許すかどうか
なにか建物が見えてくる。誰かの屋敷だ。どこかで見たことがある……そうだ、百合の屋敷だ。
私はそれを認識すると、空から地へ降り立った。
「すみませーん。」
声をかけるが誰も出てこない。人の気配はあるんだけどな?
「すみませーん。どなたかいらっしゃいますか?」
全く返事がない。恐る恐る足を踏み入れる。
女官達が食事の支度をしているようだ。
私はさらに声をかける。
「すみません、あの……」
全く気づく様子もない。
仕方がないのでそのまま百合の部屋へと向かう。
百合は誰かと話をしていた。少し年配の、小汚ない男だ。
私はゆっくりと近づいていく。
「……それで、私は嫌気がさしたのよ。」
話を大まかにまとめると、百合は私のことを小学校のときから嫌いで、悟を好きになって以来ずっと邪魔だと思ってきたとのこと。
親友の裏切りは私を恐ろしいほど冷静にした。
私があと一歩踏み込んだところで、男は
「誰だっ?!」
と叫んだ。
百合には私が見えていないようだったが、男は的確に私の居場所を言い当てた。
「私の結界の中に入り込むとは……よほどの術者か?」
男にもはっきり私が見えているわけではなさそうだ。
私はその場を立ち去ると、急いで自宅を探した。
前に牛車で来たことしかないので、自宅探しは存外手間取った。
確か、ここの角を曲がって……そしてどっちへ行くんだっけ?四方八方探しまくってやっと我が家が見つかった。
我が家に入ると、桃が
「姫様!お気を確かに!」
と叫んでいた。私はゆっくりと身体の中へ戻ると、意識が戻った。
「あぁ、姫様……よかった……」
桃のそんな様子を眺めていたら、なんだか涙が出てきた。
桃はまた悪夢でも見たのかと思い、私をゆっくりと撫でてくれた。
そのひんやりとした手が気持ちよかった。
私は医者にかかった。医者は風邪だろうとのことで、いくつも怪しげな薬を置いていった。
そこへ晴明がやって来た。
「どうやら結界が破られた感じがしまして。」
と言いながら入ってくると、顔をしかめた。
「やはり破られたか……」
晴明はしかめっ面をしながらまた人形を操ると床下から怪しげな人形を取って来させた。
「殺意は感じられません。じわじわ痛め付ける方針のようです。」
呪物を破り捨てると、私の熱は嘘のように下がった。
「先手必勝となりましょう。この相手を呪いますか?」
私はうんと言えずにいた。さっき聞いた百合の話では、私は恨まれても仕方ないかなと思ったのだ。
そこで、桃と晴明に先ほどの話をして聞かせた。
桃は
「そんな理由で姫様を呪うなんて、お門違いです!!」
と言って怒ったが、晴明は冷静だった。
「理由がわかったところで、相手を打ちのめすかどうかに影響するわけではありません。姫様は、相手を許すというわけですね?」
「ええ、そうしたいと思います。」
「では、防御にのみ力を振り絞りましょう。」
晴明は準備をすると言った。
「姫様の念を込めますゆえ、しっかりと祈ってくだされ。」
そうして晴明は鏡に向かって呪を唱え始めた。
鏡がキラッと光り、辺り一面を照らした。
そしてその光は鏡の中に吸いとられるかのように入っていった。
晴明は汗を拭うと鏡を持ち、こちらに向けて歩いて来た。
「この鏡を部屋の中へ置いてくだされ。それから私の式神を一体つけますゆえ、それでしばらくは持つでしょう。あとは身元のわからぬ者を屋敷に上げないように。」
と注意事項を述べた。
私は鏡を部屋の隅へ配置すると、晴明にお礼を言った。すると
「なぁに、その分のお代は頂いていますよ。」
晴明はニヤリと笑った。