寒さ
悟がやって来る日、もう12月に入って寒かったが、私は湯殿で湯あみをした。
念入りに身体を洗って桃に香油を塗ってもらった。
今度こそは……!
ところが悟は午後一番にやって来た。
「今日は宿直の仕事があるんだ。」
明るく笑う悟に文句も言えず、今日の気合いも拍子抜けだった。
それでも、久しぶりに会うと楽しい。
先日あった貝合わせの件などを話すと、悟は笑顔で応えてくれた。
先日の貝合わせは熱い試合だった。360もの貝を合わせていく。なかなか合わない。そんな中で先取点を取ったのはお義姉様だった。
姉上には以前絵合わせで押していたので、気合いが違った。
しかし、私も母上も負けていなかった。
結果、126枚取った私の勝ちだった。ぎりぎりの僅差だった。
その話だけで実に一刻を過ぎていた。
悟は最近は方がえばかりで忙しかったらしい。
仕事で言いつかった文を持って行くだけのために2日3日かかっていたそうだ。
貴族様も大変だなと思う。私なんかはじっとここにいるだけだけど……
だけど、毎日毎日同じような日々だと退屈してしまう。その点悟はいろいろな所に行けて羨ましくもある。
だから、こうして会いに来てくれる、それだけでもとても楽しいことなのだ。悟のおしゃべりを聞いているだけでもどこかへ行った気持ちになれる。
◇
悟が来てから二週間近く経過した。
我が家も正月の準備に追われていた。
女官がバタバタと走り回る。
悟はあれから仕事が忙しいとかで会いに来てくれていない。
お兄様とも長らく会っていない。
こちらにきて初めて迎えるお正月。楽しみである。
それにしても、寒い。
寒さを凌ぐために綿入りのチョッキを着せられているが、それでも寒い。そして重い。
十二単はそれだけで重さが十キロを越える。
なのに寒いのだ。
火鉢に張り付いたまま私は動かない。
桃に少しは動かないとダメですよ、とたしなめられる。
「桃はさ、寒さとか平気なの?」
「いいえ、私でも寒いのは寒いです。」
「それにしては平気そうじゃない?」
「それは姫様の手前、寒そうにはできないだけでございますよ。」
「じゃあさ、こっちに来て一緒に火鉢に当たらない?」
「そんな、おそれ多いです。」
「桃はいつでも堅物だなぁ。」
「堅物、と申しますと?」
「真面目すぎるってことよ。」
「そんなことはございませんよ、私だって不真面目な部分は多々ございます。」
「そうかなぁ?」
家は夏向きに作られているようで、足元から寒い。特に京都の冬は底冷えする。雨戸も全部閉めてあるはずなのに、どこからかすきま風がはいる。
私は寒さで凍え死ぬかと思った。
火鉢を増やしてもらった。これで多少は寒さを凌げるだろう。それでも寒いけど。
こんなとき、ファンヒーターとか、無性に恋しくなる。暖かい羽毛布団とかね。
寝るときは上着を何枚も重ねて被るだけなので、とても寒かった。桃が火の番をしてくれて、火鉢の火は消さないでおけたけど、火鉢どころじゃ寒さは凌げなかった。
ところで、桃はいつ寝てるんだろう?
◇
私は寒さを凌ぐために女房みんなをかき集めて、おしくら饅頭のような状態を作り出していた。
憎らしい綾は今頃火鉢で暖まっているに違いない。
うちには火鉢に使える炭さえ不足していた。
これだから貧乏っていやなのよ。
悟がたまに御用聞きに来てくれていたのに、最近はさっぱり来ない。きっと綾のところにでも行っているに違いない。
許せない。
女房たちに擦られて暖をとる私。
惨めだった。