬間にわかりあったのだから。それは間違いない。


それに、悟は御用聞きに百合のところに行くことがある、ってお兄様にも言っていたのだ。私が疑ってどうするのだ。

私こそ悟を一番信じないといけないのに……



時間をもて余した私に、お出かけのお誘いがかかった。


伏見稲荷の初午を見に行かないかという、近所の姫ぎみからのお誘いだった。

お祭り大好きな私はすぐにこの話に乗った。

桃に言って衣装も新しいものへ買い直した。

重ね色目にも凝って、牛車も塗り直させた。

まるでもう一度正月が来たかのような賑わいになった。

お兄様もこれには賛同してくれて、新しい裳を買ってくれた。最近は私が体調不良だったりしたので、お兄様なりに心配してくださっていた様子。お兄様も初午を見に行こうとおっしゃっていた。



祭りの日、朝早くから私たちは出発した。すこしでもいい席から見たいからね。

誘ってくれた姫ぎみと途中から合流し、祭り見物へ急いだ。


祭り会場にはすでにたくさんの車がついており、私たちは中辺りの席から見物することになった。

笛の音が高らかに鳴り響く。

私たちは持ってきた弁当を広げると、外の舞いや行き交う人々を見物した。

上の神社まで行き着くには、大変な苦労があるらしい。徒歩で行った方が早いのでは、と桃に言うと、さすがにこのご衣装では無理でしょう、と言った。


近くを、見たことのある牛車が通りかかる。


百合だ。


百合の乗っている牛車を私たちが追い越そうとしていた。牛車は汚く、みすぼらしいものであった。

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