嫉妬
私の名前は百合。
百合のような綺麗な人になるように、と両親がつけてくれた名前だ。
けれど、私の両親は離婚した。元々仲がよくなかったところに、父が浮気をしていたことが発覚しての離婚だったらしい。
私は小さな頃から一人ぼっちだった。
母は夜の仕事に行き、毎日一人で朝食をとり、学校へ行った。
学校では、特にいじめられることもなく過ごしていたが、母の仕事柄、よく思っていない親が多かったらしくどこか一線を置かれたような存在だった。
ある日、そんな日々を打ち消してくれる人物と出会った。
野上 綾。
彼女の名前だ。
綾は誰にでも分け隔てなく接していた。もちろん私にも。
私の理想は綾になり、クラスメイトとしてそんな綾を誇りに思った。
ある日、私が急に生理になり、慌てて保健室へ行ったところ、保健の先生はお休みだった。
どうしよう、とおろおろする私に、ちょうど保健室に来た綾が、
「どうしたの?」
と聞いてくれた。
「実は……」
と私が話すと、
「私、持ってる!持ってくるから、そのまま待ってて!」
と、自分の怪我をそっちのけで走って行ってしまった。
それ以来、私と綾は親友になった。
私は綾といる自分に満足していた。綾は人気者で、クラスの皆から好かれていた。私もその恩恵に預かって、少しだが、友達の相談に乗ったりしていた。
そんなとき、綾にある人物を紹介された。
悟、という男の子だった。
私は一目で恋に落ちた。
悟はサッカーが大好きな少年で、毎日泥だらけになって帰っていた。
私は悟の部活が終わるのを待つようになり、必然的に一緒に帰る綾も悟を待つようになった。
悟は綾が好きだった。
これは女の勘ってやつ。悟が何かはっきり言ったわけでもなんでもなかったが、その態度からは一目瞭然だった。
悟は綾にだけ冷たかった。当の綾はそれにすら気づかない様子で、それが私を苛立たせた。
私は嫉妬していた。もちろん表に出すことはなかったけれど、ひどく嫉妬していた。
綾の家は家族が仲良く、いつ行ってもおばさんがおいしいおやつを用意してくれた。
劣等感。
私はそれを感じるようになっていった。
綾の優しい両親とは違って、泥酔して帰る母親を介護する毎日。
おいしい朝ごはんもない、おやつもない、そんな日々。
いってらっしゃい、も、お帰りなさい、もない日々。
対して綾はいつもおいしい朝ごはんを両親と食べ、いってらっしゃいと送り出され、私と登校する。
悟も一緒に。
せめて悟には振り向いて欲しくて、できるだけ側にいた。
だが、悟は私のことなどお構い無しだった。
私は綾へ嫌がらせをし始めた。
上履きに釘をいれてみたり、体操着を袋ごとゴミ箱へ捨てたり。
綾の家へ行き、郵便物を破いたり。
それでも綾の笑顔は曇ることがなかった。
中学は二人して私立の女子校へ通った。
綾の人気は衰えることなく、むしろ今まで以上に周囲から必要とされていった。
私は隙をみて悟に話しかけた。
「ねぇ、悟さん……」
だが、悟は一切こちらを振り返ることなく、綾を見つめていた。
高校も一緒だった。それまで同じクラスだった私たちは、高校でやっと別のクラスになった。
それでもやって来る綾。
ちょっと苛めてやれ、と思って、
「綾、まだクラスに仲良しができないの?」
綾はしょんぼりしてクラスに戻って行った。ざまあみろ。
それでも綾の笑顔が崩れることはなかった。
私は悔しかった。綾なんていなくなれ、そう思った。
ある日、階段で綾が考え事をしていた。
私はちょっとした意地悪な気持ちで、階段を上ろうとした綾を突き飛ばした。
綾は変な体勢のまま、階段から落ちていった。




