蹴鞠大納言
お兄様が帰ってきた。
実は兄がいることもしらなかったのだが、朝から女官たちがバタバタしているなぁと思ったら、そういうことだった。
兄は半年前から宮中の用事でどこかへ遣わされていたらしい。
桃に
「お兄様ってどんな人?」
と聞くと、桃は少し頬を赤らめて言った。
「イケメンです。」
イケメン?そうなんだ……
桃が頬を赤らめるくらいなんだから、相当なイケメンなのだろう。
って、この時代にイケメンっていう言葉が実在するの?
女官たちが一層バタバタしている中、牛車が一台着いた。
お兄様のようだ。
私は御簾越しに一生懸命お兄様の姿を確認しようとする。だが、柱が邪魔をして見ることができない。
桃から、はしたないですよ、と注意を受けて部屋の中へ戻る。そわそわした気分で落ち着かない。
「そう慌てずとも、兄ぎみはきちんとご挨拶に来られますよ。」
と、桃も少しウキウキしている。
しばらくすると、お兄様が挨拶にみえた。
桃の言う通りだ。
「綾、ただいま帰りましたよ。」
とお兄様の美声。私は御簾をあげてもらうとお兄様と対面した。
うほっ、いい男。
お兄様だとわかっていなければ一目惚れしそうなくらいかっこいい。
前世でいうとGac○tのような感じ。ビジュアル系だ。桃が頬を赤らめるのもわかる。我が兄ながら、見事に整ったその顔。大きな手。美しい声。
三拍子揃っている。
「綾?いかがした?」
「へっ?あ、えーと……お兄様、お帰りなさいませ。」
「綾の好きそうな土産を買ってきてあるぞ」
と言い、練り香を取り出すお兄様。神々しい……
お兄様から香をもらうと、私はお辞儀をした。
「そうかしこまらなくてもいいよ。お前が好きそうだなと思ったので、地元の商人から取り寄せておいたのだよ。」
「さすがお兄様。私、この香り、好きですわ。」
お兄様の顔も好きですわ。
なんて思いながらしばし時を過ごした。
しばらくすると、女官が
「彰悟様がおみえです。」
と伝えに来た。
「お兄様、彰悟様とはお知り合い?」
「何言ってるんだ、幼なじみじゃないか。」
お兄様はそう言い残すと、悟を迎えに出た。
◇
私は悩んでいた。
和歌が決まらない。
あれから思いきって、悟に文を出すことにしたのだ。だが、古典ぐだぐだの私に和歌を作れだなんて言う方が間違ってる。
仕方がないので、桃に相談する。桃はけんもほろろだ。
そりゃそうだ。ラブレターくらい自分で書きなさいってことだよね。そうだ、そうだ。
と思ったら横から桃の助言が。
何とか一つ作り上げ、文に添えた。
悟からの返事は早かった。そして、いかにも手慣れているような唄が添えられていた。
「幼なじみだとばかり思っていたが、思わぬ文に喜びを隠せないものよ」
訳するとこうなる。
手応えはまあまあだということがわかる。
それからしばらく文のやり取りは続いた。
そんな中、悟がまた来訪する。今日はお兄様と遊びにいらしたらしい。
蹴鞠をする二人の姿に、女房たちがうっとりする。
私もその一人だ。
「彰悟様は蹴鞠大納言というあだ名をお持ちなんですよ。」
と、桃が言った。
この世界でもやっぱりサッカー好きなのは変わらないんだなぁと感心する私。
蹴鞠は三足以上蹴って相手に渡す遊びだ。
一足目で受け取り、二足目で自分用に蹴り、三足目で相手に渡す。
蹴るのを失敗すると、渡した者が悪い、というルールだそうだ。
何足続けられるか、というお遊びだということを、桃に教えてもらった。
「姫様が小さな頃は、よく三人で遊んでおいででした……」
桃は懐かしそうにそう言った。
桃よ、そんなに若いときからうちに出入りしていたのか?桃はいくつなんだ?
謎は深まるばかりだった。